夜虹列車

@tom0415

第1章 夜の虹

目を覚ますと、そこは列車の中だった。眼に映るのは、淡い暖色に照らされた板張りの床。身体に響く、ガタン、ゴトンという振動と、聞こえてくる蒸気の音が列車であることを示していた。いつから列車に乗っていたのだろう。眠っていたのだろう。目を覚ます前の記憶はなかった。心地よい振動に身を任せて、もう一度目をつむろうとしたそのとき、声が聞こえた。

 「ダメだよ。目をそらさないで。」

 反射的に、正面を向く。なぜか自分以外誰もいないと思っていた車内に、彼はいた。

黒いフードを被り、おとぎ話に出てくる死神のような姿をした彼は、真正面に僕を見据えてもう一度言った。

 「目を覚まして。眠ったらダメだよ。」

 どうして?こんなにも心地がよくて、ゆりかごの中みたいなのに。温かくて、優しくて、誰も僕を傷つけない。

 思ったことが、ぽろぽろと口からこぼれて、呼応するように涙があふれた。

 「泣かなくてもいいよ。」

 そう言って、彼は立ち上がると僕の涙を袖で拭う。口元しかみえないのに、彼が困ったように笑ったのが不思議と分かった。彼の冷たい手が僕の手を引っ張って歩き出す。

 「夜の虹をみに行こう。」

 ぽつりと呟かれた言霊は、誰もいない車内に響いて消えた。


 今、僕と彼は列車の屋上に居る。上を仰ぐと、絶望を溶かしたような藍色と、きらきら散らばる光の欠片。みていると、胸が苦しくて僕は下を向いた。あんなにも小さいのに、責められているような気がする。はやくあの温かい場所に戻りたい。すべてから目を背けて眠りたかった。

 「ほら、目を凝らしてよくみてごらん。虹がみえるよ。」

 彼はそう言うけれど、僕は怖くてもう一度上を向くことができなかった。震える背中を冷たい手が撫でる。ぬくもりは伝わらないのに、ひどく安心するのはなぜだろう。震えはいつの間にか止まっていた。

 「上じゃなくていいから、前を向いてごらん。」

 僕の震えがとまったのをみて、彼は言った。そっと、目をあけて前を見る。遠くに煙突と煙が見える。細くたなびく煙が陽炎をつくりだしていた。そのもっと先に、それはみえた。七色に輝く、虹のはしっこ。

 「いつか、上をみられたらいいね。そうしたらきっと、夜の虹がみえるよ。」



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