休憩時間
マリオさんが眠ってしまった後、職員さんの1人が「ロビーにお客さんが来たが、支部長がいなくて困っている」というようなことを言っていたのを聞いて、ひとまず私はファースさんを探すことにした。
支部長室にもいなかったし、もしかして休憩中かな、と思って休憩室を覗き込んでみると、案の定ファースさんとついでに狐さんの姿が見えた。
ただし、2人ともソファの上で溶けていた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「もうヤダァ~~~~ギャングやりたくねぇよう……おおぉぉ~~~~~ん……」
狐さんはソファを抱きかかえるように突っ伏したまま、弱々しい遠吠えを発している。元々荒事が苦手な性格だからか、今回の事件には相当参ってしまったようだ。
「ああ、俺があんとき犯人見つけてぶっ倒してりゃあ……ソルヴェイちゃんだって、あんな目に遭わずに済んだのに」
いまだに責任を感じているのだろう、ふさふさの尻尾もしおしおとへたれてしまっている。
向かいに座っているファースさんはというと、ソファに深く腰掛けたまま抜け殻のように天を仰いでいた。手には半分くらい灰になった煙草がそのままに、口から出る煙は昇っていく彼の魂のように見える。
「もうヤダァ~~~~でかい揉め事が起きないように普段からあんだけ頑張ってるのにぃ~~……」
ファースさんは泣き言を吐いて長く深いため息をつくと、煙草の灰が膝に落ちて「あっちィ!!」と悲鳴を上げた。ギャングのボスの仮面を剥がした、素のファースさんだ。
「お疲れ様です。お休み中のところ申し訳ないんですが……」
「もしかして、来客ですか?」
「そだよー」
いつの間にか、当のお客様――赤犬さんとルゥルゥさんが部屋に入っていて、耳もとで返事を囁かれたファースさんが仰天して飛び上がった。
「うっわぁ!! 気配消して近づくな!!」
「あははははっ!!」
赤犬さんが腹を抱えて笑っている横で、ルゥルゥさんが手元の紙束を整えながら営業用の笑顔を作る。
「お休みのところ申し訳ないッス。ファースさんは大仕事を終えると、煙草の量がいつもの3倍ほどに増えると聞いたんで、ここにいるかなって」
「なんでそれ知ってるんですか……。で、調査を依頼した件ですよね? エステルさんにも関係があると思うので、できればご一緒に」
「は、はい」
ファースさんに促されて、私もソファに座る。赤犬さんは突っ伏している狐さんの背中に飛び乗って、「ぐえっ」と短い悲鳴を上げさせていた。
「まず今回の事件の犯人、『ジミー』ことジェームズ・フェンダーは暗殺組織<サーカス>に所属。組織壊滅に伴って重傷を負うも奇跡的に一命をとりとめ、以降は各地を転々とする生活を送って――最終的に、この街に辿り着いたッス」
「ここに来たのはいつからですか?」
「ちょうど、魔人ヨアシュが活動を始めた直後ッス」
「!」
私たちがこの街に来たときには、すでにジミーは街に潜んでいたのだ。
「その頃から何件か女性の刺殺体が見つかる事件が起こってたんスけど、ギャングや魔族の騒動に紛れて目立たなかったんでしょうね」
「ということは、ジミーに力を与えたという魔族はヨアシュ経由で情報を仕入れた可能性がありますね」
レメクは血縁上ヨアシュの兄弟だし、ファースさんの説で間違いないだろう。
「それで、ジミーは街のゴロツキを何人も金で雇ってたみたいッス。金の出どころは不明ッスけど、強盗か何かで稼いだんでしょう」
「廃教会にいた連中はそういうことですか。その残党は?」
「計28人。全員きっちり赤犬さんが処理したッス」
「へへ~ん。歯ごたえのない連中だったよ」
赤犬さんが自慢げな笑顔でピースサインを作っている。ルゥルゥさんと一緒にいたのは、その残党狩りのためだったらしい。
「28人も……」
私が思わずそうこぼすと、赤犬さんの垂れた耳がぴくりと跳ねる。綺麗な横顔がぞっとするような薄笑いに染まって、こちらに向いた。
「エステルちゃんってぇ……『相手も同じ人間だから、殺すなんてカワイソウ』って思っちゃうタイプでしょ~」
