再審
あのときと同じ、小さな裁判所みたいな部屋。でも前とは違って、全員がゼクさんを責め立てようとしているわけではない。
証人であるトマスさんやスターシャさん、それにレイ。彼らは私たちを弁護するために来てくれたはずだ。スヴェトキン人事部長も公正な人だし、最終判断を下すウェッバー会長も今回は息子のこととは無関係だから、極端な結論にはならないと信じたい。
ただ――中央で大勢の人に囲まれているゼクさんは、ずっと魔族の姿のままだった。そんな彼に険しい眼差しを向けているのは、発見者であるメレディスさんだ。
私とゼクさん以外、<ゼータ>のメンバーは呼ばれていない。鍵になるのはトマスさんたちの証言だけ。
証人として呼ばれた3人は、私たち<ゼータ>がいかに勇者たちのために戦ったかを詳細に話してくれた。
一通り話が終わったあと、それまで厳粛な顔つきで口を閉ざしていたウェッバー会長が沈黙を破った。
「此度の魔族襲撃において、ゼクの功績は我々にとって無視できないものだろう。魔族ダリアと通じている可能性も低いと言える。では――他のメンバーについてだ。ゼクが魔族であることを、君たちは知っていたのかね」
「……!」
私は口をつぐむしかなかった。今さら「知らなかった」なんて言えない。でもここで認めてしまえば、他のみんなも同罪になってしまう。
「あいつらは関係ねぇよ」
ゼクさんが今にも噛みつきそうな猛獣のように吐き捨てる。
「関係ない、などというのはありえないはずです」
そんなゼクさんに真っ向から挑戦するように、明瞭な声で反論が上がった。最初の目撃者となったメレディスさんだ。
「私が見たとき、彼はまさにこの魔族の姿のまま、エステルさんと話していました。すでに正体を知られていたはずです。それに彼女の性格からして、他の仲間に隠しておくことはないでしょう」
普段の熱心で優しいメレディスさんが、別人みたいに冷たく淡々と言い放つ。
「ダリアを退けたのは彼らの功績かもしれません。ですが――果たして本当に、<勇者協会>の味方と言い切れるのでしょうか」
ゼクさんは獰猛な目つきでメレディスさんを睨みつけるものの、返す言葉を見つけられていない。かわりに、ドナート課長が手を挙げた。
「<ゼータ>が協会にとって敵か味方か……それを知りたいなら、過去の実績を見ればいい。彼らの担当したクエストはどれも、魔族を排し人間に利するものだった」
「私も過去の記録を確認したが、おおむね異論はない」
スヴェトキン人事部長も賛意を示してくれる。
「ただ1つ、ゼクが前パーティ<アブザード・セイバー>に所属していた際、仲間を殺害したという一件があったが――」
「それは!」
無意識に飛び出た私の声が、人事部長の話を遮ってしまう。
「あの、それは……違うんです。ゼクさんが魔族だって、前のパーティの人たちに知られてしまって……先に、その仲間のほうが彼を襲ったんです」
「それで返り討ち、か……。ありえる話だな」
課長も前のパーティの人たちが魔族を憎んでいたことを知っているのだろう、合点がいったように頷く。
「以前起こったゼクの魔族疑惑も、彼を魔族だと知っていた敵が仕組んだものだとすれば筋が通る」
「なるほど……」
課長の推測は事実とは少し外れているけれど、会長も納得してくれたようだし、そういうことにしておこう。
「それよりも重要なのは――」
トマスさんが毅然とした口調で切り込んだ。
「以前の疑惑のときも、今回の襲撃のときも、協会内部に敵と通じている者がいるということだ」
ガラリと空気が変わるのを肌で感じる。内部に魔族がいるというのは間違いない。それが、この中にいる誰かかもしれない。
トマスさんの鋭い眼差しは、ある人物に向けられた。
「内通者がゼクを魔族と知って陥れようとしているのなら――まず疑うべきは、第一発見者だ。メレディス・クリフォード」
メレディスさんは冷淡な無表情を、ほんのわずか強張らせる。
「全員知っていると思うが、今回敵は魔術で捕まえる勇者を明確に選別していた。闘技場の座席かどこかに細工でもしたんだろう。そんなことができるのは、内部の人間だけだ。そしてもう1つ。ゼクがダリアを追い詰めたとき、奴を逃がした魔人がいた」
「――レメク」
私はその魔人の名を呟いた。仮面で姿を隠した、謎の魔人。彼が、協会内部に潜入していた内通者……?
