ガチバトル

「おらあああああああああああ!!!」


「うりゃああああああああああ!!!」


 ゼクさんとダリア、魔人2人の絶叫が響き渡る。剣と拳が全力でぶつかり合う音も混じって、私はそろそろ耳鳴りを感じ始めた。


「うははは~~!! 超楽し~~!!」


「クソ鬱陶しい野郎だ……!!」


 巨大な刃が水平に滑ってダリアの首元を狙うが、ダリアはバク転気味にかわして下から蹴り上げ、斬撃の軌道を思い切り反らした。ガラスが割れるような音と衝撃があったものの、ゼクさんの腕力で蹴りの威力はある程度抑え込まれている。


 ゼクさんは舌打ちを1つ、血のような赤い瞳をギラリと突き刺すが、睨まれたダリアは能天気に構えている。


「なーなーゼカリヤ兄、そろそろ本気出してくれよぅ」


「あぁ!?」


 よりによって神経を逆なですることまでのたまうものだから、ゼクさんの三角の両目がさらに尖っていく。


「そうじゃなくてぇ、魔族の姿に戻ってくれよ~。そっちのほうが強ぇじゃんか」


「あのなぁ。俺は変身に時間がかかるんだっつうの」


「じゃ~そのへんで待ってるからさ」


「はぁ?」


 ダリアの悠長な提案に、ゼクさんの怒りがすっ飛びかけている。ゼクさんが魔族になって戦ったほうが強いのは知っているので、正直悪い案ではない気がするんだけど……


「必要ねぇ」


 すっぱり拒否。ダリアは目を丸める。


「テメェごとき、このままで十分だ」


「なるほどぉ」


 ゼクさんの赤眼に再び炎がほとばしる。大剣の切っ先を真っすぐダリアに向け、投擲された槍のように一直線に突撃した。ダリアは避けるでもなく、真正面から受け止めようと待ち構える。


「ぬおおおおおおおおお!!!」


「来いやぁ~~~~っ!!」


 ゼクさんの突き出した巨大な一本槍は、ダリアの跳び蹴りですさまじい音を立てながら弾かれ、宙を何回転もしてから床に刺さってしまう。


 だけど、それはわざとだった。ゼクさんは蹴りを打たれてすぐに剣を手放し、即座に拳を固く握りしめて、渾身のパンチを叩き込む。


「あっ」


 ダリアは空中で足を振り抜いた姿勢から動けないまま、もろにその拳を食らってしまった。柔らかいクッションに飛び込んだときみたいに脇腹の辺りがへこんで、とてつもない推進力で吹っ飛んだダリアは壁に激突してめり込んだ。


