Case 3-11.In the humid room

 テスト休みが明けると、授業は午前中だけになった。


 終業式までまだ日数はあるものの、気分はもう夏休みといった感じで、教室の雰囲気はどこか浮き足立っている。授業中も教師の言葉に真剣に耳を傾けたり、ノートをとったりしている人は少ない。かくいう俺も、授業にはまったく身が入っていなかった。

 授業が終わればホームルームもそこそこに、何人かのクラスメイトは教室の外へと駆けだしていく。テスト休みの延長線というべきか、夏休みの前哨戦というべきか。彼らにとってはどちらでもいいんだろう。


 そんな人をよそに、俺は部室へと足を運んでいた。テスト期間、それにテスト休みも部活は休みだったので、久しぶりの部活動だ。


「ふう……」


 全開にした窓に腕を乗せ、少しだけ身を乗り出す。部室の中は熱気がこもっていて、外の空気にでも触れていないとあっという間にで上がってしまいそうなほどだ。

 扇風機を一応はフル稼働させているものの、いかんせんオンボロで力がない。届けてくれるのは涼しさの欠片もない熱風。外の空気の方がよっぽど涼しい。欲を言えばクーラーを設置してほしいところだけど、うちみたいな廃部寸前の部にお金をかけるほど、学校に経済的余裕はないだろう。


 顔を外に出せば、微かな風が額を撫でる。そんな風に乗って、セミのけたたましい合唱が耳を打ち付ける。時折グラウンドから運動部のかけ声が聞こえてきた。


「何しようかな」


 することが思い浮かばなかった。本来なら夏休みの天体観測に向けていろいろと準備を進めるべきところなんだろうが、どうせまた依頼人がやってきて、『諦め屋』の活動に付き合わされることになるんだ。


 依頼。


 そこまで考えて、数日前の出来事を思い浮かぶ。いや、本当はずっと、心の片隅にいた。


 遊園地でのダブルデート。……それから、夜のパレードでの、夕月ゆづきの告白。


 記憶は鮮明に残っている。イルミネーションと花火の光で脳に焼き付けられたみたいに。震える唇。変に力の入った拳。うるんだ瞳。赤く染まった頬に、俺のことをまっすぐ見ていた、彼女の顔。


 だが俺は夕月の告白を、断った。

 結果的に諦めさせることになった。俺自身が彼女の依頼を解決する形となった。

 依頼してきた時には、諦めてほしくないなんて考えていたくせに。


 なのに、どうして断ったのか。その理由を、俺はなんとなくわかっている。けれど。


「なんにせよ、もうここには来ないかもな」


 色々考えを巡らせるけど、推測を重ねるけど、それだけは確実だろう。振られた相手のいる部にのこのこやってくるほど、夕月も蛮勇ではあるまい。

 窓枠に背中を預けて部室の扉を向く。脳裏に浮かぶのは、今後見ることはないであろう、勢いよく扉が開かれる光景。同時に、元気いっぱいで声がするのだ。


「やっほー! ハル、いるー?」


 そう、こんな風に。

 って。


「え……?」


 目が点になる、とはこのことかと納得できるほど、俺は入口に立つ女の子に釘づけになっていた。健康的に日焼けした肌に、きれいにまとめられたポニーテール。そして着崩した制服。見間違えようがない。星宮ほしみや夕月だ。数日前に告白してきて、俺が断った幼なじみ。


「お前……なんで」

「えへへー。きちゃった」


 なんて言って、はにかんだ笑顔を見せる。見慣れた表情。いや、いつもよりも頬が赤い。きっと気のせいではない。


「ごめんね」


 そんな笑顔のまま、目じりを下げて口にするのは、謝罪。


「この間は、ごめん」

「いや、お前が謝る必要なんて……」

「急にあんなこと言われても、困るよね。ハルには依頼したときに午塚うまづかのことが好きだって言ってたのに」


 少しだけ目を伏せると、夕月は続ける。


「実はね、とばり先輩には言ってたんだ。ほんとのこと」

「え?」


 ほんとのことって。


「私が午塚じゃなくてハルを好きで……それを諦める手伝いをしてほしいってことも」

「じゃあ依頼に来たときにはもう」

「うん……」


 夕月は首肯する。


「とばり先輩に話してたの。諦めるために、デートして、そのあと告白したいって。そしたら、ハルは勘がいいからうまくいかないかもしれないって……だったら、私が午塚を好きってことにして、それを手伝ってもらうことにしようって」


 すべては部長の仕組んだとおり、ってことか。だがその作戦には、もう一人の協力者が必要不可欠だ。


すばるには、話したのか?」

「うん、私がハルに告白するから協力してほしい、って」


 となるとおそらく、お化け屋敷のペア決めも予定どおりだったのだろう。俺はまんまと部長たちの作戦にのっかかってしまったというわけだ。


「ごめんね」

「いや、謝るのは……俺の方だよ」


 やり方はどうあれ、夕月は告白をした。自分の気持ちを、きちんと俺にぶつけてきたのだ。


「俺のことを好きだって言ってくれたのは……素直にうれしかった」


 驚きもしたけど、やっぱりうれしかった

 だったら、俺も真正面から返さないといけない。


「けど、今の俺にとってお前は……幼なじみなんだ」


 大切な、幼なじみ。


 もちろん、これからのことはわからない。俺が夕月のことを好きになる未来が、あるのかもしれない。お互いをきちんと知るために、受け入れるという選択肢もあるのかもしれない。

 だけど、考えてしまう。受け入れる、ということは――


 ただ傷つけたくないからじゃいのか?

 ただの同情じゃないのか?

 諦めという結末にしたくない、からじゃないのか?


 そんな風に考えてしまう以上、今彼女の告白を受け入れる、ということは――

 単なるエゴでしかない。

 夕月の気持ちを、夕月のことを、見れていないのだ。


「だから……ごめん」


 パレードのときと同じ答えを伝えて、俺は目線をそらす。目の前に立っている女の子のことを、見れないでいる。


「……ばーか」

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