赤い旋律
「殺した、って……」
マリオさんの後ろ姿に、今聞いた言葉をそのまま繰り返す。彼は振り向くことなく、独り言のように続けた。
「昔の仲間はみんな殺したはずなんだけど……仕留め損ねちゃったみたいだね」
昔の仲間――マリオさんは元々、表向きはサーカス集団を装った殺し屋の組織に所属していたと聞いている。ということは、犯人も同じ組織にいた殺し屋……?
「どうして、わかったんですか?」
「手口がそっくりなんだよね」
マリオさんはつかつかとこちらに来て、向かいのソファに静かに腰を下ろした。
「刃物の扱いが上手くて、あえて致命傷を外して死ぬまでの時間を長引かせるんだ。そんなことができる人は他に思い当たらない」
確かに、私が見た職員さんもそんな殺され方をしていた。考えてみれば、素人には難しい犯行だ。
ヤーラ君のときも、レメクが目をつけたのは彼の父の師匠であるプロコーピー博士だった。それなら、今回もマリオさんと関係のある人を選んだのだろう。レメクの言う「試練」のために。
だけど……犯人がマリオさんの元仲間だとしたら、マリオさんと同じように高度な殺人の技術を身につけているはずで。そんな人が魔族の力を得て、この街で人を殺して回っているというのは、相当まずい状況なんじゃないだろうか。
ファースさんや<ウェスタン・ギャング>の人たちも協力してくれているとはいえ、早く犯人をどうにかしないといけない。
……そういえば、と私はあることに思い至った。
「その、犯人がマリオさんの知り合いの人なら……その人の人形もあるんじゃないですか?」
マリオさんは死んだ「友達」の人形を作って持ち歩いている。それがあれば、少なくとも見た目くらいはわかるかもしれない。
「うん。持ってこようか」
いったん休憩室から出たマリオさんは、犯人だと思われるその知り合いの人形を持って戻ってきた。
それは、私がもう何度も目にした彼の友達で――見た目どころか、特技や性格までよく知っている人だった。
◆
「で、いくら出せるッス?」
砂漠の民らしい褐色肌に縮れた黒髪を垂らし、その童顔を満面の笑みに染めて、<サラーム商会>の少女――ルゥルゥは、狐とソルヴェイに直球の質問を投げかけた。
「いや、俺ら協会の財布握ってるわけじゃないし……。街の平和のためなんだよ、無償で頼むって!」
狐は必死に頭を下げるが、ルゥルゥはため息ひとつで突っぱねる。
「うちの情報は大事な商品ッス。どんな大義名分があろうとタダで譲ったらウチの沽券に関わるッス」
「そんなぁ。ソルヴェイちゃんもなんとか言ってくれよぉ」
「わかんねぇ」
「うおぉ~~ん」
力なく吠えて崩れ落ちる狐を見下ろし、ルゥルゥがニヤリと口角を上げる。
「まあ、さすがにあなたがたに大金ふっかけるなんて真似はしないッス。情報の対価には情報を、ってことでぇ……」
何か含みを持った少女の眼は、気乗りしないふうに後頭部を掻いているソルヴェイに狙いを定めた。
「西方支部随一の天才技師さんに、いろいろお話を伺えたらな~って思ってるんスけど、いかがッス?」
ニコッ、と弾けるような営業スマイルをルゥルゥが向ける。要は金になりそうな技術を教えろという要求で、ソルヴェイは嫌そうに片目をすがめて小さく舌打ちをする。
「…………ま、いいけど」
「やった~~! 約束ッスよ?」
この街にしては珍しく傘を必要としない曇天の下、両手の空いたルゥルゥは受け取ったばかりのそれを空にかざしながら上機嫌にくるりと回った。
「うっはぁ~~~!! こんな素晴らしいモノを持ってきてたのなら早く言ってくださいッス! なるほどなるほど、これはこの街なら絶対売れるッスよ~~!!」
さっそく彼女はソルヴェイ特製の手袋を両手にはめてみて、再び身を翻して製作者のほうを向いた。
「で、これどうやって使うッス? あ、『わかんねぇ』はナシで」
「わかっ……あー……」