 死んでいてもおかしくない必殺の一撃だったが、崩れ落ちる瓦礫の中からダリアが身体を引っこ抜いたのが見えた。


「い、てぇ~~! やっぱゼカリヤ兄はすっげぇや……」


 相変わらずへらへらと笑っているが、確実にダメージは入っている。もう少しで倒せるかもしれない。そんな光明が見え始めた、そのとき。


「――!?」


 あの黒い影が、背後からゼクさんを抱き込むようにして闇に引きずり込んでいった。


「ゼクさん!!」


「くっ……!!」


 ゼクさんは全身を影に包まれて、一切の抵抗を封じられてしまう。その後ろに立っている魔人には見覚えがある。


「あれぇ、セトじゃん!」


 笑顔で手を振るダリアだが、声をかけられたセトはもう死人みたいに衰弱していて、なんで立っていられるのか不思議なくらいだった。


「てか顔色やべーな! 風邪か?」


「……」


 つっこむ気力もないらしい。


「今ちょうどゼカリヤ兄と戦ってたとこなのによ~。なんか用?」


 セトは喋るのも苦しいのか、しばらく喘鳴に近い呼吸を繰り返してから、意を決したように力のこもった眼差しを注ぐ。


「オレを食え、ダリア! オレはもうあと数分と持たん。後はオマエに託す」


 ダリアはぽかんと口を開けて呆けていたが、言葉の意味を理解したのかしていないのか、ぱっと目を輝かせた。


「なるほど! 面白そーだな!!」


 快諾したダリアはさっそくセトの手首を掴み、力を吸収し始める。

 このままでは、せっかくダメージを与えたダリアがまたパワーアップしてしまう。まずい状況、なんだけど……。


 力を使い果たしたセトはふらふらとその場に座り込む。反対に、ダリアはみるみる活力を取り戻して両手を上げながらジャンプした。


「っしゃ~~~~!! 力がみなぎってきたぜ!! あ、右目も治った」


 すっかり焦げ痕の消えた目をぱちぱち瞬いて、ダリアは上機嫌にはしゃいでいる。


 私は地べたに腰を預けるだけのセトを見た。疲労困憊、薄く開いた眼は灰色で、もう何も映していないみたいだった。

 ふいに、その瞳がこちらへ動いた。


「……魔族に向ける、目じゃねぇな」


「え?」


 急に話しかけられて驚きはしたが、怖くはなかった。目を閉じたセトは、くくっと愉快そうに笑う。


「変な女。あいつが、気に入るのも……納得」


 ぽつりぽつりと独り言をこぼして、だらりと垂れていた首を持ち上げる。


「ダリアのクソボケ……アイツはホント、バカだし、ウルセェし……――」


 床や壁に点在していた黒い影の塊が、少しずつ薄れて、波が引くみたいに消えていく。のん気に準備体操をしていたダリアはそんなことは気にもせず、今になって振り向いた。


「サンキュー、セト! これでもっと――」


 もうすべての力を失ってしまった彼は、二度と返事をすることはない。ダリアはきょとんとするが、すぐに笑顔に戻る。


「まいっかぁ」


 何事もなかったかのように拳をぱしっと叩き、ゼクさんを捕らえている影を見据える。


「おっしゃー、第2ラウンドだぜ!!」


 黒い塊が霧のように消えていき、中にいたゼクさんが姿を現すと――待ち構えていたダリアが目を見開く。

 先ほどとは違う皮膚の色、額のツノ。真っ黒な目から赤い瞳を煌めかせて、牙を剥き出しに宣戦布告。


「ああ、第2ラウンドだ」


 捕まっている間、ゼクさんは変身を済ませていたのだ。強化したダリアに対抗するためならばという判断だったのだろう。


「じゃあ、つまり……ガチで戦えるってことか!! やったぁ~~~~!!」


 ダリアはぴょんぴょん飛び跳ねて全身で喜びを表現している。この空気の読めなさに慣れてきた私はつっこむ気にもなれなかったが、ゼクさんは文字通り突っ込んだ。


「お?」


 目で追えないほどの速度で一気に距離を詰め、そのまま渾身のタックルをかます。ダリアは間抜けな声を漏らし、砲弾みたいにすっ飛んでいったが――空中でひらりと一回転して、地面に着地する。


「うほ~っ! たまんね~!」


 ゼクさんは舌打ちだけして剣を構える。ダリアはというと、ひょこひょこと柱のほうに近づいていき、両手で挟んで……!?


「あたしも武器使うぜ~っ!!」


 ベキベキと地鳴りがして、ダリアはへし折った柱を両手で抱え込んだままゼクさんに向かって走っていく。


「柱が武器とか、頭どうかしてんじゃねぇのか!?」


 ゼクさんも以前<最果ての街>で同じことをしていたはずなのだけど、記憶にはないらしい。


「とりゃ~~~~っ!!」


 気の抜けた掛け声とともに、巨大な柱を振り下ろす。それはまるで倒壊する大木。

 下敷きになったらひとたまりもないその柱を、ゼクさんは一切避けることもなく、大剣を突き上げて粉砕した。


 折れて半分の長さになった柱だが、ダリアはそれを離すどころか助走をつけて槍投げみたいに投擲する。対するゼクさんは避けるでもなく、今度は剣を水平に思い切りフルスイングして石柱を真っ二つに割りながら振り抜いた。


 ただの石の塊となった柱の一部は後ろの壁に激突して粉々に破壊される。壁のほうもただでは済まず、ところどころに大砲で撃ち抜かれたような穴が空いた。


 もはやここに安全な場所などない。私はどうにかアーチ状の柱の陰に隠れ、巻き込まれないように祈るしかなかった。


 そこで、トマスさんから連絡が入る。セトの魔術が消えて他の勇者たちが解放され、あとはダリアを残すのみという状況らしい。


『そっちは今ゼクが戦ってるんだよな。誰か応援に行かせるか?』


「いえ、むしろ誰も来ないよう呼び掛けてくれませんか。こんなところにいたら、死んじゃいます」


 もちろんゼクさんが魔人だとバレないための措置でもあるが、まったくの嘘でもない。絶え間なく響く破壊音が私の主張を後押しし、トマスさんは納得して通信を切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る