友好作戦

「……てなわけで、みんなと一緒に戦うことになりそうだから、今のうちに仲良くなっとけって」


 一通りサンドイッチを配り終えたクルトは、不審がっていたレオニードたちに事情を説明した。


「それで『友達になろう』かよ。嫌な奴思い出しちまったぜ」


「リナとタバサがお世話になったんでしょ? うちは大歓迎! よろしくね!」


 マーレがクルトと握手を交わすと、エルナたちもぞろぞろと周りに集まってくる。


「なに餌付けされてんのよ。あんたらこんなぽやぽやしてて大丈夫なの?」


「ク、クルトさんはこう見えてとてもお強い方で、わ、私のほうが足引っ張らないか……うっぷ」


「あんたのほうが大丈夫じゃなさそうね」


「クルトさんはぁ、その後スターシャさんと進展あったですか~?」


「ドーナツもあるけど食べる?」


「話聞けです!!」


 一気にやかましくなった女子たちの集まりにもクルトは難なく溶け込んでおり、レオニードは複雑な表情で傍観していた。いつの間にか背後に寄っていたラムラが、彼を肘で小突く。


「機嫌直ったんなら、一緒にはしゃいでくれば~?」


「急にあんなキャイキャイできるかよ。……ゲンナジー、いつまでぐるぐる回ってんだ」


「ぐぬぬぬ、協会の奴らめぇ……あれぇ? 怒ってたんじゃねぇのかぁ?」


「イライラタイムは終わったわよ~」


「そうかぁ。じゃあやめる」


「……なんかアホくさくなってきたぜ。おーい、まだ食いもん残ってんだろうな!?」


 結局レオニードたちも、クルトの持ってきたおやつを食べる会に参加し、決戦前とは思えない宴会のような雰囲気を醸している不思議な集団ができあがった。命令を下したスターシャはその光景を腕を組んでじっと眺めていた。


「あんなに気ィ緩んだ連中で大丈夫かよ」


 彼女にそう苦言を呈したのは、いつもの仏頂面をより深くして胡坐をかいているガルフリッドだった。


「本番では問題なく動ける人選にしたつもりよ」


「そうかい。お前さんがそんなに寛大だとは知らなかったぜ」


「親交を深め、コミュニケーションを円滑にする。私にそういうことはできないから、クルトに任せているだけよ」


 当のクルトはスターシャたちのほうに気づき、のん気な笑顔で手を振った。そして何かに気づいた様子でひょこひょこと歩いてきて、ガルフリッドのそばを通り過ぎる。その先には、険しい顔で座り込んでいるレイがいた。


「こんにちは」


「なんだよテメェ」


「写真撮ってくれた子だよね~。ドーナツ食べない?」


「別に、今気分じゃねぇよ」


「甘いものキライ?」


「……嫌いじゃ、ねぇけど」


「じゃあ、1個あげようか」


「……もらってやらなくもねぇ」


 クルトが一言発するたびにピリピリしていたレイのツノがぽきぽきと折れていき、一部始終を見守っていたスターシャは感心したように頷く。


「ああいう芸当は私には到底不可能だわ」


「お前があれと同じことやってたら病院連れてくだろうな」


「盾のおじさんもいかがですかー?」


「……甘くねぇモンくれ」


 ガルフリッドは無駄な抵抗を忌避し、大人しくサンドイッチをつまむ。


「俺たちにまで構ってる場合かよ。合同でチーム組むんだろ?」


「あら? あなたたち<エデンズ・ナイト>にも参加してもらうつもりなのだけど」


『……は?』


 レイとガルフリッドは同時に聞き返した。


「じゃあオレがお前に従わなきゃならねぇってことか!? そんなんぐっ、ごほごほ!!」


 叫び出した拍子に食べていたドーナツが変なところに入ったらしく、レイは盛大に咳き込んで、クルトに背中をさすってもらっている。


「Eランクの俺たちが入ってもいいのか?」


「ランクで決めているわけではないわ。あなたたちの実力を見込んでのことよ」


「げほっ……。ふざけんじゃねぇ、オレは前にクエスト突っぱねられたこと、忘れてねぇからな!」


「あのときは約束の齟齬があったからよ。確かにこちらにも至らない点はあったでしょうし、それについてはお詫びします。けれど、今のあなたたちなら十分な戦力になるわ。お願いできないかしら」


