全員で勝つ

 作戦も決まって十分に休養をとった勇者たちは、いよいよ戦場に足を踏み入れようとしていた。行軍しながら戦術や陣形の確認をする者も多く、<AXストラテジー>も同様だったが――


「んっとぉ……真ん中にね、ご、ぶ……りん。右のこれがぁ、みの、たろす。左にいるやつが、け……けるべるす」


「まあ! ミア、随分読めるようになってきましたわね。そう、ゴブリン、ミノタウロス、ケルベロスですわ」


 地図を凝視しながら文字を読み上げたミアを、ノエリアが満面の笑みで褒めたたえる。


「では、わたくしたちの標的はどこにいるかしら?」


「ここ! いせきの前、マモノの奥!」


「よくできましたわね!」


 幼児教育のような作戦確認だったが、<スターエース>を温存する都合上<AXストラテジー>が事実上勇者たちの主力であり、そのエースたるミアがこうして準備を整えておくことは見た目以上に重要な作業なのだ。


「……結局、私たちがどう動くかはまだ決まってませんけど」


 ヘルミーナがやや不安そうにこぼすと、ノエリアはふふんと鼻を鳴らす。


「いざとなったらわたくしが全員消し炭にしてさしあげますから、心配いらなくってよ」


「まあ、魔物と違って魔人は何してくるかわからないからね~」


 それまで姿を消していたロキが突如背後から会話に参加して、ヘルミーナは小さく肩を跳ねさせる。


「……びっくりさせないでください」


「いやぁ、生まれついての神出鬼没なもんで。とりあえず、敵の作戦が読めればトマスが何か考えてくれるだろうし……いざとなったらシグが全員蜂の巣にしてくれるもんね?」


「……チッ」


 無言で歩いていたシグルドは眉根に皺を寄せて聞こえよがしに舌打ちする。そのリアクションに、ロキは満足そうにニヤニヤしていた。



 そうこうしているうちに、一行は遺跡の見渡せる丘へ辿り着く。すでに大勢の魔族たちが遺跡を背に陣取っており、勇者たちを待ち構えていた。魔族たちは皆燃えるように殺気立っており、その熱がこちらにまで漂ってくるようだった。


 いよいよだ、と勇者たちを取り巻いていた緊張感が一層強くなる。前夜のうちに覚悟と決意を固めた者たちも、いざ敵を目の前にするとぐらりと揺り動かされそうになった。そうしてそのうち何人かは、最も頼りになるパーティの不在をひしひしと感じ入った。


 彼らがいれば。非常識で得体の知れない、それでいて何よりも強く存在感のある彼らが――<ゼータ>がいれば。


 渦巻く不安を押し返すように、果敢に歩み出た者がいた。全体指揮を任されたトマスだ。

 彼は全員の顔が一望できる位置で振り返り、一人ひとりと目を合わせるようにゆっくりと視線を一巡させ、一呼吸おいてから口を開いた。


「ここにいるのは、俺たちだけじゃない」


 凛とした声が、静かに全体へ澄み透っていく。その場にいる全員がトマスの曇りのない瞳に釘づけになった。


「魔王を打倒することは、俺たち全員の悲願だ。ここには来られなかった大勢の人間も、同じことを望んでいる。ゴブリンに怯える貧しい村の農夫も。城壁に守られた都市に住む貴族も。明日も知れぬまま放浪する旅人も。――今日、ここに来られなかった勇者も。みな、同じ」


 遠くで響いていた魔族たちの唸り声が薄れていく。誰もが彼の声に耳を傾け、意識を集中させている。


「ここにいる<スターエース>は、あの魔族軍を3人で全滅させる力がある。だが、その力は魔王にぶつけなければならない。俺たちが、その道を切り開く。つまり――魔王との戦いは、すでに始まっているんだ」


 意志の滾る双眸に呼応して、勇者たちの瞳に炎が灯っていく。


「これは、俺たち全員の――ここにはいない、同じ思いを持つ者たちを含めて、すべての人間たちの戦いだ!! 俺たちは力でも、数でも、心でも、奴らに負けているところはひとつもない!! 全員で、勝つぞ!!」


