第3話

 そして翌日。


「じゃあ、行って来くるよ」


 子供を受け取りに出ようとしている夫の顔にはどこか不安の色が拭えていない。

 夫がこれからやろうとしている事を考えると無理もないことだ。


「大丈夫? 私も一緒に行こうか?」

「大丈夫だよ。それに俺一人でいかないと意味がないだろう」


 そう言って夫は車で出かけていく。

 その翌日、警察から電話がかかってきた。

 軽井沢にある私の所有する別荘が燃えて焼死体が発見されたというのだ。

 DNA鑑定によってその死体が夫である事が判明した夜の事……


「なんでこんな時に帰ってくるのよ!?」


 夜中に突然チャイムが鳴り、扉を開けるとそこに夫が立っていた。もちろん幽霊であるはずはない。

 なぜなら、夫は死んでいないのだから。私は慌てて家の中に夫を引きずり込み、扉を閉めた。誰かに見られたら大変だ。


「何でって、言われてもなあ。ここしか帰るところがないし……」

「あなたは、もう死んだ事になっているのよ。誰かに見られたらどうするの? 保険金が入ったら整形手術で顔を変えてから、帰ってくることになっていたでしょう」

「そうなってたのか?」


 だめだ。夫は頭でもぶつけたのだろうか?

 不意に電話の呼び出し音が鳴り響く。出てみると相手は法子だった。

 夫が死んだことをニュースで知って電話をしてきたらしい。


『……でも、結果的によかったわね。これから幼子を育てていたんでは大変だったわ。やはりあの子は一気に成長させてよかったのよ』

「ああ……そのことだけど、あの子はやはり処分しようと思うの」

『何言ってるの? 今さら、そんな事できるわけないでしょ。第一、ここまで成長してからそんな事したら殺人罪よ。それは、あなたの方がよく分かっているはずじゃない』


 もちろん知ってる。

 まあ、どっちにしてもすでに処分はしてしまったけど、ここで法子に事実を言うわけにはいかない。


「でもさ。私も考えたんだけど、二十年分を一気に成長させても頭の中はまったくの空白でしょ。これじゃあ生きていても意味が……」

『なあんだ、そんな事心配していたの。大丈夫よ。ちゃんと対策は立てておいたわ』


 え? 対策?


『あの子が人工子宮から出た後も、一か月間あたしはあなたの子にホルモン投与や電気刺激で筋肉を付けさせたのよ』

「え? でも、頭は空っぽじゃ」

『仮想空間で二十年分の経験をさせてあるわ。あなたの夫に引き合わせた時には完璧な大人になっていたわよ。まだ、会ってなかったの?』

「え?」

『まさかあの子も、あなたの夫と一緒に別荘で火事に巻き込まれたんじゃ……』


 その先は耳に入らなかった。私はそっと受話器を置いて振り返る。


「あなた誰なの!?」


 ソファーでくつろいでいる夫は……いや、夫にそっくりな男は、私の問いかけに対して答えず、ただ嘲るような笑みを私に向けていた。

 

                       了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなた誰なの? 津嶋朋靖 @matsunokiyama827

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画