殺人鬼と遊ぼう
すっきりした小綺麗なリビングに、アコースティックギターのリズミカルな旋律が流れている。弦を爪弾く指の一本一本が別々の生き物みたいに自由に動き、一音一音が手を取り合って踊っているかのような、朗々とした音楽が部屋中を駆け巡っていた。
「ありがとーございましたー!!」
勢いよく下げた頭から帽子がずり落ちる。被り直してニカッと歯を光らせたその顔に、私は拍手を送った。
「どうだった?」
「とても良かったです」
「ありがと。でも君変わってるねぇ。オイラ殺人鬼だよ?」
無邪気に喜んでいるその顔に自らの人さし指を向けて、ジミーは私が目を逸らしたかった事実に触れる。
「それは……そう、ですけど。演奏は本当に上手だったから……」
「えー? いやぁ、困ったな~」
ジミーは後頭部を掻きながら落ち着きなくその場をうろついて、ピタリと私に眼を留める。光も何もかも吸い込んでしまいそうな、大きな瞳。
「そんなこと言われたら、君のこと殺したくなっちゃうよ」
「……!」
その一言だけで、全身の血管が凍りついてしまったような気分になる。軽い口調でも冗談ではないとわかってしまうから。
「……な~んてね。あいつの手前でそんなことできるわけないって」
気分屋な彼は殺人鬼の顔を引っ込めて、また幼い少年に戻る。背もたれに寄りかかって椅子をぐらぐら揺らしながら、ふと彼は鼻をひくひくと動かした。
「おお、めっちゃいい匂いしてきた~!」
「そろそろ出来上がるよー」
キッチンから間延びした声と芳しい香りがやって来る。この隠れ家に入った瞬間にジミーが突如「お腹すいた」と宣言し、それに対してマリオさんが料理を作ろうと提案してくれて……今に至るというわけだ。戦いに来たはずなのに、本当に友達の家に遊びに来たみたい。
マリオさんが運んできてくれたのはトマトソースを使った簡単なパスタ料理で、あり合わせの材料で作ったのだろうけれど、お店で出てきても違和感のない出来栄えだった。
「相変わらずうまそーっ!! いただきますっ!!」
よほど空腹だったのか、ジミーはとてつもない勢いでパスタを口に詰め込んでいく。本来緊迫感を持たなければならない状況なのだけど、私も誘惑に負けて普通に食事を楽しんでしまった。
「ジミー、君のその新しい力だけど」
「むお?」
パスタを詰めすぎてリスみたいに頬を膨らませたジミーに、マリオさんは切り込んだ。
「それは、魔族に貰ったものだよね?」
「むあー……んぐっ。知らない人だよ。なんかスーツの……仕事できそうな人」
「その人、何か言ってませんでしたか?」
プロコーピー博士のときは、レメクはヤーラ君が来ることをほのめかして「助けてやってほしい」と伝えていた。ジミーにも何か指示があったはずだ。
「確かねぇ、『もうすぐ古い友達に会える』って言ってたよ。そんなの一人しかいないじゃんかー! 君が勇者やってるのは知ってたから、<勇者協会>の人を狙ってみたんだ。そしたらこうなったってわけ」
あまりにも軽薄な言い方に、私は絶句した。そんなことのために、あの職員さんは殺されてしまったんだ。フォークを握る手に力が入ってしまう。
「どうして……あなたはどうして、人を殺すんですか」
パスタをくるくると巻きながら、ジミーはきょとんと私を見つめる。
「なんだろうなぁ……。息をするのと一緒っていうか。人を殺さないと、どうにもたまらないんだよ」
そう言って、彼は平然と麺を頬張った。この殺人鬼は、これまでも知らないところで誰かを殺して、ここで放っておけば、これからも人を殺し続けるのだろう。
怒りより、悲しさがまさった。生まれついての人殺し、というわけではないだろうに。
「そんじゃ、モーリス。例のアレ見せてくれよ」
食事を終えて、ジミーはうずくような期待感をマリオさんに送る。当のマリオさんは何のことか見当もつかないのか、ぽかんと固まっている。
「なんだい、ノリ悪いな~。あるんだろ? オイラの人形!」
「……ああ」
実はここに来る途中にジミーがマリオさんの人形を見たいと言い出し、わざわざ西方支部に寄って持ってくることになったのだ。
