Case 3-5.Her another weakness

「しゃーく君、待って~」


 目の前を、小柄な女性が駆けていく。直後、近くを通りかかっていたサメの着ぐるみを逃がさんとばかりに抱きついた。

 あのサメ、どこかで見たような……。


 俺が記憶をたどっていると、女性がサメを引き連れてこちら来る。


「すみませ~ん。写真撮ってもらえませ、って宵山よいやま君!?」

「え?」


 なんで俺の名前知ってるんだ?

 ん、待てよこの人どこかで……。


「もしかして、七海ななみ先生?」


 三つ編みの髪型に、黒縁メガネ。それに頭をすっぽり覆っているキャスケット帽。学校で見るいつものスーツ姿とはまるで違うけど、たしかに七海先生だ。サメの着ぐるみにご執心だったのもうなずける。


「七海先生……ですよね?」

「せ、先生? なんのことかなー? もしかして誰かと間違えてませんか? 私はテスト休みで遊びに来た高校生ですよー」

「……」


 苦しい。苦しい言い訳にもほどがある。しかも自分を女子高生と偽って。先生、それでいいんですか。


 けれどその必死さ故に、これ以上追及することができない。ここは黙って、何も見なかったことにするのが、一人の男としてとるべき行動だ、うん。


 カシャ。


「ん?」

「え?」


 だが俺の決意は、全く意味のないものになった。小さなシャッター音によって。


「あら」


 自分のスマホをこちらに向けた部長が、にっこりと笑う。


「少し失敗してしまったみたいですね。もう一度撮るので、もっと着ぐるみと寄ってもらえませんか?」

「あ……」


 部長の姿を視認した七海先生の表情が石膏像のように固まる。部長も笑みを崩さないまま、七海先生からカメラモードにしたスマホを受け取った。


「ほらせっかくなんですから、もっと寄って寄って」


 部長の声に、何も知らないしゃーく君着ぐるみが愛らしい動作で七海先生を抱き寄せる。もふもふした胴体に、七海先生が力なく身体をあずける。


「いきますよー、はいチーズ」


 カシャ。


 再びのシャッター音。そして無言でスマホを受け取る七海先生。撮影した写真が映ったスマホの画面を、ちらりと俺の視界が捉えた。


 七海先生の目が死んでいたのは、言うまでもない。

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