Case 2-7.Sentence of crepe
あらかじめ断っておくが、俺はあまり寄り道をしない。
放課後は真面目に部活動をして(『諦め屋』のせいであまりできていないが)、下校時間になったら自転車でまっすぐ家へと帰る。駅前には寄り道を誘うところがたくさんあるけど、そこまで行くには俺の家を通り過ぎないといけないので、わざわざ行く気にはならなかった。
そんな俺が、今日は駅前のクレープ屋にいた。
「んん~、おいしー!」
隣には、クレープを頬いっぱいにご満悦のハムスターがいる。
「あんまり一気に食べると喉につまるぞ。ってかもっと味わえよ」
「ふぁいひょーぶ、ふぁいひょーぶ」
何言ってるかわからん。
夕方ということもあって、駅前は帰宅途中のOLや大学生、高校生が行き交っている。そんな様子を眺めながら、俺たちはクレープ屋の近くのベンチに腰を下ろしていた。
「ふぇーひょっと」
「なんだよ」
「ひょんとにふぁんふぇいしへる?」
「食べるかしゃべるか、どっちかにしてくれ」
夕月の母親に見られたらまた怒られるぞ。
ごくん、と俺まで聞こえるくらいに夕月は喉を鳴らして飲み込むと、
「ハル、ホントに反省してるの?」
「ああ……」
向けられたジト目を横目で流す。
「反省してるよ、もちろん」
「ほんとかなあー」
疑惑の眼差しを無視して、俺は右手のバナナクレープにかぶりついた。
昨日着替えを見てしまったこと。その罰として、夕月は放課後になるや否や、俺を強引に連れだした。ゲーセン、買い物……そして最後にこうしてクレープを食べている。もちろん罰なので、夕月が美味しそうに食べているデラックスクレープは俺のおごりだ。
いきなり付き合えと言ってきた時にはちょっとイラッとしたが、罰がこれくらいで済んで正直助かった。部長みたいに脅しのネタに使われたらと思うと、ぞっとする。
「このデラックス、一度食べてみたかったんだよねー。あ、
まあ、一応機嫌は直っているみたいで、楽しそうに自撮りを、俺のクラスメイトにして陸上部の
「てゆーかハルのやつも美味しそうだよねー、ひと口もーらいっ」
「あ、おい」
がぶり。気づけば俺が後生大事に味わっていたクレープは、生地だけになっていた。せっかくバナナを最後にとっておいたのに。
「お前なあ」
文句のひとつでも言おうとしたときには、奪われたクレープは夕月のお腹に消えてしまっていた。
「ほんと、よくそんなに食べれるな」
いくら陸上部で日々運動しているとはいえ、その細い身体のどこに吸い込まれていくのだろうか。あれか、甘いものは別腹というやつか。どうやら別腹はどこか違う宇宙にでもあるらしい。
「ちょっとハル。レディーのお腹じろじろ見るのはやめてよねー」
「レディーは人のクレープ強奪したりしないだろ」
そして口いっぱいに頬張ったりしない。
「なんか、久しぶりだねー」
「クレープ食べるのがか?」
「そうじゃなくて。こうやってハルとふたりで遊んだりするのが」
「そうだったかな」
最後に遊んだのはいつだったか、昔のことすぎて思い出せない。
「とばり先輩とは、よく行くの? こういうの」
「部長と?」
行ってるなら自分も混ぜろ、ということなんだろうか。部室にも来るくらいだしなあ。
「どうだろう。喫茶店とかに行ったことは何度かあるけど」
とは言ったものの、思い起こされるのはどれも『諦め屋』の活動の一環だった。
「……ふーん、そうなんだ」
俺の答えが興味をそそらなかったのか、夕月は手に残ったクレープを丸ごと口の中に放り込んだ。
俺のおごりなんだから、もう少し味わえよ。
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