マリオさんがいつも持ってきている人形をあらかたテーブルに並べると、ジミーは興奮気味に自分そっくりなものを手に取った。
「うわ―――っ!! すっげぇ、完全にオイラじゃん!!」
「動かしてみようか」
「マジで!?」
いつものようにマリオさんが糸で人形を操ってギターを弾かせると、ジミーはますます目を輝かせてそれに見入った。
「おわぁ~~~っ!! 再現度高すぎ!! 相変わらず上手いなぁ!!」
観客としてこれ以上ないほど喜んでいるジミーは、マリオさんに惜しみない拍手を浴びせていた。さっき見たばかりの演奏がミニチュアでそのまま再現されているのは、確かに感動を覚えるものだった。
「いや、懐かしいなぁ。これがジョージで、こっちがヨリックだ。そんで隣がケイト、ウィニー……」
ジミーは楽しそうに人形の名前を1つ1つ当てていく。彼も知っているということは、やはりこの人形も元は殺し屋の仲間で――皆、もうこの世にはいないのだろう。
「おっ! クラリスちゃんだ」
彼は1つだけ毛色の違う少女の人形に目をつけた。
「綺麗な娘だったよね~。可憐なお姫様みたいでさ。優しそうで、ちょっと儚げで――その実、オイラたちをめちゃくちゃにぶち壊した、悪女だ」
少年のように純朴だったその笑顔に、いくらか憎悪のこもった歪みが生じる。彼はその恨みがましそうな眼つきを人形越しにマリオさんにぶつける。
「君はこの娘のせいですっかり変わっちまった。ほら、覚えてるかい?」
ジミーは襟をめくって、首筋に近いところの生々しい傷跡を露わにする。私は思わず口元を手で押さえてしまったが、マリオさんは平然とそれを見つめた。
「あのとき、オイラは君に協力してやろうって言ったじゃないか。でも君はそんなの無視して、オイラを殺そうとした。他の仲間と同じようにね」
「……そうだったね。ごめん」
「『ごめん』の一言で済むかぁ~?」
ケラケラと茶化しているようで、その裏には明確な怒りが込められている。
「なぁ、モーリス。君はそんな奴じゃなかったはずだよ。ほんとに覚えてないのかい?」
「さあ……どうだろうね」
ジミーの眉がじれったそうにピクリと動く。その下の半眼が、私に矛先を向けた。
「じゃあ、エステルちゃんに聞いてみよう。君から見て、こいつはどんな奴?」
何が来るかと少し身構えていたけれど――よかった。すぐに答えられる質問だ。
「マリオさんは、友達想いの優しい人です」
「……そっか」
納得したのかしていないのか微妙な表情のまま、ひょいっと身軽に立ち上がって――マジックみたいに、どこからともなく両手に2本のナイフを出した。
「じゃ、そろそろやろうか」
「うん」
「さすがにこん中じゃあ狭いしね。オイラ、いい場所を知ってるんだ」
友達を遊びに連れ出すかのような口ぶりだが、これから2人がするのは遊びなどではない。玄関に向かう2人の後についていくと、ジミーがくるりと振り返った。
「エステルちゃんも来んの? 危ないと思うんだけど」
「行きます。見届けるのが、私の役目なので」
「ふーん。じゃ、観覧席を用意しよう」
彼は上機嫌に口笛を吹きながら外に出る。改めて、私は隠れ家として連れてこられた小綺麗な一軒家を見上げた。
「ずっとここに住んでたんですか?」
「いや?」
私の素朴な疑問に、彼は世間話のような調子で答えた。
「先週くらいだったかな。元の家主を殺して、せっかくだから使わせてもらってんの」
私がまた絶句していると、ジミーはどこか不気味で、それでいてあどけないような笑みをこちらに突き刺してくる。
「もしオイラがモーリスを殺したら、次は君を殺そう」
支部で見た無残な遺体が脳裏をよぎる。背筋を這いあがってくる恐怖をぐっと堪えて、私はファースさんのあの強い意志の漲る顔を思い出し、自分を奮起させた。
「残念ですけれど、そうはなりません」
「あははっ!」
ジミーの快活な笑い声が、小雨の降る街の隅に響いていた。
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