気合注入
先遣隊も無事に帰還し、<スターエース>の控える天幕で作戦会議が行われている頃。
外で待機中のスターシャは戦場の地形や味方勇者のデータなどの最終確認をぬかりなく行い、その横でクルトはバスケットいっぱいに詰まった四角いサンドイッチを片っ端からつまんでいた。
それぞれ自分のやることに没頭している2人の間に、すとんと誰かが腰を下ろす。
「こんにちは。人事部長のお嬢さん」
褐色の肌にニヤリといやらしい笑みを湛えて、彼は無遠慮に声をかける。スターシャは記憶の中から即座にその男の情報を引き出した。
「ルーカス・トイヴォラ。元調査員で<AXストラテジー>所属」
「そのフルネーム呼び、お父さんそっくりだね~。ボクのことは"神出鬼没のロキさん"でよろしく」
「神出鬼没のロキさん、サンドイッチ食べる?」
「もらう」
クルトに勧めてもらったサンドイッチを頬張りながら、ロキは本題に入る。
「今回、うちのリーダーが全体指揮を執る役に抜擢されたんだけどさ」
「目ぇキリッとした皇子様だ」
「そうそう。で、うちの皇子様、複数パーティを一つにまとめた合同チームを一組作ろうと考えてるみたいなんだよね。そのリーダーにはたぶん、君が選ばれる」
ロキは指先をスターシャのほうに突きつけて宣言する。
「え! 皇子様に選ばれるなんてすごいね!」
「闘技場襲撃のときの功績が大きかったんだろうね。メンバーの選定も君に一任すると思うよ」
「今のうちに考えておけということかしら?」
「そうだね。君は行動も早いし準備も念入りだから、早めに伝えておこうと思ったんだ。じゃ、よろしく~」
言うだけ言って、ロキは立ち退きざまにサンドイッチをおまけでもうひとつまみしてから、手をひらひら振って去っていってしまう。
「合同チームかぁ~。誰選ぶの? またリナちゃんやタバサちゃんと一緒に戦いたいな~」
「だいたい見当はつけています。だけど……クルト、まずはあなたの力が必要だわ」
「ほえ?」
◆
待機中の他の勇者たちは、依然として張り詰めた空気の中にいる。万全に準備を整える者もいれば、決戦を前に不安と戦う者もいる。
「ねぇ聞いてエルナ! さっきそこでシグルド様のご尊顔を間近で見ちゃった!!」
「はぁ……よかったわね」
一方で、そんな緊張感とは無縁の者もいる。場違いにはしゃぐマーレと呆れながら受け流すエルナ、2人のリーダーをリナは遠目に見守っていた。
「うちのリーダーはこんなときも元気ですね~。タバサもちょっとは見習うですよ」
「……うぇっぷ」
繊細なタバサはプレッシャーに完敗し、現在強烈な吐き気に襲われている。これが<クレセントムーン>というパーティの日常風景であり、そういう意味では異常なしと言える。
いつもならこのくらいのタイミングで酔っ払い軍団の襲撃が起こるのだが、今日はそのイベントもないらしい。リナはちらりと彼らを一瞥して、すぐに視線を戻した。ずっと見ていられる光景ではなかったからだ。
背を丸めて岩に腰掛けるレオニードが、膝の間に組んだ手をひたすら睨んでいる。空から背けた顔面は影に覆われ、鬼気迫る双眸だけが鋭い光を帯びている。
仲間のゲンナジーも、苛立ちが伝播したかのようにうろうろと歩き回っている。ラムラは何の感情もない顔で愛用の煙管を手でもてあそんでいた。
<ゼータ>の不在は、勇者たちに見えない影を落としている。それを最も顕著に表出させているのが彼らだった。
彼らをよく知っている者ですら迂闊に近寄れない空気が漂っている。エルナとの漫才に興じていたマーレも、灼けるような気配をまとったレオニードに気づいたようだった。マーレはしばらくその様子をじっと見つめていたかと思うと、唐突にそちらに向かってずんずん接近していった。
