第二話:おみくじは何を指し示すのか

「では、私からだな!」


 まるで子供が玩具を手にしたように、嬉しそうにみくじ筒を手にした御影は、想いの丈をそこにしっかり込めるように勢いよくがしゃがしゃと振り、筒を逆さにする。

 そこから出てきたみくじ棒に書かれた番号は……三十七番。


 この番号のおみくじを側にある引き出しについた番号より手に取った。


「じゃあ、次は私だね」


 次にみくじ筒を手に取った佳穂は、御影と違いやや控えめに筒を振り、静かに逆さにする。

 出てきたみくじ棒を見た瞬間。


「え? 御影と同じ?」


 そんな声を上げてしまった。

 そう。筒より飛び出した棒は、またも三十七番だった。


 だが。

 世の中、そんな事もあるのだろうか。


 続いた光里。そして霧華もまた、引いたのは三十七番。

 あまりの偶然に。


「御影。これには三十七番しか入っていないとか、ないわよね?」


 思わずそう勘ぐってしまうほどだった。


 そして。

 残ったのは雅騎。


「これで俺も同じだったら、御影のせいって事で」

「か、勝手に人のせいにするな!」


 別に何かをしたわけではないのだか。

 雅騎の一言に酷い焦りを見せる御影に。


「冗談だって」


 笑いながら彼もみくじ筒を軽く振り、逆さにし。出てきた棒は……四番。


「ほ、ほら! ちゃんと入っておっただろう!?」


 冷や汗を掻きながらも、結果違うものが出たことにほっとする御影だったが。あまりに被っていた皆も、少しだけほっとした顔をしてしまう。


 流れでそのまま四番のおみくじを手にし、皆で売り場から少し離れ、円陣を作る。


「さて。見てみるか」

「そうね」

「じゃあいくね。いっせいのーせ!」


 佳穂の掛け声で、ばっと皆がおみくじを開いた。


 女性陣四人のおみくじ、三十七番。


 その結果は、大吉。

 だが。霧華を除く三人にとっては、そこ以上に大切な項目がある。


 それは、願事ねがいごと


 御影は、既に朝の参拝にて、こう願っていた。


  ──雅騎と恋仲になれますように……。


 並んでいた光里も。


  ──雅騎様に、少しでも想いが伝わりますように……。


 と、姉妹揃ってほのかな恋心を神に頼んでいた。

 これは佳穂も含め、是非叶って欲しい願いを込めたわけだが。おみくじの導きし言葉は。


『暫し時間が掛かるが、己の行い次第で叶うことあり』


 そのどうにも曖昧な結果に、佳穂、御影、光里の三人の眉間に皺が寄る。


「これは、良い結果……なのか?」

「う~んと……私達次第、って事、なのかな?」

「そうみたいですが。暫し時間が掛かるというのは、どういうことでしょう?」


 考えてみるも答えが浮かばず唸る三人に。


「慌てるなって事じゃないかしら。いては事を仕損じるって言うでしょ?」


 あまり興味なさそうな顔で、霧華はそう推測を語る。

 だが内心は。


  ──これは当面、お父様に苦労しそうって事かしら……。


 そんな気持ちで少し重い気持ちになっていた。


「そういえば、雅騎。お前はどうなのだ?」


 と。

 ふと彼の動向が気になり顔を上げた御影に対し、雅騎は思わず苦笑すると、何も言わずに皆におみくじを広げた。


「は、半凶!?」


 思わず驚きの声をあげたのは佳穂だけではない。


「そ、それは本当に珍しいと聞きますが……」

「あなた、本当に色々持っているみたいね……」


 光里と霧華もまた、何処か憐れむような顔で彼を見てしまう。


 しかも。

 彼の願事ねがいごと欄も中々に酷く。


『叶わぬ』


 と短く断言されているだけ。


  ──結局、今年もって事なのか……。


 思わず大きなため息を漏らし、がっくりと肩を落とす雅騎。

 そのあまりにはっきり気落ちした表情に。


「ま、まあ。あまり気にするな」


 御影はひきつった笑顔ながら何とか慰めようと、彼の肩をぽんぽんと叩くのだった。


* * * * *


 一通りおみくじを見終えて、雅騎だけがおみくじを巻いた後。


「この後はどうするのだ?」


 御影がそう質問をすると。


「あ、俺はちょっと店長の手伝い頼まれちゃってさ。だからここで先に失礼するよ」

「何かあったのですか?」

「何か明後日初売りする新年用ケーキの素材が足りないらしくって。買ってお店に向かわないといけなくってさ」


 彼の言葉に、佳穂、御影、光里が少し残念そうな顔をする。


「新年早々忙しいのね。秀衡ひでひらに話して送ってあげましょうか?」


 唯一普段通りの霧華がそんな提案をするも、彼は首を振った。


「大丈夫だよ。それより折角新年なんだし、皆で少し楽しんで来てよ」