伝家の宝刀を封じられたソルヴェイは、仕方なしに小さいメモを手渡す。
「説明書のご用意まで! さすがッスねぇ、ふむふむ」
ルゥルゥはさっそく文字のびっちり書かれたメモを熟読し始める。何もわかっていない狐はぼんやりその光景を眺めていた。
「その、何、手袋? どういうアレなの?」
「わかんねぇ」
「おーん……旦那やアイーダちゃんにはちゃんと教えてくれるじゃんよぉ……」
「これは、誰でも高度な治癒魔術が使えるようになる手袋ッスね」
「へぇー……それ、めっちゃすごくね!?」
「そう! この暴力沙汰の絶えない『最果ての街』なら爆売れすること間違いなしの代物ッスよ!! これ、量産は可能なんス?」
「無理」
「おーん……まあ、これ自体を売らなくてもやりようはあるッス。あ、そろそろ着きますよ」
あれこれ話を弾ませつつもきっちり案内役を務めたルゥルゥが、1軒のボロい店の前で止まった。
「ここがその、殺された女の子が事件の前に来たかもしれねぇって店か」
「いただいた胃の内容物のサンプルは南国の珍しい果物だったッス。そんなものを提供してるのはここらじゃこの店だけッスね。さあ、案内はここまでッス」
「ありがとよ、ルゥルゥちゃん。こっからは俺らの仕事だ!」
意気揚々と乗り込んだ狐は、外見とは裏腹に雰囲気のある内装に驚きつつ、閑散とした店内に唯一いるコックの恰好をした男に目をつけた。
「イラシャイマセー。何名サマデスカ?」
狐より二回りほど大きな身体を持つ男は、たどたどしい言葉遣いでマニュアル通りの接客を始める。
「あー、悪いがメシ食いに来たわけじゃねぇんだ。俺たちは事件を追っててな。昨日の夜、ここに<勇者協会>の女が来なかったか?」
「オススメハー、コチラノAランチデス」
「話聞けよ!! 知ってんだろ? 今この街でイカレた殺人鬼が女の子を殺して回ってんだ。その手がかりが欲しいんだよ!」
「オー……テガカリ、デスカー?」
「そう! だから昨夜――」
「ソレ、ドンナ料理デスカー?」
「だあああっ!!」
始終この調子で狐があしらわれ続ける傍ら、ルゥルゥは役目を終えたとばかりにのんびりと椅子に腰かけ、ソルヴェイは店内を勝手に調べて回っていた。
外は雨が降り始めたようで、水滴が今にも外れそうな窓ガラスを小刻みに揺らしている。あっという間に勢いを増した雨が地面を叩く音に、何か弦を弾くような不思議な旋律が混ざって、ソルヴェイの長い耳がぴくりと動いた。
誰かが弦楽器を奏でている。この大雨の中で?
その音の源へ導かれるように、ソルヴェイは店のドアを半分ほど開けて、外の様子を注意深くうかがった。
ほとんど意味をなさない穴だらけの軒の下、店の壁に寄りかかって、ギターを抱えた人影が座っている。
先端に毛玉のついたナイトキャップみたいな帽子に、やや大きめのオーバーオールを着た、少年というべきか青年というべきか判断に迷う風貌をしている。彼は濡れるのも気にせず陽気にギターを奏で、音楽に酔いしれている。
予想もできなかった光景に、さすがのソルヴェイもしばらく動けず目を奪われていた。その視線に彼も気づいたのか、幼い子供のような笑顔で応える。
「やあ! お姉さん、<勇者協会>の人?」
その瞬間、すべてを悟ったソルヴェイの背筋をおぞましいほどの寒気が駆け抜ける。急いで中へ戻ろうとしたほんのわずかな隙を、彼は見逃してはくれなかった。
無数の冷たい刃が、全身を貫いた。
飛び散った赤い雫が雨粒とぶつかる。水たまりに沈んだ身体から流れ出た血が、泥のような雨水をさらに濁らせていく。
「あーあ、ほんとはもっと遊びたかったんだけどな。じゃーね、お姉さん」
彼はギターを背負って、土砂降りの中に消えていく。去り際、その額に黒い痣がちらついたのを、ソルヴェイは薄れゆく意識の中で見送った。
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