彼らの尋常でない雰囲気を察していた誰もが驚いたが、マーレはその危険地帯を悠々と突破。触れれば爆発しそうなレオニードの肩を、あろうことか思い切りぶっ叩いた。パァン、と派手な音が高らかに鳴る。
「なぁーにしょげてんのっ!」
予想もしない不意打ちに、レオニードは反射的に立ち上がる。
「何すんだよ!」
「元気なさそうだったから、つい」
「いてぇよ!」
「それはゴメン」
そこで会話が途切れる。日頃騒がしいレオニードは、今は目の前の彼女に自分の苛立ちをぶつけないよう気を張るので精一杯だった。だが、マーレにはそんなことはお構いなしだった。
「気持ちはわかるけどね。あれだけ頑張ってた<ゼータ>が、1人魔族ってだけであんな扱い受けるなんてさ」
燻っていたものをさらりと蒸し返されて、レオニードの頭に再び血が上ってくる。
「……あいつら!!」
抑えていたものが噴き出るように、思わず怒声を発していた。
「何もわかっちゃいねぇ!! ゼクの兄貴が魔族ってのは驚いたし……正直、これまでのことを考えるとちょっとしっくり来ちまうのもある。だがあの人は、他のクソみてぇな魔族とは違うんだ! 強ぇし、俺たちの面倒見てくれたし、筋が通ってる」
「そうだよね、あの人は悪い人じゃない。……顔はちょっと怖いけどさ。エステルも、それはわかってたと思う」
「ああ。なのに協会の馬鹿野郎どもは、何も知らねぇくせに……!!」
レオニードはやり場のない怒りを左手の拳に込めて、爪が刺さるくらいに握りしめる。
「じゃあさ、<ゼータ>の人たちはどう思ってるかなぁ」
マーレの言葉は、そよ風のようにレオニードの耳を撫でた。ふっと左手の力が抜けていく。
「ここに来れなくて悔しいって思ってるかな。仕方ないって受け入れてるのかな。でもきっと、あたしたちのことも考えてくれてるよね」
「……」
「今のレオニードの顔、後輩くんが見たらなんて言うかな?」
はっとして、レオニードは一瞬呼吸を忘れた。ただ能天気に構えているわけではないマーレの真摯な眼差しが、陽光のように彼を照らす。
「……あいつは……クソ生意気だからな。口うるせぇババアみてぇにお小言をクドクドクドクド垂れてくるだろうな」
「そうなの? 真面目そうな子なのに。レオニードがだらしないからじゃない?」
「うるせぇな。俺の真のカッコよさがわかってねぇんだよ、ガキだから」
「そうやって子供扱いしてるからでしょ」
「ガキはガキだろ。……そうだな。ガキにもわかりやすく、俺様の大活躍を見せてやらねぇとな」
気合を入れ直すように、レオニードは先ほど固く握っていた拳をぱしっと叩く。
「いいね、その意気! あ、お酒は飲んじゃダメだよ」
「持ってきてねぇよ! ……でも、そう言われると飲みたくなってきちまった」
「カッコいいとこ見せるんでしょー。禁酒禁酒」
すっかり本調子に戻ったレオニードを、マーレは変わらずからかい続ける。その背後で、ラムラが「うちの馬鹿がごめんなさいね」とでも言いたげに手のひらを見せた。マーレも同じように軽く手を振って応えた。
「っし! んじゃあ景気づけにメシでも――」
レオニードが威勢よくそう言ったまさにそのタイミングで、彼の肩をつんつんとつつく者があった。振り向いて見れば、視界に入ったのは正方形のサンドイッチが規則正しく並ぶバスケット。
「あ?」
「こんにちは。友達になろう!」
どこかで聞いたことのあるようなフレーズを口にしたのは、満面の笑みを浮かべるクルトだった。
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