第94話 後輩

 



 窓から差し込む日の光が、どこか優しく感じる。

 そんな感覚に包まれながら、俺は1人残ったコーヒーを飲み込んだ。

 スマホに目を向けると、サークルへ行くのに良い時間が表示されている。


 今日はサークル来ないって言ってたよな……千那。


 結局昨日、ベンチで横になる千那を見守り続けた俺。その後すぐに算用子さんが駆け付けてくれて、事なきを得た。

 そして色々と話しこんでいる間に、千那も復活。最初は何が何だか分からない様子だったけど、事の顛末を話す内に、徐々に思い出したようで……


『ごごっ、ごめん! 太陽君!』


 申し訳なさそうに謝ってたよ。

 それと同時に、介抱した事に関して感謝もされたっけ。


 俺としては、間近で寝顔を見れただけで実に有意義な時間だった。さらに感謝されるなんてお釣りが出る思いだったよ。

 しかもおまけに、


『こっ、今度お礼させて!? 私が納得しないから』


 遊ぶ約束まで。道中予想外の事は起こったけど、結果として最高だったのかもしれない。あと、元の依頼をした算用子さんのおかげかもしれない。ありがとう算用子さん。


 それにしても……家に到着した途端、更に感謝と謝罪のメッセージを送って来るなんてね? 流石に気にし過ぎかとは思ったけど、メッセージのやり取りの口実が生まれたのは良かった。

 おかげで、連休中はもうサークルに来れないとか、宿が満席状態とか……あの出来事を冗談交じりで話せたり、デートの延長戦の様な時間を過ごせた。


 とりあえず、前みたいに変に緊張もしなかった。

 次のデートの約束も出来た。

 そして、千那の事が好きだって再確認した。


 それだけでも、一歩前進し出来たんだと嬉しく感じる。


「さて、朝から気分は上々。このテンションのままサークルに行きますか」






 大学の体育館に到着すると、俺はすかざすバッシュに履き替える。


 いつもなら千那が練習してるんだろうけど……体育館に響くボールの音は聞こえない。

 俺自身、練習の開始時間よりも早く来る事が多いけど、千那はそんな俺よりも早く来ている。休むとは分かっているけど、聞き慣れた音がしないのは少し寂しい気がした。

 それと同時に、何気なく一緒に過ごしていた練習前のシュート練習の時間。数分にも満たないけど、恵まれた瞬間なんだと認識させられる。


「あっ、日南先輩!」


 そんな時だった。不意に後ろから聞こえた声。思わず振り向くと、


「えっ? 日城?」


 そこには、後輩の日城が立っていた。


「おはようございます!」

「おはよう……って、なんで日城が?」


 それは当たり前の質問だった。

 日城が黒前大学に入学したのはもちろん知ってはいる。けど、清廉学園の時は部活には入っていなかったはず。それにバスケとの繋がりも全く見えない。にも関わらず、なぜこの体育館に居るんだろう。


「私、今日からバスケサークルのマネージャーする事になったんですよ」

「マッ、マネージャー?」

「はい! サークルに1年に鯉野こいのつなぎって子居ますよね?」


 鯉野……あぁ! あの元気ハツラツで小動物みたいな感じの子か。自己紹介の時、一際印象に残ってる。

 しかもその雰囲気に違わず、めちゃくちゃドリブルとか速いんだよな。


「確かに居るけど……」

「繋ちゃんとは学部が一緒で、入学式の席も隣って事もあってすぐ仲良くなったんですよ。それでサークルの話になって、良かったらマネージャやらない? って誘われたんです」


「誘われたって……でも、日城って部活とかやって無かったよな?」

「そうですけど、せっかく繋ちゃんが誘ってくれたので。それに夕方から夜って結構暇なんですよね」


 そう言う事か。まぁ大学生活の充実感ってのは人それぞれだろうし……日城が決めたんなら、他人がどうこう言う必要はないよ。

 それに、サークルの現状的にマネージャーは4年の先輩2人しか居ない。これから色々忙しくなるだろうし、純粋にサポートしてくれる人が増えるのは有り難い。


「なるほどね。だったらめちゃくちゃ助かるよ」

「本当ですか? これで日南先輩にもたくさん会えますね」


「ん?」

「冗談ですよ。ふふっ」


 冗談って……やっぱ少し変わったのか? 垢抜けたと言うか……


『好きです! 大好きです! 私と……付き合って下さい!!』


 あれ以来、あの言葉については深く追及はしてないし、日城から何か言う訳でもない。聞き間違え……だと思いたいけど、流石にあの距離で、あの大きさで間違える訳はないと思うけどな。


 なんにせよ……学園時代とは雰囲気は変わった。

 けど、不思議と何か企んでいる様な……嫌な気配は感じない。


「あっ、改めて先輩。初めての事で至らない点もあるかと思いますけど、宜しくお願いします」


 まぁ元から整った顔立ちではあったし、雰囲気も変わって可愛いさが前面に出てる。大学でも交友関係には苦労しないだろう。


「こっちこそよろしく。分からない事があれば、俺でも先輩のマネさんにでも遠慮なく聞きなよ?」


 それに清廉学園の後輩と、黒前の大学で先輩後輩になるなんてあり得ない確率だ。そう言う意味でも……

 先輩として出来る分には手助けしないとな。


「はいっ! 先輩も遠慮なく命れ……指示して下さい? なんでもしますから!」

「えっ? あぁ、ほどほどに……」

「いつでも、なんでも、どんな事でも言って下さいね!?」


 ん? あっ、いや……そんな目を輝かせながら言う言葉じゃないでしょうよ?


「なっ、何かあったら言うよ」


 ……やっぱ雰囲気変わったよな。それも、なんか変な方向に代わってる様な気がするんでけど……


「はいっ! なんなりとお申し付けくださいっ!」


 気のせいだよな?



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女難にまみれた不幸な男が、女神に出会って救われるまで 北森青乃 @Kitamoriaono

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