Case 3-12.She said...

「ばーか」

「は……え?」


 返ってきたのは、そんな言葉。思わず俺は夕月ゆづきの方を向く。


「知ってるよ」


 笑っていた。得意げに、困ったように。少し、悲し気に。


「ハルが私のこと女の子として見てないことくらい、わかってるもん」


 今気持ちを伝えたところで成功しないことなど理解している。そのうえで、


「それでも好きなの。好きっていう私の気持ちは……誤魔化せなかった」


 だったら今は、きちんと自分の気持ちを割り切るしかない。そう言って。


「だから諦めようと思ったの……ちゃんと告白して」


 だからとばり先輩のところに、『諦め屋』に来たの。と。


「夕月……」


 何も言えない。いや、何を言ったところで、俺からの言葉は慰めにもならない。どんな綺麗な言葉を並べたところで、チープな単語の羅列に成り下がる。


「……」


 窓から風が入り込み、俺の背中、そして夕月の頬を撫でる。ゆらゆらと髪が揺れる。


「あああー! もおー!」

「なっ」


 突然の叫びにも似た声に、俺は驚く。


「やっぱ無理!」

「む、無理?」

「諦めるなんて、やっぱ無理だよ!」


 宣言するようなその言葉は、とても力強い。


「だって好きだもん! ハルのこと、ずっと好きだったんだもん!」


 全力投球、ど真ん中ストレートのように、胸へと届いてくる。


「告白して……ハルに断られて、気づいたんだ。私のこの気持ちって、そんな簡単に抑えられるものじゃないんだって。諦めきれるものじゃないんだって」


 そこまで言うと、再び夕月は笑う。


「困ったねーほんと、あはは」

「夕月、俺は」

「わかってるって」


 俺の言葉を遮る。


「今のハルの気持ちはわかってる。だからこれは私の、私ががんばることなの」


 夕月は一歩、また一歩と俺の方へ近づいてくる。


「ハル、前に言ったじゃん? 好きな人はいないって」

「あ、ああ」

「だったら、まだ私にもチャンスはあるってことでしょ?」


 にやりと笑う。その表情は、いつもの夕月のそれだ。


「私はがんばることを諦めない。私はハルと一緒にいたいって思うの。だからね」


 そこで区切って、夕月はポケットから折りたたんだ紙を取り出す。


「ちゃんと入部しようと思って。天文部に」

「これって……」


 開いて見せた紙には、入部届という見出しに、丸文字で書かれた夕月の名前。星宮ほしみや夕月が天文部へと入部する。その意思を示したものだ。


「受け取って、もらえるかな」


 入部届を俺に差し出してくる。見れば、それを持つ小さな手はかすかに震えていた。緊張か、不安か。その両方か。

 これを拒否することなんて、俺にはできない。


「ああ、わかったよ」


 言って、俺は受け取った。震えが止まった気がした。

 夕月は満足そうに、にっこりと笑う。


「これで晴れて正式に私も天文部員だね」

「そうだな」

「じゃあ、依頼解決ということかしら」


 会話に割って入る、澄んだ声。誰のものかは考えるまでもない。部長が、東雲しののめとばりが入口に立っていた。

 彼女は、夕月を見ている。夕月もまた、彼女を見つめ返していた。


「いえ、少し違うわね。依頼を解決する必要がなくなった、というところかしら?」

「……はい」


 そして夕月は、小さく、それでいて力強く、言う。


「私、諦めないことにしました」

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