Case 3-8.It's almost time.

「はあっ、はあっ……」

「あー、走った走ったー」


 出口から出てきた二人はまるで対照的だった。俺はといえば、精も魂も尽き果てたと、ベンチになだれかかるようにして座っている。正面で立っている夕月ゆづきは、まだまだ走り足りないといわんばかりだ。


「ハルってば、疲れすぎじゃない?」

「はあ、はあ……現役の陸上部と比べるなって……」


 こっちは素人だぞ。


「普通に限界……だっての……ぜえ、ぜえ」


 全力疾走なんて何年ぶりだ。


「もーだらしないなあー」


 なんて言って、軽い足取りでどこかへ行く。かと思えば、飲み物が入ったカップを両手にすぐに戻ってきた。


「はい、オレンジジュース」

「悪い……」


 ストローで飲むのはまどろっこしいので、ふたを開けてがぶ飲みする。甘酸っぱい液体が喉に一気に流れ込み、渇きと疲労を癒していく。


「あー怖かったー」


 俺の隣に座り、ストローをすする夕月。


「なにがだよ。最後の方笑ってただろ」


 あのまま俺だけ取り残されてお化けに捕まってたらどうするんだ。まあ遊園地のお化け屋敷でそこまではないだろうけど。


「あはは、ハルと一緒だったからかなー」

「はいはい、そうですか」


 俺を身代わりにできたって意味で、だろ。


「ハルこそすごく怖がってたじゃん。お化け屋敷は平気じゃなかったのー?」

「あんな風に追いかけられたら誰だってびびるだろ」


 追いかけるタイプのやつなら、最初からそうだと断っておいてほしい。

 もう一度ふたを開けてがぶ飲みする。すでに残っていたのはほとんど氷水だった。


 周囲に目を向ければ、夕暮れ時。オレンジジュースに染まったみたいだ。ここからどんどん太陽は姿を隠し、代わりに夜が顔をのぞかせる。あらゆるものを黒く染め上げる夜が。

 そうすれば、今日で一番重要なイベントが始まる。


「パレードのときに告白する、でいいんだよな?」

「……」

「夕月?」

「えっ? あ……う、うん」

「まさかお前、忘れてないだろうな?」


 事前に部長も含めて三人で行った打合せ。そこで話し合った内容――夕月がどのタイミングで、諦めるために告白するのかということ。その結果、日没と同時に始まるパレードで、ということになっていた。そしてパレード開始直前に、俺と部長は適当に言い訳を作ってその場を離れる作戦になっている。


「そ、そんなわけないじゃん、わかってるよ」


 少しだけ戸惑いの色がついた声。当然だろう、これから告白、それも諦めるための、自分の気持ちを割り切るための告白をしようというのだから。


 俺ができることはもうない。俺がかけてやれる言葉も、どこにもない。


「わかってるよ……」


 自分に言い聞かせるように言う夕月に、俺は沈黙で答えることしかできなかった。

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