 スターシャがつらつらと真っ当な言い分を述べるので、レイは反論もしづらくなり、苦々しく歯噛みする。


「そっ……そこまで言われたら断りづれぇじゃねーかよ!!」


「承諾と受け取っていいのね?」


「やったー! 一緒に頑張ろうね~」


「あーもう、お前らマジで調子狂うんだよ!!」


 レイは鼻息荒く座り込むが、それ以上怒鳴る気もなくしたのか、かわりに大きく息をつく。


「調子なんざ初めから狂ってるじゃねぇか。<ゼータ>がいねぇからって」


 そこで爆弾を落とすのがガルフリッドという男である。怒りが再燃したレイの額にぴくぴくと血管が浮き上がる。


「人が気にしてることを、ジジイ、テメェはいつもそうやって……」


「魔族との戦いに魔族を同行させることはできない、というのが上層部の見解でしょうね」


 キッ、とレイの鋭い三白眼がスターシャのほうに移る。


「兄貴はなぁ、そこいらの魔族とはちげぇんだよ!! そもそも魔族だからって――」


「すべての魔族が討伐すべき悪とは限らない。私もあなたの意見には賛同するわ。ただ、協会側に魔族一人一人の人格を精査する余裕はない」


 現状を冷静に受け止めているスターシャの見解に、レイは憤懣やるかたない心持ちで黙るしかなかった。


「確かに、魔族が全員ワルモノってわけじゃないよねー」


 マイペースにドーナツをつまんでいたクルトがぽつりと呟く。


「闘技場襲ってきた奴……ダリアだっけ。ちょっと話したんだけどさー。なんか、人間と魔族が喧嘩してなかったら友達になれたかも、って思っちゃった」


「殺されかけたのにか?」


「そこはまぁ、お互い様っていうか、しょうがないじゃん? 魔族だってさー、おれたちと同じように家族とか友達とかがいて……うわ、そう考えると戦うの嫌になってきた」


 クルトは自分の巻き毛をくしゃくしゃと掻きむしる。

 レイもまた、人間と変わらぬ生活をしていた魔族のことを思った。自分たちが助けられなかったあの一家のことを。


「これから戦うのは、お前の言う『家族や友達がいる』人間たちを殺そうとしてる連中だろうが」


 迷いの生じた2人に、ガルフリッドがピシャリと言い放つ。単純な2人は、はっと顔を改めた。


「そうね。だからこそ私たちは、勝てる戦いをしなくてはならないわ」


 静かな闘志のこもったスターシャの濃紺の瞳が、これからともに戦う者たちへ注がれる。



  ◆



 しばらくして、会議を終えたトマスが天幕から姿を見せた。辺りをさっとなぞるように見回すと、場違いなほど盛り上がっている見慣れた集団が目に入り――そちらは軽くスルーして、少し離れたところで寛いでいるスターシャとクルトのほうに歩いていく。


「メンバーの選定は済んだらしいな」


「見ただけでわかっちゃうの?」


「ある程度はな。俺の作戦はロキを通じて全員に伝わるし、ここの状況もロキを通じて俺に入ってくるシステムになってるんだ」


 ほえー、とクルトは間の抜けた感心の声を漏らす。トマスは気にせずその場で地図を広げた。


「これは遺跡周辺の地図に敵の配置を書き込んだものだ。最前線に魔物の部隊。その奥に魔物を操る魔人の部隊。後方に敵の指揮官がいるはずだ。お前たちには、この魔物部隊を担当してもらう」


「魔物部隊は同系統の種族でまとまっているのですね」


「そうだ。魔物部隊の数が減ったら、<AXストラテジー>が後ろの魔人部隊を相手する。最後に<スターエース>が遺跡内部に突撃。俺たちの役目は、とにかく敵の数を減らすこと。やり方はお前に任せる」


「承知いたしました」


 トマスは端的にそれだけ告げて、他の勇者たちのところへ行ってしまう。クルトは地図を凝視するが、首をかしげるばかりで読み取れている様子はない。


「う~~~ん……とりあえず、おれらは魔物やっつければいいんだよね?」


「そうね。ただ、それぞれがバラバラに動いては合同にした意味がないわ」


「じゃあなんか作戦考えなきゃ」


「大枠はだいたい決まりました」


「え、もう!?」


 スターシャはさっそく作戦指示をすべく、お菓子で盛り上がっている賑やかな一団のもとへ歩き出していった。

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