Case 3-13.Declaration of defeat
午後から陸上部があるから、と
「よかったわね、念願の新入部員がきてくれて」
いつものように二人だけになった部室で、部長は窓際に立っている。俺もまた、部室の中央あたりに立っていた。
「そんなに他人事みたいに言わなくても」
うだるような暑い空気が室内に立ち込めている――はずなのに、この人がいると不思議と暑さが和らいだような気分になる。むしろ、どこか涼しいくらいだった。
「部長にとってもよかったんじゃないですか? 『諦め屋』をやるなら人手はあった方がいいでしょ?」
夕月なら喜んで手伝ってくれそうだ。
「
「はい?」
部長が俺を呼ぶ。外が明るいせいで、窓に背を向ける彼女の表情は薄暗い。
「『約束』のこと、覚えてるわよね?」
「当たり前じゃないですか」
四月にした約束。俺を諦めさせることができるかどうか。その結果で、天文部の行く末が決まる。
「勝負は……君の勝ちよ」
「え?」
一瞬、放たれた言葉の意味を理解できなかった。
「でも、期限は一学期が終わるまでじゃあ」
期限までは、終業式まではまだ日がある。勝ちを譲る気はないけれど、まだ時間があるのに自分から負けを認めるなんて。
「いいのよ」
が、部長は首を横に振って、
「これを君に渡すわ」
近づいて、俺に一枚の紙を渡してきた。
「なんですか……ってこれ」
手渡された紙に書かれていたものを見て、俺は目を疑う。
それは、退部届だった。
「部長、」
「驚くことないでしょ。約束の結果だもの」
「いや、何も退部することないんじゃ」
ないですか、と続けるはずの俺の言葉を、部長は遮る。
「だって、私がいてもこれからの天文部の活動には支障をきたすでしょう? 晴人くんに
私と違って、と部長は言う。
「君も知ってるでしょう?」
笑う。
「私、諦めるのが得意なのよ?」
部長がそこまで言ったのを聞いて、俺は気づく。
初めてなのだ。部長が『諦め屋』で依頼者を諦めさせることができなかったのが。
「それじゃ、今までありがとうね。晴人くん」
薄く笑って部屋を出る彼女を、俺は止めることができなかった。彼女の言葉と行動を、俺が遮り、覆すことなんて、今まで一度もできなかったのだ。
俺はただ、立ち尽くすことしかできなかった。
そして。
その日を最後に、
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