Case 2-13.Mr. shark

 部長の言葉の真意を理解したのは、週明けの放課後。いつもどおり天文部の部室に到着した時だった。


「えっと……」


 何気なく扉を開き、部室の敷居をまたぐ途中で俺の足は止まった。俺に背を向ける形で、誰かが依頼人用のパイプ椅子に腰かけていたからだ。


七海ななみ先生……?」

「あっ、宵山よいやま君」


 珍しい。この人が部室に来るなんて、春に顧問の挨拶で来たとき以来だ。


「あら、遅かったわね」

「日直だったんですよ。そんなことより、どうして七海先生が部室に?」


 まさか、天文部の様子を見に来たとかじゃあ……ないよな?


「先生には、お願いがあって来てもらったのよ」

「お願い?」

「ちょっと東雲しののめさん、それには答えられないってさっきも言いましたよ?」


 なんのことかはわからないが、七海先生の言葉と、彼女に向かいあうように部長が座っている状況からして、話はもう始まっているらしい。


 いつもと変わらない、かっちりとしたスーツ姿と、生徒たちの模範であらんとするかのように、ぴんと伸びた背すじ。対して部長はゆったりとイスに腰かけている。スーツと制服じゃなったらどっちが先生の立場かわからない。


「でも、私たちは知りたいんです。天川あまかわなぎささんが美術部を退部する理由を」


 そういうことか。土曜に言ってたアレって、七海先生に訊くことだったのか。


「先生、美術部の顧問もされているから、もちろんご存知ですよね?」

「それは、そうですけど。さっきも言いましたけど、生徒のプライバシーに関わることですから。東雲さんに教えることはできません」


 俺が来るまでの間にも何度かやりとりがあったのか、七海先生の表情は固く、緊張感が含まれている。社会人というよりは面接待ちの就活生のようにも見えた。


 ともあれ、七海先生の言うことはもっともだ。ある意味、天川先輩本人に訊くよりもハードルが高いかもしれない。部長はそのことを考慮したうえで、七海先生から情報を得ようとしているのだろうか。


「そうですか……」


 断念するように部長はうつむく。まさか、ここまできて諦めるのか? こんな中途半端なところで終わったら、七海先生に怪しまれるだけじなんじゃあ――

 なんて思った瞬間。


「ねえ晴人くん。そこの段ボール、こっちに持ってきてもらえないかしら?」

「段ボール? っていつの間に」


 部室の隅には、先週まではなかった茶色い四角の物体。驚くべきはその大きさ、小柄な人ならすっぽり入りそうなほどだった。部長、また私物を増やしたのか。


 ともあれ、部長と七海先生の座っているところまで運ぶ。予想に反して軽かったので、楽々持ち上げることができた。


「あの、東雲さん?」

「そういえば先生、お好きなんでしたよね?」


 そう言って、部長は段ボールのフタを開けて中身を勢いよく取り出した。


「そっ、それは!」


 中身の全容が明らかになると同時、七海先生が驚愕の声を上げてイスから立ち上がる。


 出てきたのは、巨大なサメの抱き枕だった。

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