Case 3-10.lie and love

「ま、待って!」


 すばるを探しにいこうとした俺の足は、小さな、けれども確かな意思をもった声で止められた。


夕月ゆづき……?」

「探しに行くのは……大丈夫」


 何を言い出すんだこいつ? 告白相手がいないことには何も始まらないだろうに。


「大丈夫ってお前」


 ぎゅ。

 夕月が、俺の服のすそを握る。それはお化け屋敷のときと同じ行動だったが、そこに明らかな意思があるのを、俺は感じ取った。


 いかないで、という。


「ねえ、ハル」


 まるで金縛りにあったみたいに動けない俺を呼ぶ。硬直して返事もできなかったが、それでも夕月は言葉を紡いだ。


「ハルって、好きな人はいるの?」

「いきなりどうしたんだよ。今はそれどころじゃ」

「答えてよ」


 まっすぐこちらを見て、有無を言わせないその語気に、思わず尻込みしてしまう。


「いや、俺は別に」

「とばり先輩……とかは?」

「部長? いや別にそういうのは」


 状況がうまく飲み込めない。いなくなった二人を探しに行った方がいいということはわかりきっているのに、行動に移せない。どうしてそんなことを訊いてくるのか、と問いたいのに、口は動いてくれない。


 だって、目の前にいる幼なじみの言葉が、表情が、真剣なものだったから。

 そうして頭も身体も麻痺している俺に聞こえてきたのは、小さな小さな言葉だった。


「……ごめん」

「え?」


 どうして夕月が謝ってくるんだ?


「嘘、なの……」


 嘘? 嘘ってなんの……って。


「まさか」


 ひとつの予感が、脳裏をよぎる。直後、予感は現実のものとなった。彼女の告白によって。


「私が午塚うまづかを好きだっていうのは……嘘」

「つまり、嘘の依頼をしてきた……ってことか?」


 ひとつひとつ物事を整理するように訊くと、夕月は顔を伏せるようにしてうなずく。


「うん……」


 嘘の、依頼。

 夕月が昴を好きで。でも好きな気持ちを諦めようとしていて。その手伝いをしてほしくて。彼女は部長のもとを、『諦め屋』を訪ねた。はずだ。

 それが偽りであった、ということか。


「なんでそんなことを」


 ほかにも聞きたいことはあったが、真っ先に出てきたのはそんな問いだった。まずは彼女の意図を、気持ちを、知りたかった。

 だが、返ってきた答えは、思いもよらないものだった。 


「嘘っていうのはね、全部じゃないの」

「え……?」


 どういうことだ? 全部じゃない?


「好きな人がいるっていうのは……ほんと」


 瞬間、パレードが始まった。きらびやかなイルミネーションに、マスコットの着ぐるみたちが通り過ぎていく。湧き上がる歓声。響いてくる軽快な音楽。けれど、そのすべては届いてこない。反対に、俺たちもあちら側に干渉することはない。ガラスのような見えない壁で、隔てられているように。


 イルミネーションが、彼女の顔を照らす。ゆらゆらと揺れる瞳。頬を赤くしているのは、きっと光のせいではない。そしてそれは同時に、俺の表情も鮮明にして、隠すことなく見せていることになる。


 こんな状況に置かれて、考えない方がおかしい。だが、それはただの憶測でしかない。何時間にも思える一瞬を過ごし、次の言葉を待つ。

 そして、夕月は引き結んだ唇を動かし、言った。


「私が好きなのは……ハル、なの」


 声量は小さい。が、聞き逃すはずもない。口にしたのは、紛れもなく俺の名前なのだ。

 俺は、ぎこちなく、唾を飲み込んだ。うまく呼吸ができない気がする。


「嘘ついたのは、ごめん。でも私は、ハルのことが……」


 そこで彼女は目いっぱいためを作って、空気を吸い込んで、


「好き」


 再び言った。己の気持ちを。たった一言。誰でもわかる単語で。


「怒ってくれていい。バカにしてもいい。でもどうしても伝えたくて……。これが私の……ほんとの気持ちなの」


 まっすぐとこちらを見据える夕月。その目を見れば、言葉に偽りがないことは明白だ。


 刹那。


 どんっ、と。


 花火が上がった音が聞こえた。きっと色鮮やかで、きれいな、夜空に花開いた夏の風物詩。


 そんな美しい一瞬の花が彩るのは、初めての告白。

 ずっと昔から一緒にいた女の子からの、告白。

 そんな彼女の告白に。


「……ごめん」


 俺はたった一言、そう返した。

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