『おおおおおおおお―――っ!!!』


 思いを一つにした勇者たちが一斉に拳を突き上げ、喊声を轟かせる。後方で傍観していたロキはいつものにやけ顔のまま軽い拍手を送り、トマスの横に控えていたアルフレートはかすかな笑みを漏らす。


「皇子様に主役とられちゃってない?」


 ローラが小声でからかうと、アルフレートは笑みを崩さずに答える。


「これでいいんだよ」



  ◆



 古代遺跡を背に立ち並ぶ、人ならざるものたちの軍勢。平時のクエストで相手をする魔物たちとは数もプレッシャーも段違いだったが、それに臆するような勇者はもう一人もいない。


「来るぞ」


 皆が感じていた気配を、トマスがあえて言葉にする。

 直後、大きな一枚岩のような魔物たちが、堰を切ったように突撃を始めた。先頭を走るのは、おびただしい数のゴブリンの群れだ。


 おぞましい叫び声を上げながら雪崩れ込んでくる魔物たちを、勇者たちは動じることなくじっと待ち構える。ある程度距離が縮まったところで、トマスが右手を高くかざした。


「撃てぇ――ッ!!」


 呼応するように、勇者軍の両脇に並んでいた魔術師たちが、魔術による一斉射撃を開始した。威力度外視で手数を優先した魔術の嵐は、猪のように突っ込んでくる魔物たちの足を着実に鈍らせていく。


 それでも嵐を潜り抜けた何体かの魔物が続々と押し寄せてくる。そこで、中央に控えていた<クレセントムーン>が攻撃態勢に入った。


「いくよ!!」


 マーレの威勢のいい掛け声を皮切りに、エルナが素早く弓に矢をつがえ、タバサが両手に炎を宿す。両翼から放たれていた魔術の嵐に、矢と火炎の猛攻が加わった。


「当たらなくていいからたくさん撃つ、当たらなくていいからたくさん撃つ……!」


「いいわよ、タバサ! その調子!」


「はいぃ!」


 エルナの励ましを受けて、タバサの炎は火力を増した。もはや進むこともできなくなった魔物たちの中へ、2つの影が飛び込んでいく。


「食らいやがれです――っ!!」


 リナがゴブリンの頭部に跳び膝蹴りを叩き込んでいた。1体仕留めてすぐにもう1体と、点と点を結び付けるように俊足の足技で撃破していく。


 マーレとエルナほどの連携はできずとも、タバサが火球を放物線状に打ち上げ、その着弾点の手前にリナが陣取ることで、魔術を避けつつ敵を倒せる陣形になっていた。


 他方、斧を携えたマーレは絶え間なく吹きつける風のような矢の中を駆け抜けていた。矢に翻弄されていた魔物たちは、次々と斧刃の餌食になっていく。


 その前方から、ゴブリンより一回り二回りも巨大なオークの群れが迫ってくる。標的にされているマーレは魔物たちの姿をみとめると、逃げるでも戦うでもなく、その場でしゃがみこむ。

 マーレのすぐ後ろには、矢を数本つがえたエルナが隠れていた。突然魔物たちの前に現れた彼女は、間髪入れずに矢をまとめて発射し、オークの勢いを殺す。


 入れ替わるように、姿勢を低くしたまま前進していたマーレが起き上がると同時、斧を振り回して魔物の巨体を切り裂いた。


 どすんと倒れる音に被さるように、マーレとエルナのハイタッチの音が響く。


「さあ、まだまだ来るよ!」


 マーレが2度目の掛け声を発すると、4人は敵軍の第二陣に備える構えを取った。中央にはまばらなゴブリンと大勢のオークの群れ、右側にはミノタウロス、左側にはケルベロスの群れが見える。先ほどよりも遥かに多勢になっていた。


 が、左のほうから突風が巻き起こり、右のほうからは雷鳴が轟く。直進してきた敵軍の両サイドが打撃を受け、勢いが止められる。


「ハッハァー!! お前らにばっかいいカッコさせねぇぜ!!」


「ワルモノ成敗ーっ!!」


 両側から敵を挟み撃ちにしたレオニードとクルトが攻撃開始の合図を出した。

 <クレセントムーン>が正面から敵の足を止めている間に、両側から回り込んで敵を三方から囲む。これが、合同チームによる作戦だった。


 その立案をしたスターシャは、後方で戦場を俯瞰しながら作戦が順調に進んでいることを確信していた。

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