「そういえば、初売りってことは、三日はバイトなの?」


 ふと、会話からそんな事に気づいた佳穂が質問すると。


「ああ。一応ケーキだけじゃなくって、新春向けの紅茶とかも出すみたい。月中位までらしいから、気が向いたら味わいに来てよ」


 彼は笑顔でそんな言葉を返した後。

 ふっと何かを思い出した顔をすると、急に佳穂の側に歩み寄ると、耳元で小声で何かを囁く。

 瞬間。はっとした彼女は。


「うん。ありがとう」


 次の瞬間、お礼と共に、嬉しそうな笑みを返した。

 それを見て、御影と光里が何事かと互いの顔を見るも、その答えが分かるはずもない。


「それじゃ、改めて今年もよろしくね」


 戸惑いが残る中。それを気にもせず雅騎そう締めるように挨拶をする。


「気をつけていきなさい」

「ありがとう。それじゃあ」


 互いに皆が手を振り合うと、彼は踵を返し、一人境内けいだいに戻り、帰っていく参拝客の波に混じり、鳥居を潜り神社を去っていった。


「佳穂」


 彼の姿が消えるまで見送った後。御影の声に彼女は振り返る。


「さっき、雅騎に何を言われたのだ?」


 本人達の間で内緒のように交わされた会話であったにも関わらず。彼女は遠慮もせずそう尋ねる。

 流石にそれが良い行動とは思えなかったのか。


「御影。少しは二人に配慮したらどうなのかしら?」


 霧華がそんなきつい言葉を向けるも。


「あれだけこそこそ話をされたら気にもなるであろう?」


 御影が必死に言い訳をする。

 だが。


「御影、ごめんね。これだけはみんなに話せないの」


 困ったように笑う佳穂を見て、彼女も流石に無理強いはできないと、もやもやしながらも諦めるのであった。


* * * * *


 その日の夜。

 佳穂は風呂を済ませ、パジャマに着替えると二階の自室に戻るとベッドに腰を下ろし。


「エルフィ」


 そう、彼女の名を呼んだ。

 すると。すっと彼女の脇に光が集まると、そこに普段通りの白いローブ姿のエルフィが姿を現した。


『どうしましたか?』


 突然の呼び出しに首を傾げる彼女に、佳穂はにっこりと微笑むと。


「速水君がね。『エルフィにも、今年もよろしくって伝えておいて』って」


 そう彼女に伝言を伝えた。

 未だ、佳穂が既に失った記憶を取り戻し、エルフィの存在を雅騎が知っていることは周知の事実ではない。

 だからこそ、彼もそれを配慮し声を掛け、彼女もまたそれを秘密にするしかなかったのだ。


『そうだったのですか。そのうちわたくしも、佳穂と共に雅騎の元に伺って、挨拶をしないとですね』

「そうだね。今度、夜逢えないかお願いしてみるね」


 彼の細やかな気配りに目を細める天使に、佳穂も嬉しそうに頷いていた。


* * * * *


 同じ頃。

 同じく自宅のベッドにパジャマ姿で仰向けに横になっていた御影は、じっと伸ばした手に持ったおみくじを眺めていた。


 良いおみくじは年末までは縛らず持っておくべき、との風習から、彼女もそれを手元に置いていたのだが。


 願事ねがいごととは別に、もうひとつの項目をじっと見る。


「これは、皆同じ、という事……なのだな?」


 やや困ったような。複雑な表情をする御影の目に留まった項目。

 それは、恋愛。


『この人となら幸福あり。但し、あせらず時を待て』


 そこに書かれていた言葉は、御影にとってはとてもれったい言葉に見えた。

 そして何より。この内容は皆のおみくじも同じ。


  ──よもや、皆が雅騎を好き、などと言うことは……。


 もしもの考えが、御影の心を少しだけ不安にさせる。

 だが。自身にとっての想い人と共にあれば幸せになれる。


 そんな希望も感じるおみくじに。


  ──お前と幸せとなれるなら。私は慌てず待ってみせるぞ。


 決意と願いを込めながら、暫しそのおみくじを見つめていたのだった。


* * * * *


 たかがおみくじと思い、笑う者あれば。

 されどおみくじと思い、願いをかける者もいる。


 その結果は、嘘となるか。真となるか。

 未だ彼等にはまだ分からない。


 だが。

 残念ながら、雅騎が望まぬ非日常の足音は、またすぐそこに迫っていた。

 それがまるで、運命であるかのように。

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日常だって日常茶飯事 ~初詣から波乱の予感~ しょぼん(´・ω・`) @shobon_nikoniko

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