Case 3-7.Haunted house
「あとで絶対ころす」
恨みに満ちた幼なじみの声が、俺の斜め後ろから聞こえてきた。
一見、お化け屋敷の演出の一部に間違えそうだが、言葉の矛先は間違いなく俺に向いている。
薄暗くて見えないが、たぶんお化けも裸足で逃げ出しそうな表情をしていると思う。そう確信できるほどにドスの利いた声だった。
どっちがお化けだかわからなくなりそうだ。
「悪かったって」
お化け屋敷を出たとき、どうか俺の命が残っていますように、なんて願いを抱いて謝罪しながら、お化け屋敷内の入り組んだ順路を歩いていく。ちなみに、部長&
「てかハルは平気なの?」
「なにが?」
「こういうの……ホラー的なやつ」
「当たり前だろ。こんなの作り物なんだし」
とは言ったものの、まったく怖くないといえば嘘になる。不気味なBGMに、冷房も寒いくらいきいていて、外の楽しげな雰囲気とはまるで別世界。有名なホラー映画とコラボと銘打ってあっただけあって、通路の脇にある墓地や廃屋、古びた井戸も本格的で妙に生々しい。
うん、さっさと出るに越したことはない。
「てかハル、あんまり先に行かないでよ」
「わかったって」
「ちゃんとお化け出てきたら、ぶちのめしてよね?」
「いや、それはダメだろ……」
お化け役のスタッフさんがかわいそうだ。
「あーあ、私もお化け屋敷くらい平気になりたいのになー」
「別にいいだろ。女子はお化けが怖いくらいがちょうどいいんだよ」
夕月の場合、ほかの部分が男勝りだからそれくらいじゃないとバランスがとれない。
「じゃーとばり先輩が怖がってたら、ハルはきゅんとくるの?」
「なんでそこで部長が出てくるんだよ」
そもそもあの人はお化け屋敷で怖がりなんてしないだろう。まったく想像できない。むしろお化け役の方をおどかしにいきそうだ。
「まあ、万が一怖がるならその時は思い切り笑うけどな。普段の仕返しに」
「ハルってばけっこう根性曲がってるね」
「うるせ」
「あ、そうだ。無理やり連れてきたんだから、出たらクレープおごってよ」
「クレープって、この間嫌ってほどおごってやっただろ?」
俺はひとつ食べただけでしばらくクレープはいいかなと思ってるのに。
「それはそれ。ここ限定のやつが食べたいのー」
「ったく……。ひとつだけだぞ」
「へへー、やったー」
うれしそうに笑う夕月は、いつの間にか俺の服から手を放していた。怖いのは少し和らいでいるみたいだ。
だけど、このとき俺たちは気づくべきだったのだ。
往々にして、お化け屋敷で会話に夢中になっていると痛い目に遭う、ということに。
とんとん。
「ちょ、ちょっとハル。変ないたずらしないでよ」
「はあ? 何の話だよ」
「今とんとんしたでしょ、私の肩」
「いや、するわけないだろ」
そんな命知らずな真似はしない。
「ほんとに……ハルじゃないの?」
「だからそう言って――」
とんとん。今度は俺の肩に、何かが触れる感触。
ぞくり、と一気に背筋に悪寒が走った。
「……ねえハル」
「……ああ」
嫌な予感がして、おそるおそる、二人同時に振り返る。そこには。
髪の長い白装束のお化けがいた。背後の超至近距離に。
「きっ、きゃああああ!」
「うわああああっ!」
シンクロしているかのように同じタイミングで悲鳴を上げ、そして走り出す。
「やばいってハル! あのお化け、追いかけてきてる! 早くやっつけてよ!」
「んなことできるか! 逃げるしかないだろ!」
無我夢中で逃げる俺と夕月。しかし、走り出してわずか数秒で俺たちの間に違いが生じた。
夕月の走るスピードがめちゃくちゃ速いのだ。
「ホント無理いいいい!」
叫びながら俺を、そしてお化けをぐんぐん引き離していく。
「ちょっ、お前速すぎだって」
「無理なものは無理だもんんんん!」
「だからって俺を
前を走る幼なじみに手を伸ばす。が、当然届くはずもない。その差は開くばかり。
「ぷっ」
と、さっきまで恐怖に包まれていた雰囲気はどこへやら。夕月は噴き出して、
「あははは!」
「おい夕月待てって」
「おいてっちゃうよー!」
「くそっ」
陸上部、速すぎだろ!
必死に追いかけながら、俺は心の中で叫んだ。
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