かつての親友
この教会は、以前は殺し屋の斡旋などを行っていたところで、私も当時そこの殺し屋に狙われたことがあった。結局<ゼータ>の仲間たちが返り討ちにしてしまったのだけど、その後廃墟になっていたということだった。
その戦いの跡なのだろうか、ガラスが割れてなくなっていたり、外壁がところどころ剥がれていたり、なんなら丸ごと穴が空いている部分まであった。ほとんど朽ち果てた建物に、ファースさんをはじめとするギャングの集団がずかずかと踏み込んでいく。
「……旦那、やっぱり罠っすよ。中に何人もいる」
鼻を突き出して辺りを探っていた狐さんが、人のにおいを感じ取ったらしい。しかし、ファースさんは足を止めない。
「構うことはねぇ、皆殺しだ」
その言葉を合図に、教会の腐りかけていた木の扉がギャングたちによって粉砕される。勢いに乗って一気に中に雪崩れ込むと、武器を持った無法者らしい集団が私たちを出迎えた。
「なんだ、テメ――」
敵の誰かが叫んでいる途中で、喉元から血が噴き上がる。
「やっほー! 遊ぼうぜーっ☆」
一瞬にして返り血にまみれた赤犬さんが、満面の笑みで宣戦布告をする。
「行け!! 味方以外全員殺せ!!」
青犬さんが号令をかけると、ギャングの人たちはすさまじい勢いで敵陣に乗り込み、辺り一帯に血の雨を降らせていく。ファースさんは地獄みたいな光景をなんともないように見渡した。
「犯人の姿はないようですが……どこかに潜んでいると考えていいですね?」
「そうだね。ジミーなら気配もなく近づいて、こっちが気がつく前に切り刻んでくると思うよ」
マリオさんはぞっとするような予告を平然と言ってのける。ソルヴェイさんもきっと、そうやってやられたのだろう。
「ぼくがジミーを探してみようか」
「お願いします。こちらは邪魔者を消しておきますので。……ヴォルフ、行けるな?」
サングラスを取った狐さんは、徐々にその目に獰猛さを宿していく。
「やれ」
短い合図で、狼の獣人は唸り声を上げながら戦いの中に飛び込んでいった。
あっという間に血と怒号の飛び交う地獄と化した戦場から、マリオさんに庇われる形で壁際に沿って安全な場所へ退避する。
「エステル、ぼくから離れないでね」
「は、はい」
礼拝堂を抜けて狭い廊下に辿り着く。ここなら奇襲にも備えやすいというマリオさんの判断だろう。だけど、ここにももちろん敵の人員が配置されていて――
「いたぞ、女だ!!」
ナイフを持った無法者らしい男たちがこちらに押しかけてくる。マリオさんは投網のように糸を投げると、さっと右腕を引いて男たちを縛り上げてしまった。
「友達になる暇もなさそうだね」
抑揚のない声でそう言うと、さらに引っ張られた糸が彼らの身体を無残にもバラバラにしてしまった。
私は思わず顔を背ける。ファースさんが皆殺しにすると言ったのだ。それがこの街のやり方で、マリオさんはそれに従っているだけ。それはわかっているけれど……。
「うわぁ、ひどいことするな~」
「でも……――え?」
そこにいるのが当たり前であるかのように、自然と私の隣に立っていた――どこか幼さを残した顔の、オーバーオールに身を包んだ青年。その風貌はよく知っていたが、会ったのは初めてだ。
「や、久しぶり! 髪切った?」
ぱっと広げた手を挙げて、青年は顔いっぱいに無邪気な笑みを広げた。場違いすぎるほどに爽やかな挨拶から間髪入れず、マリオさんは素早く糸の束を投げる。が、青年が見えない速度で左手を一振りすると、空間を切り裂くかのように大きな白い直線が走り、糸はバラバラに切断されて床に落ちた。
髪の毛のように散った糸の傍に、手の甲のあたりが裂けた白い手袋も落ちている。そこへ滴る赤い雫は、マリオさんの手から流れ出ていた。
「おいおいそりゃないぜ、モーリス。オイラたち親友だろ~? 積もる話もあるんだしさぁ。いったん休戦しよ、休戦」
