Case 2-8.Wondering

 一心不乱に頬張る夕月ゆづきとは対照的に、俺は残った生地を大事に噛みしめながら、昼休みのことを思い出していた。

 結局天川あまかわ先輩の退部理由はわからず仕舞い。かといってあまり悠長にも構えていられない。放っておけば部長がどんな手段で高座たかくらの依頼を終わらせるとも限らない。


「なあ夕月」

「ふも?」

「二年の天川先輩って、知ってるか?」


 同性の夕月なら、男子が知らない情報も持っているかもしれない。


「うん、知ってるよー。まっひー先輩と同じクラスなんだよ」

「へえー」


 ちなみに「まっひー先輩」とは桜庭さくらばまひる先輩のことだ。試しに俺も部長のことをそんなかんじで呼んでみようか……いや、悪夢しか見えないからやめておこう。


「私も先輩から聞いただけだから知ってるってほどじゃないんだけど、すっごい絵がうまいんだってー」

「そうなのか」

「家にはコンクールでもらった賞状とかが山ほどあるとかないとか」

「ふーん」


 才能あるってことなんだろうな。この前見た木陰で座り込むあの絵画的な雰囲気は、天川先輩の才能ゆえのものということか。

 でもそれならどうして、天川先輩は美術部を辞めようとしているんだろう。


「ねえハルー?」


 才能もある。昼休みにスケッチもしている。なのに美術は辞める。


「ねえってばー」


 絵を描きたい気持ちを凌駕りょうがするほど、美術部にいたくないということなのか。それほど、部の人間関係、つまりは高座といたくないってことか?


「おいこらー!」

「あいでででで」


 ぎゅううううう、と頬をつねられて、視界に電気が走った。


「何するんだよ」

「だってハルが返事しないからー。クレープ喉に詰まらせて死んだのかと思ったじゃん」

「んなわけあるか」


 お前じゃあるまいし。


「で、なんだよ」

「なんで天川先輩のことなんか突然訊いてきたの?」

「あ」


 しまった。

 つい桜庭先輩の時と同じ気分で話していたが、夕月は今回、完全に部外者だ。


「別に、なんでもないよ」

「もしかして、この間来た人の依頼関係?」

「……さあな」

「むー」


 あからさまに不機嫌になった。さっきクレープを頬張っていた時よりも大きく頬が膨らんでいる。最早ハムスターなんてたとえじゃ表現しきれない。風船みたいだ。


「どうしても話してくれないんだ?」

「まあな。訊くだけ訊いたのは悪かったけど」


 一応、謝罪する。


「覗き魔のクセに」

「だからあれは事故みたいなものだって。それに、お詫びにクレープおごっただろ」

「足りない」

「は?」

「た・り・な・い」


 勢いよく立ち上がる。そして屋台の方を指さして、


「まだ食べたい種類のクレープあるから、買ってきて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る