射し込む光

 ほとんど少女しかいない勇者パーティとの交戦中、突然起こった地震とわけのわからない膨大なエネルギーの奔流。セトは警戒心を引き上げた。

 自分が展開した黒い影の魔術が何者かにぐちゃぐちゃにかき回されたかのような感覚。勇者の誰かの仕業にちがいないが、そんなものは事前情報にはなかった。


「な、な、な、なにが起きたんですかぁ?」


 タバサが頭を何往復もさせて戸惑っている。リナやヘルミーナも事態を飲み込めていない。その様子から、セトはこれが勇者たちの作戦によるものではないと判断した。だとしたら、誰が?


 早くここを突破して、確かめに行かなくてはならない。が、この勇者たちを切り抜けるのは容易ではない。


 小柄な体格とすばしっこさを生かしてぴったり張り付き、自由を奪ってくるリナ。距離を取ればすかさず炎の弾丸を飛ばしてくるタバサ。そして2人の体力を支えるヘルミーナは、迂闊に狙えば格好の囮に転身し、他2人の餌食にされてしまう。


 ならば、とセトは標的を定める。まだ彼女たちから、動揺の色が消えないうちに。

 蛇が獲物に襲いかかるかのごとく、素早くその身体を巻き取り、捕まえ上げる。


「スターシャさん!!」


 タバサが血相を変えて叫ぶが、捕まった当の本人は冷然とセトを見下ろしている。


「私一人消したところで無意味よ。すべての作戦は全員に伝わっている」


「ホントにそうか?」


 セトが嘲るように疑問を投げる。リーダーを捕らえられて、リナとタバサは明らかに余裕を失っている。ヘルミーナも表情には出さないが、視線はスターシャから離れない。


 常に冷静沈着に場を動かせるスターシャが、いつの間にか彼女たちの精神的な支えにもなっていたのだ。ならば、人質としての価値は高いとセトは踏んでいた。


「そのまま10歩後ろに下がれ」


「無視しなさい。攻撃を続けて」


 セトとスターシャのどちらの命令が通ったかは明白だった。リナたちはその場から動けなくなり、互いに顔を見合わせている。これにはスターシャも面食らって、言葉を続けることができなかった。