「ジミー。ぼくは君を殺すように言われてるんだ」
やっぱり、この人がジミーなんだ。この街で連続殺人を起こしている、殺し屋――
「相変わらずマジメなやつだなぁ。そんなの後でもいいじゃんか。ゆっくり話したいけど、ここは邪魔が多いし。場所変えない? 何かおいしいもの食べに行こうよ」
――とは思えないほどの気さくな感じ。それでもマリオさんは、警戒の手を緩めていない。
「……しょうがないなぁ」
やれやれと肩をすくめたジミーは両手をポケットにつっこむと、何本ものナイフをトランプの手札みたいに持ち出して、いっぺんに放り上げた。
「!?」
私は降り注いでくるナイフに咄嗟に身を引いたが、ナイフは1本も落ちることはなかった。タコの足のように伸びている黒い霧にくるまれたナイフは、空中で綺麗に整列してすべての刃先をマリオさんに向けている。
「どお? オイラの新しい力さ!」
これが、レメクがジミーに与えた力なんだ。いくつもの武器を同時に操る力。これなら、同時に20か所もの刺し傷をつけられたわけも理解できる。
横一列になったナイフが一斉に射出され、軌道を交差させながらマリオさんに襲いかかる。彼はバク転で飛びのいて、器用に刃の雨を回避した。
瞬間、私の首筋に冷たいものが触れる。いつからそこにあったのかわからない、鋭利な金属の感触。
「へへ~ん、油断したな~?」
ジミーは子供みたいにマリオさんを指さしてからかっている。そうしてすぐ近くに迫っている死の気配に動けなくなっていた私の肩に手を回し、逃げられないよう固定する。
「オイラ、もいっこ別に隠れ家持ってんだ。そっち行こうよ。怪しい動きはするなよ? もし何かしたら、この女の子殺しちゃうからね~?」
いたずらっ子のような口調だが、言っていることは本気だ。彼はいざとなったら何のためらいもなく私を殺すだろう。そんな脅迫に対するマリオさんの返事は、あっさりとしたものだった。
「うん、わかった」
「決まり!」
マリオさんはすぐさま両手を挙げて投降し、私を人質にしたままのジミーに大人しく付き従っていた。
◆
廃教会は血と死体にまみれた地獄と化していた。ボスの「皆殺し」の命令を忠実に遂行したギャングたちだが、肝心の殺人鬼と、なにより共に来ていた2人の勇者がいないことに少なからず動揺が広がっていた。
「ここにいる敵はぜ~ったい全員殺したって! 犯人逃げられちゃったんだよ。ちぇー」
「あの2人は捕まっちまったか、逃げた犯人追ってんのか……いずれにしろ、俺たちとはぐれちまったみたいですね」
赤犬が口を尖らせて文句を垂れ、青犬が煙草に火をつけながら状況を整理する。ファースは腕を組み、目つきは険を帯びたまま無言を貫く。
「旦那~~っ!」
狐がドタドタ慌ただしく戻ってきたかと思うと、白い布切れをひらひらかざしている。
「廊下に落ちてたんすけど、これ! マリオの手袋じゃねぇです?」
ファースがそれを手に取ってみると、刃物で切られたような跡と血痕があるのをみとめた。生半可な人間では、あの熟練の糸使いに傷を負わせるのは難しいはずだ。
犯人と交戦したとみて間違いないが、ならばなぜ自分たちを呼ぶことなく共に消えてしまったのか? ファースは即座に結論を出した。
「エステルさんが人質にとられた可能性が高い」
「え!?」
狐は我がことのように驚いているが、赤犬は手を後ろに組んでのん気に構えている。
「わかるわかる。あの子はなんか攫いたくなっちゃうんだよね~」
「おい、兄貴」
青犬が釘を刺しても赤犬はへらへらしていたが、ボスが重々しく全員に目配せをしたときには、さすがに居住まいを正した。
「オレたちのやることは変わらない。どんな手を使っても、犯人の野郎を見つけ出して、殺す。いいな」
ギャングたちは、腹の底から声を発して彼らのボスに応じた。
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