包囲殲滅
魔物軍の左翼にはケルベロスをはじめとする足の速い魔物が揃っていた。中央のゴブリン・オーク部隊が足止めを食っている中、三つ首の獣たちが自慢の足を生かして突破しようとするが――その俊足にも勝る、異様に速い男が獣たちを阻んでいた。
風が起きるたびに、見えない何かが獣を切り裂く。右で血飛沫が噴き上がれば、左で切り離された足が転がる。群れが混乱を極めたところで、まだ息のある獣たちも力尽きたようにバタバタと倒れていく。
「や~っぱ、奪う側のほうが楽しいわよね~」
やや離れたところで煙管をふかすラムラが、自分の魔術で倒れていく魔物を見下ろしている。
完全に足の止まったケルベロス部隊が蹂躙されている間に、後方にいたシルバーベアの群れが追いついてきた。鋼鉄のような銀の毛皮を纏う巨大な白熊の魔物は、レオニードの刃を易々とは通さない。
力任せに前進するシルバーベアの先頭の1体を両手で捕まえたのは、ゲンナジーだった。
「嬢ちゃんたちのとこにゃ、行かせねぇぜぇ!!」
魔物の巨体をがっしり掴んだゲンナジーは、力でそれを持ち上げて、自分の身体をコマのように回して周囲を巻き込みながら放り投げる。かき乱された群れはすかさずラムラの魔術の餌食となる。
「さあ、じゃんじゃん行くぜ!!」
ノリに乗っているときの<BCDエクスカリバー>は止まることを知らず、獣の部隊は自慢の機動力を完全に失っていた。
魔物軍の右翼では、雷撃の波飛沫が何度も弾けている。乱されたミノタウロスたちは次々に二つの剣に捕らわれて、バタバタと地に伏していく。
クルトが単独で群れを圧倒しているのを、レイとガルフリッドが後ろのほうで眺めていた。
「……もう、あいつ一人でいいんじゃねぇか?」
「馬鹿言え、いずれ持たなくなる。そしたら俺たちの出番だ」
レイは押し黙り、剣をぐっと握り直す。そして、作戦会議のときのことを思い返した。
地形と敵軍の配置、各自の担当箇所など詳細な説明をスターシャから受けた後。レオニードやマーレたちが意欲を燃やす中、レイだけは受けた指示をするりと飲み込めず、胸に何かがつかえているような心持ちでいた。
人数の都合上、よく知らないクルトと組まされるのは別に不満はなかった。それよりも、自分たちが担当する魔物にミノタウロスがいるのが引っ掛かっていた。この魔物にはかつて、無謀に挑んだクエストで全滅させられかけた苦い過去がある。
『何か気になることはあるかしら』
スターシャはそう全員に呼びかけたようで、実質レイに問いかけていた。レイは苦い感情を堪えつつ、思ったままを告げる。
『……ミノタウロスってCランクくらいの魔物だったはずだろ。Eランクのオレたちが相手して大丈夫かよ』
『問題ないわ』
スターシャはあっさりと即答する。
『ランクで決めているわけではない、と言ったはずよ。クルトがいるというのもあるけれど――あなたたちなら勝てると見込んでの采配です』
迷いなく言い切ったリーダーの言葉を脳裏に焼き付けて、レイは再び眼前のミノタウロスたちに意識を戻す。
先頭にいた魔物たちはあらかた倒されているが、すぐ後ろから第二陣が迫ってきている。
「おい!」
ガルフリッドが空を見上げながら警告を発した。上空には四つ足の猛禽類――グリフォンの群れが一帯に広がっていた。
「ありゃりゃ。空飛んでる奴はおれがやったほうがいいよね。あっち、任せていい?」
「……おう」
レイは第二のミロタウロスの群れから目を離さずに答える。
「大丈夫、レイちゃんたちは強いから! じゃ!」
笑顔で飛び出したクルトは、すかさず落雷を幾筋も走らせてグリフォンたちを撃墜しにかかった。
敵を睨みながら待ち構えているレイの背を、ガルフリッドが乱暴に叩く。
「いつも、あれよりデカくて強ぇのに稽古つけてもらってンじゃねぇか」
「……あんなのと兄貴を一緒にすんな」
「俺が引きつける。ぬかるなよ」
「うるせー」
ガルフリッドが真正面から、土煙を引きずって突進するミノタウロスたちを出迎える。
ミノタウロスは前方だけに意識を集中させる。それゆえの突破力はすさまじいものだが、裏を返せば側面や背後からの攻撃にはめっぽう弱いということだ。