「10歩下がれと言った。従わないのなら――」


 セトは低い声で威圧し、無力なスターシャの前にさらに数本の触手を伸ばして脅しをかける。少女たちはついに屈して、1歩、2歩とじりじり後退していく、その最中。

 空気が割れるかのような雷鳴が轟き、黒い影を切り裂いた。


 スターシャを縛りつけていた枷は消え去り、その小柄がすとんと地に落ちる。解放された彼女はキッと眼に力を込めて振り向いた。


「安静にしていなさいって言ったでしょう!?」


「……むり!」


 横になったまま身体を動かすことすらできないクルトが、声だけははっきりと拒否の意を表明する。

 意表を突かれたセトだったが、次の行動は素早く――雷魔術を放った男にすぐさま狙いを定めた。


 間髪入れず、黒い蛇は無抵抗のクルトに跳びかかる。牙を剥いた蛇の頭は、しかし透明な壁にぶち当たって弾かれた。


 セトは即座に標的を切り替える。この防壁の術を使えるのは1人しかいない。


「……すみません」


 運命を悟ったヘルミーナは、隙を作ってしまったことへのせめてもの謝罪だけ添える。

 弾かれた蛇はすぐさま方向転換し、少女に向かって直進していた。リナが間に入ろうとするが、もはや間に合うタイミングではなかった。


 蛇に絡めとられたヘルミーナは、地べたに押し付けられたまま固定され、自由を奪われる。持久戦の要であるヒーラーを失えば、いよいよこの場は持たなくなる。


 再び稲妻が黒蛇を切り裂こうと閃く。が、それを読んでいたセトが地面から別の黒い柱をせり上げて、稲妻を消し去った。


「諦めろ。もう、何をしても無駄」


 セトがゆっくりとヘルミーナに近づいていく。リナとタバサは攻撃を仕掛けるチャンスをうかがうも、全方位に警戒心を払っているセトに隙はなかった。


 無抵抗の少女の前で、魔人の鋭利な爪が冷酷な光を帯びる。

 そこに割り込んだのは――この場にいる誰でもなく、何かがビキビキとひび割れるような音。


「……?」


 違和感を覚えたセトが振り返る前に、とてつもない衝撃が頬の辺りを貫いた。

 魔人の身体は軽々と吹っ飛び、壁に、床に、ボールのごとくぶつかっては跳ね返り、勇者たちの遥か後方に転がされた。


 呆然と見送っていた少女たちが視線を前に戻すと、いつの間にかセトが立っていたところには大きな円筒状の氷が突き出ていた。

 このとてつもない威力の氷塊を生み出せる人物に、彼女たちはすぐ思い当たった。


「――<ゼータ>」


 スターシャがそのパーティ名を呟く。誰もが待ち焦がれていた、最強の勇者たち。果たして彼らは、まばらになった黒い影の隙間から射し込む陽光に姿を晒す。


「やあ。雷の音がしたから、ここにいると思ったんだ」


「今ので死んでてくれないかしら。そろそろお風呂に入りたいわ」


「我慢しろ。これからが我々の仕事だ」


 スレイン、ロゼール、マリオの3人がこの場に顔を並べる。捕まっていたはずの、力を奪われて戦闘不能になっていたはずの<ゼータ>が復活したのだ。


「っ……ロゼールお姉様―――っ!!!」


 感極まったリナが涙をまき散らしながらロゼールに突進し、すっぽりとその両腕に埋まる。


「リナ、すっごく心細かったですぅ~!! お姉様たちが来てくれてよかったですぅ~~!!」


「あらあら、リナちゃんてば可愛いんだから」


「ノエリアが2人いるみたいだな」


 あやしい笑顔でリナをあやすロゼールを見送り、スレインはざっと辺りの様子を確認する。


「この場を持たせてくれたのは君たちか。よく頑張ってくれた」


 スターシャは軽く会釈を返し、腰が抜けていたタバサは返事をする前に両目から滝のごとく涙を溢れさせた。


「うわぁぁ~~~!! こわかったです~~~!!」


「そ、そうか……」


 スレインは戸惑いつつも号泣するタバサを慰めにかかる。その後ろをマリオが何事もなく素通りした。


「やあ、クルト君。怪我は平気かい?」


「軽く死にそう」


「大丈夫そうだね」


 微妙に噛み合わないやり取りの後、マリオがさっそく捕まったヘルミーナを助けようと刃物で黒い影を切ろうとする。が、まったく刃を通さない。


「うーん、やっぱりセト君をどうにかしないとだめみたい」


「捕まっていない者だけでも避難させておくべきだな。ロゼール、マリオ、ここを頼んでいいか」


 スレインの要請を受けて、ロゼールは露骨に眉をひそめる。


「私がこの木偶人形と一緒に戦えっていうの!? 捕まってたほうがマシだわ!」


「敵は奇策を使うタイプだ。この黒い魔術の正体もわからん。頼む」


「……はぁ」


「よろしくねー」


 空気を読まずに手を差し出してきたマリオに、ロゼールは思い切り舌打ちをする。スレインは2人に構うことなく、自力で起き上がれないクルトを担ぎ上げてスターシャたちの避難誘導に当たった。


「あとは任せた」


「オッケー」


「最悪」


 気のない返事を放ったマリオとロゼールは、その場を後にするスレインたちを背に歩き出す。吹っ飛んでいったセトが倒れているはずのところまで。


 だが、そこには何の痕跡もなく、魔人の姿もない。ロゼールが細めた碧眼を隣の男にぶつけると、彼はにこやかな円弧状の口を開く。


「上だ」


 2人が同時に飛びのいたその場に、黒い影を纏ったセトが降ってきた。影から2匹の黒蛇が飛び出し、それぞれロゼールとマリオを追撃するが、片や氷に、片や束ねた糸に阻まれてその場に霧消する。


「<ゼータ>……なぜここにいる」


 セトが忌々しげに睨むが、ロゼールとマリオの態度は変わらない。


「知らないけど、エステルちゃんとヤーラ君が頑張ってくれたんじゃないかしら」


「だろうねー。君、友達になろう」


 マリオのまったく脈絡のない勧誘をセトは無視し、纏った影をヒュドラのようにうごめかせる。


「大半の勇者は捕獲済み。もう一度やればいいだけの話」


「そうさせないためにぼくたちが来たんだよ」


「もう一度縛り上げるだけのこと」


 魔人の険相が黒く、深くなっていく中で、ロゼールがどこ吹く風というように不敵に笑った。


「あら残念。あなたご自慢のその魔術、もうとっくにタネが割れちゃってるのよ」

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