山なりの曲線を描く両目から内面を見透かすような瞳を突きつけられて、私は反射的に頭を引いた。
「でも僕と君は人種が違う。敵なんてゴミだと思ってるからなんにも気にせず殺せるし、強い相手との殺し合いならむしろ楽しめるんだ。ボスもそれを知ってるから、荒事は僕に回ってくるの。やることやったら褒めてくれるし。ね、ボス! 褒めて褒めて!」
「……ああ、フレッド。お前はよくやったよ」
「やった!」
ファースさんの一声で、赤犬さんは喜色満面に尻尾をぶんぶん振っている。
「もし僕が帝都みたいな平和なとこで生まれてたら、あの殺人鬼くんみたいになってたかもしれないね。だから僕にとって、ここが一番の居場所なんだ。――それとも、僕みたいな奴なんかいないほうがいいって思う?」
「そんなことはありません」
私がきっぱりと即答すると、赤犬さんはニコリと目を細めて「だよね」と返した。
人を殺すのは悪いこと、悲しいこと――それでも、この世界からなくなることはない。どうにか折り合いをつけて生きていくしかない。自分の居場所がある赤犬さんは幸せだ。
「では、何もなければそろそろお暇させていただくッス。お代は月末までに」
「わかってます。お世話になりました」
立ち上がったルゥルゥさんに、ファースさんが軽く会釈をする。そのまま出て行こうとする彼女の後ろを、赤犬さんが追いかけた。
「ねぇねぇこの後暇? 僕とデートしようよ!」
「あたしは高くつくッスよ~?」
「大丈夫、僕も高いよ!」
微妙に噛み合わない2人のやりとりが、閉じるドアに遮られて遠のいていく。入れ替わるようにカツカツとヒールが床を叩く音が近づいて、ノックの後にアイーダさんが顔を出した。
「失礼いたします。ファースさんはいらっしゃいますか?」
「アイーダさん。ちょうどよかった、ボクもそろそろ仕事に戻ろうと思っていたところです。ソルヴェイさんのほうはいかがですか?」
「今は寝室でお休み中ですが、仕事を1つ任されました」
「仕事?」
「『今日一日、支部長をしっかり休ませること』です」
仕事モードに入りかけていたファースさんが、石のように固まった。
「言伝を預かっておりますので、そのまま申し上げます。『自分のワーカホリック棚上げして他人に休めとか舐めてんのか。まずあんたが模範を示せ』――以上です」
「まんまとやり返されてんな、旦那」
「くぅ……」
何も反論できないのか、ファースさんは歯噛みしながら煙草をくしゃりと握りしめる。
「狐さんにも伝言があります」
「え、俺ぇ!? なんかやっちゃった?」
戦々恐々と待ち構える狐さんに、アイーダさんは手帳を見ながら淡々と告げる。
「『襲われたのはあたしの不注意なんだから、いつまでもウジウジ気にしてんじゃねぇ、このアホ狐』――以上です」
ぽかんと口を半開きにしている狐さんのサングラスがずるりと落ちて、露わになった瞳にしだいに光が宿り始める。
「な、なんだぁ、なんやかんや俺のこと気にしてくれてたのかよ~! うおぉ~~~ん!!」
とうとう狐さんは感涙に咽び泣き、吠声が休憩室に響き渡る。
「あの……せめて、<サラーム商会>への支払いだけでもやらせてもらえませんか」
「いけません」
ファースさんのささやかなお願いを、アイーダさんはにべもなく一蹴する。それから分厚い手帳のページを何枚かめくった。
「……このところ、街の事件を追って危険な仕事をされていたようですね」
「はい。ですが――」
「その間、私はあなたのことをずっと心配していたはずです。記録を見ればわかります。私なら、どうせ忘れるだろうと思いましたか?」
「そんなことは……! ……わかりました、今日一日は休暇を取ります。今後はアイーダさんに心配をかけないよう気をつけますから」
一番聞きたかったであろう言葉をファースさんから引き出した彼女は、しっかりとそれを手帳に書き留めて、口元に柔かい微笑を浮かべた。
「ええ、ちゃんと覚えておきますからね」
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