押し寄せる牛の魔物に、ガルフリッドはただ待つのではなく盾を構えて突っ込んだ。最前列にいた何体かは盾にぶつかって弾き飛ばされたが、群れが前進する勢いは止まらない。
その脇から滑り込んだレイが、前に突き進むだけの魔物を剣で貫いた。
仲間が倒れているのも知らず、ミノタウロスたちは走ることをやめない。レイは死角から剣で突き刺し、見つかりそうになれば姿勢を低くして回り込み、敵の数を減らすことに専念した。
やがて群れの足が完全に止まると、ミノタウロスたちもようやく動き回っているレイを視認する。小柄な少女に矛先を向けて、蹄で地面を抉る。
その牛の後頭部を、ガルフリッドの斧が叩き割った。他の数体も立て続けに斧刃で掻っ捌いていく。
ようやく振り向いた最後の1体は、潜り込んでいたレイに首筋を切り裂かれた。
「やれンじゃねぇか、ビビってた割にゃあ」
「一言余計なんだよ、クソジジイ」
「やーっぱ強いじゃーん!」
レイとガルフリッドが振り向くと、あらかたグリフォンを撃墜し終えたクルトが笑顔で賞賛の拍手を送っていた。
勇者パーティ合同チームは魔物たちの軍勢を巧みにせき止め、後ろに控える他のパーティは取り漏らした魔物を狩るだけになっていた。
3方向から攻勢を仕掛けていた勇者たちは、魔物軍の本丸に辿り着こうとしていた。
それは、ドラゴンの群れである。
巨大なものから小柄なもの、空を飛ぶものから地上を走るものまで、多種多様なドラゴンが1つの塊となって攻め込んでくる。
先頭のドラゴンが大きく息を吸い込むと、<クレセントムーン>の4人はそれぞれ左右に逃げて強烈なブレスを回避する。そして火球と矢を掃射し、ドラゴンたちの足が鈍ったところでマーレとリナが突入して小さい竜から順に狩っていく。
左からは光の速さで巨竜の背を駆け上ったレオニードが、そこから跳び上がって飛竜の首筋を切り裂いていた。踏み台にされた巨竜は砂に足を取られるやいなや、ゲンナジーの怪力で尻尾を掴まれ、地面を粉砕する勢いで背負い投げを食らう。
右からは激しい稲光が閃き、ひるんだドラゴンは斧によって切り伏せられていく。
その傍を風のように駆け抜けていく小さな影。それは、稲光によって目を潰された大きなドラゴンの1体に直線を描いて突っ走っていく。
「うおおおおおおおおおっ!!」
地面を強く蹴って跳躍、雄叫びを上げながら両手で握りしめた剣を竜の巨体に全力で突貫する。竜は悲鳴を吐きながら2、3歩後退し、その身体を地面に沈めた。
深く刺さった剣をどうにか引き抜いたレイは勢いで下に転がり落ちる。起き上がって横たわったドラゴンを眺めると、この魔物を自分が倒したという手ごたえがじわじわと湧き上がってくる。
「レイ、すげぇじゃねーか!!」
いつの間にか近くまで来ていたレオニードがガッツポーズを送る。
「兄貴のお陰だよ」
「そりゃ納得だ。じゃ、ますます勝たねぇとな」
レイは頷いて剣を握り直す。「今日、ここに来られなかった勇者も」――トマスの言葉を頭の中で反芻しながら。
「敵はまだ残ってるよ!! この調子でガンガン行こーっ!!」
遠くからマーレの晴れやかな声が飛んできて、レイもレオニードもドラゴン退治を続行しに向かった。
勇者たちが魔物軍を順調に退けている様は、丘の上にある本陣からもよく見えていた。双眼鏡を下ろしたトマスは、満足そうに頷く。
「魔物たちの動きは統制されているとはいえ、状況の変化に対応できるような複雑なコントロールはできない。だから、三方向から攻め込んで攪乱する。……お前の作戦は当たりだな、スターシャ」
「身に余るお言葉でございます、皇太子殿下」
自分のやるべきことはほとんど終わったとでもいうように、スターシャがすまし顔で一礼する。
「奥から魔人どもが出てきているのが見えた。さあ、そろそろ俺たちの出番だ」
リーダーの一声で、待機していた<AXストラテジー>のメンバーたちが、眠りこけているミア以外立ち上がった。
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