Case 1-2.Visitors ~childhood friend and client~

「いやー、こうも毎日雨だとジメジメして敵わないよねー」

「……何しに来たんだよ、夕月ゆづき


 ずかずかと我が物顔で部室内へ入ってきた女子生徒に、俺は半眼を向ける。


「ひっどー。最初に言うセリフがそんなだと、モテないよー?」

「ほっとけ。それより陸上部の練習はいいのか」

「残念でしたー、雨だから部活は中止ですー」


 俺の苦言に言い返せたのがうれしいのか、得意げに胸を張る。そんな動きに合わせて、着崩した制服の青いリボンと後頭部のポニーテールがぴょこぴょこと揺れた。


「いらっしゃい星宮ほしみやさん。せっかく来てくれたんだし、ゆっくりしていってね」


 いつの間にか文庫本から顔を上げていた部長が、にっこりほほ笑む。


「やったー、ありがとうございますとばり先輩。いやー、部長にもなると心が広くて優しいなー、誰かさんと違って」

「悪かったな、器の小さい人間で」

「幼なじみなんだから、晴人はるとくんももっと優しくしてあげればいいじゃない」

「腐れ縁ですよ、腐れ縁」


 星宮夕月。家が近所なせいで小学校からずっと付き合いが続いている。高校まで同じとか、最早腐れ縁以外の何だと言うのだ。

 そしてどういうわけか、夕月はこうしてヒマつぶしのように時々部室にやってきてはちょっかいをかけてきている。陸上部でバリバリの体育会系なのに。


「部活ないんなら、さっさと帰ればいいだろ?」

「なによー、私が来るのがそんなに嫌なのー?」

「部外者なんだからあんまり入り浸るなってことだよ」


 天文部に入部すると言うなら話は別だけど。まあ、夕月が天体観測なんて好んでするはずないだろうけど。


 と、夕月は近づいて、長いまつ毛と薄茶色の瞳でじっと俺の顔を見つめてくる。


「なんだよ」

「いーっだ。今日の私は部外者じゃありませんよーだ」

「はあ?」


 と、夕月は半開きになった部室のドアに顔を向け、


「せんぱーい」


 その言葉がまるでスイッチであったかのように、ドアのすりガラスに一つの影が映し出される。その影はゆっくりと、いや、おっかなびっくりといった様子で動き、直後、ドアの端から一人の女子生徒が顔を覗かせてきた。


 ……ああ。


 瞬間、俺は察する。夕月が今日、部室にやってきた理由を。


 俺は黙って、終わりかけていた天体望遠鏡のメンテナンスを中断して、箱にしまう。不本意だけど、ここからは部長の、東雲とばりの、天文部とは別の活動が始まる。どうせ作業にならない。


「それじゃーとばり先輩、後はよろしくです」

「連れてきてくれたのね。ありがとう星宮さん」


 部長に会釈えしゃくしたかと思えば、俺の方を向いて『んべー』と舌を出して、


「言われなくても、今からハルの望みどおり帰りますよー」

「べー、とか子どもかお前は」


 俺の呆れ声を華麗にスルーし、きゅっきゅ、と上履きを床に擦らせ、夕月は部室を出る。

 その間際、部室の外の女子生徒とすれ違いざま、小さく言葉をかけたのが聞こえた。


「ファイトです、せんぱい」

「う、うん」


 言い残された、というか取り残されたみたいな女子生徒は、夕月と入れ替わるようにして、部室内へと足を踏み入れてくる。


「え、えっと。その……」


 目線があっちへこっちへ移動している。こうして訪れる人は何回か見たけど、みんな最初は同じように迷いと困惑を帯びていた。


 そんな彼女を見て、部長は文庫本をカバンにしまう。そして、まるで瞼の裏の景色を眺めるみたいに数秒間、目を閉じた。

 それからゆっくりと瞼を開いた部長は、じっと女子生徒の方を見つめる。


 必要なのは、自分の意思を示すこと。ここに来た目的を、告げること。部長がこうしてやってきた人たちに求めているのは、ただそれだけ。


 再び女子生徒を見ると、すうはあと複数回の深呼吸をしている。そして、覚悟を決めた様子の彼女は、一つの言葉を――自身の意思を、ここに来た目的を、口にした。


「諦めさせてください」

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