「奴はスレインとも交戦していた。あらかじめ闘技場の中に潜んでいたということだ。襲撃後で勇者たちが大勢いる闘技場に、外から侵入すれば目立つだろうしな。違うか」
トマスさんの目つきに鋭さが増す。それを受けるメレディスさんは、強張らせた顔の力をふっと抜いた。
「……おそれながら皇太子殿下。私にその犯行は不可能です」
「何?」
「まず、私はトーナメント運営の担当ではございません。初めて闘技場に来たのは、トーナメントが終了した直後です。それ以前には、誰も闘技場内に私がいるのを見かけた者はいないでしょう。人目を忍んで侵入するにも、警備が厳重で不可能だったはずです」
確かに、メレディスさんが来たのは大会が終わった後だった。それまでレミーさんの仕事を肩代わりしていたと言っていた。
「それから襲撃時ですが……私はちょうど、レミーさんに仕事の報告をしておりました。そこで魔物襲来の知らせを受け、レミーさんやアンナさんと一緒に逃げました。そうですよね?」
「んお!?」
それまで困惑がちに事態を静観していたレミーさんが、急に話を振られて声をひっくり返す。
「アンナさんは負傷者の救助に向かってしまいましたが……レミーさんは私とずっと一緒にいました。間違いない、ですよね」
「……」
メレディスさんはじっとレミーさんを見据える。戸惑った様子のレミーさんだったが、やがて何か思い出したように言葉を紡いだ。
「あ……ああ、そうだ。そうだった。俺はこいつと一緒にいたよ」
珍しく歯切れの悪い言い方で、いつものレミーさんじゃないみたいだった。
「それで、どうして闘技場に戻ってきたんだ」
「凄まじい破壊音が聞こえて、心配になって飛び出してしまいました。軽率だったと反省しています」
トマスさんはそれ以上追及しなかった。レミーさんの裏付けがあっては仕方がないと受け入れたのだろう。
「内通者がいる可能性は認める。しかし証拠が足りない以上、ここで闇雲に探すわけにもいかん。今はゼクおよび<ゼータ>の処遇を決めるべきだ」
人事部長の提言に会長も頷き、再び私たちに焦点が当てられる。
「私は、彼らを味方だと断定するのは危険と考えます」
メレディスさんが、きっぱりと言い切る。前に見た熱い思いを秘めた顔ではなく、冷たい鉄仮面を被っているかのように。
「勇者のために戦ったからといって、魔族は魔族。人間の敵です。過去の功績も、我々を油断させ欺くためのものかもしれません。それに、魔族と戦う<勇者協会>に魔族がいるなど、組織の沽券に関わります」
会長がふむ、と腕を組む。この場にいる上層部の人々は、メレディスさんの主張に反対できない様子だった。
ゼクさんは眉間の皺を深くして、ひたすら何かを堪えている。誰もが口を閉ざしていた、その最中――
「ふざっけんな!!」
荒々しい怒声を上げて反撃に転じたのは、レイだった。
「このクソ眼鏡、ゼクの兄貴や<ゼータ>のこと何も知らねぇのか!! 兄貴たちはな、Eランクで燻ってたオレたちの面倒ずっと見てくれたんだよ!! 敵が騙すためにここまでやるわけねぇってくらい、ずっと支えてくれたんだよ!!」
烈火のごとく打ち出される言葉に、私もゼクさんも、他の人たちも、釘付けになる。
「魔族が人間の敵とか、決めつけてんじゃねぇよ!! 優しい魔族だっているんだよ!! 相手が魔族ってだけで悪者にして潰すなんて、そんなの『勇者』じゃねぇだろ!!!」
レイの鋭い眼差しには、強い意志と気迫がギラギラと燃え滾っている。
その瞳に射抜かれたメレディスさんが、ほんの一瞬だけ――鋼の無表情を綻ばせて、打ち震えるような表情を垣間見せたのを、私は見逃さなかった。
「……双方の言い分は相わかった。私の判断を述べよう」
ウェッバー会長が厳粛に口を開き――私たちの運命を告げた。
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