Case 3-2.Freind/Client
今まで依頼人用のパイプ椅子に座る人は、初対面の人ばかりだった。
だから、俺はあくまでまったく関係のない他人という立場で、依頼人を捉えることができていた。冷静に、外側から。
でも今回は違った。そこに座っているのは、俺がよく知る人物、
「驚いたわ。まさか、あなたが依頼してくるなんて」
とは言うものの、表情にはそんな感情を一切出さない。対する夕月は今まで見たことないような緊張した硬い表情で、両手をひざに置いている。俺はというと、事態をまだうまく飲み込めず、部長に促されてなんとかアイスココアを用意したといったところだ。
夕月が、依頼。
つまりは、諦めたい何かがあって来たということだ。
夕月にも、そんなものがあったのか。
別におかしくはない。夕月だってひとりの人間、高校生だ。ここに来た依頼人たちのように悩み、苦しみ、諦めたいと願うことがあって普通だ。それが今、たまたま彼女の中にあるということ。ただそれだけだ。
そうだと頭ではわかっているのに、心がもやもやするのはどうしてなんだろうか。
「すみません、とばり先輩。わたしなんかが来ちゃって」
「遠慮することはないわ。『諦め屋』は誰の依頼であっても拒みはしないもの」
部長はいつもと同じように小さく微笑んで、
「それで、星宮さんが諦めたいものって、何かしら」
「えっと、それは……ですね」
歯切れが悪い。
「あんまり聞かれたくないなら、俺は席を外すぞ?」
もしかすると、男の俺がいない方がいいのかもしれない。そもそも俺は『諦め屋』の一員ではないわけだし。俺が『諦め屋』として依頼人の――夕月の話を聞かなければならない理由はないのだ。
「いいの。ハルにも聞いておいて、ほしい」
が、夕月は俺をこの場に留める。
「えっと、ですね」
言葉を切って、夕月は二、三度深呼吸をする。すーはー、すーはー。そしてふうー、と息を吐いてから真剣な顔つきになると、薄紅色の唇を動かし、言った。
「諦めたいんです……好きな人、を」
「お前、それ……」
夕月に好きな人がいる。まずその事実に俺は驚いた。そんな話、噂でも聞いたことがなかった。誰を好き、とか。いつから、とか。
俺の知らない間に、夕月は恋に悩み、果たしてここにやって来た。依頼人として。
好きな人を諦める。自分が抱いた恋心を、相手とこうなりたいという願いを、終わらせるということ。その道を、自ら選択するということ。
「いいのかよ」
口をついて出たのは、そんなセリフだった。
「やめろよ、そんな依頼。なにも、ここに来ることはないだろ」
「いきなり諦めるとかじゃなくてさ。普通に恋愛相談とかでいいんじゃないか? 男の俺に相談するのが嫌なら、部長だけでもいいし」
「
頬に当たる冷たい風のように、部長が俺の名前を呼ぶ。そこで俺ははっとした。胸の辺りにあったモヤモヤの正体を、理解した。
俺は、少しショックだったのだ。疎外感を覚えていたのだ。小さいころからの仲で、お互い知らないことなんかないはずだと思い込んでいた彼女が、いつの間にか思い悩み――俺の知らないところで「諦める」という結論を出していたことに。
でも夕月だって、ちゃんと考えたんだろう。その結果として、諦めたくて、ここにいる。だったら俺は、まずそのことを何よりも尊重しなければならない。
「星宮さん」
俺が黙ったのを横目で確認すると、部長は話を再開させる。
「よく来てくれたわね。あなたの好きな人を諦めたいという依頼、たしかに受けさせていただくわ」
「お願いします」
いつになく真面目な表情のまま、夕月が小さく頭を下げる。
「早速だけど、星宮さんの好きな人って、誰なのかしら?」
「あ、えっと……」
強張った表情が今一度、硬さを増す。そりゃそうだろう、本人相手ではないとはいえ、自分が好意を寄せる相手を口に出して他人に告げるのは、誰だって緊張する。まして、付き合いの長い俺にも言おうとしているのだから。
……まさか、俺、とかじゃないよな。
我ながら思い上がりも
まあ、それはないだろう。もし仮に夕月の好きな人が俺だったとして、それを諦めようとして、わざわざ本人のいる『諦め屋』に相談に来るわけがない。相談の時点で間接的な告白をするという、なんとも後味の悪い結果になるだけだ。
「その……」
考えを巡らせている間に決心がついたのか、夕月は口を開く。
「同じ陸上部の……その」
陸上部……で夕月と交流のある男子と言えば……
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