無邪気な破壊者
不意打ちで文字通り雷を落とされたその魔人は、じっと仰向けに転がっていたが――間を置かずして、ぴょんと軽快に飛び起きた。
「今のやつ、すっげぇ~~~なぁ!! めっちゃビリリって来たぜ! やっぱお前つえーんだな! 相手してくれんだろ?」
明朗快活に笑いかけてくるダリアを前に、クルトはただじっと2本の剣を握りしめて構える。
無邪気に振る舞ってはいるが、この魔人には絶対に勝てない。見ただけで絶望的な力の差がわかる。先ほどミカルに噛まれた足の傷も、まだ痛みが少し残っている。最低でも10分、時間を稼げれば上等だ。
「ん~?」
ダリアは何か違和感を察知したように首をかしげ、クルトをまじまじと見つめる。
しばらくそうした後、急にやる気を失ったように、どすんと床に腰を落としてしまった。
「なんだよ~、つまんねぇな~。お前あれだ、『ちょっとでも時間稼ぎできればいいや』とか思ってんだろ~。そーゆーのつまんねぇんだよなぁ~~」
考えていることが丸々見透かされて、クルトは若干ひるんでしまう。だが、座り込んだダリアはまるで戦う気がないみたいに無防備に両足を投げ出した。
「こうしようぜ。今からあたしはこのまま10分くらい待ってやるよ。そしたら全力でバトろうぜ!」
「……うーん」
願ってもない条件にクルトは少し悩んだが、ダリアの言葉からは何の嘘も打算も見当たらない。やがて考えるのも面倒になって、結局同じように座り込んだ。
「じゃあ、そーする」
とはいえ、敵の大将と向かい合って座るというのは、なんとも奇妙な光景だった。
ここで駆け引きを持ち掛けて敵の情報を引き出すという手もあるが、あいにくクルトはそんな器用な真似ができるタイプではない。さりとて黙って待っているのもなんとなく気まずい。
悩んだ結果、彼は自分がやり慣れたコミュニケーションに頼ることにした。
「……クッキー食べる?」
「おわぁ~~っ!! 人間界の食いもんだ!!」
クルトの非常食にぱっと目を輝かせたダリアは、差し出されたそれを無遠慮にひったくってバリバリと食べかすを散らしながら掻っ込んでいく。
「うめぇ~~!! やっぱ人間界の食いもんは最高だぜ~~!!」
「そっちではいつも何食べてんの?」
「ん~? なんか、肉とか豆とか……でもこっち来てから今まで食ってたもんがいかにマズイかわかった気がする」
魔界は貧しいところなのだろうか。もしおれがそっちに行ったら飢え死にするな、とクルトは彼にとって極めて深刻な想像をする。そんなことを考えているうちに、噛まれた足の痛みもほとんど感じなくなっていた。
派手な咀嚼音がようやく止んだところで、ダリアはニカッと無邪気に笑った。
「うまかった~!! お前、いいやつだなぁ!」
まるで子供だった。目の前にいるのが自分たちの敵だと忘れてしまいそうで、クルトは返事ができなかった。
「……どしたん?」
「いや、別に」
ダリアはそれから大あくびをひとつかまして、「10分ってどんくらいだっけ?」と両手の指を使って頓珍漢な計算を始めた。
「きみたちはさー……どうして人間を襲うわけ?」
「おん?」
「や、なんかさ。喧嘩するより仲良くしたほうがいいんじゃないかなーって思って」
「えー? あたしは強ぇー奴と戦いたいぞ」
「もっと面白いこと、他にもあるよ。おいしいもの食べられるお店なら、おれけっこう知ってるし」
「へぇ~! それもいいけどな~。でもあんまりこっちでウロウロすっと、周りがうるせ~からな~。ほんとはここにいる勇者全員と戦いたかったのに」
「おれたち全員を倒すわけじゃないんだ?」
「そーそー。あたしはゼカ……じゃなくてぇ。あれだ……<ゼータ>と戦いてぇんだ。だから、リーダーのエステルって奴を捕まえればいいらしいんだよな~」
その名前が出た瞬間、クルトの表情が固まった。それからおもむろに立ち上がり、腰に差した2本の剣をするりと抜く。
「……お?」
「そろそろ10分経ったんじゃないかな」
「お、お、お! なんだよ、さっきよりやる気じゃんか~~!!」
ダリアも跳び上がるように立って、ぱしんと手のひらを拳で叩く。先刻までの友好的な雰囲気は霧散し、片や静かに、片や剥き出しに闘志をみなぎらせた2人が対峙する。
「よっしゃ、かかってこい!」
彼女なりの礼儀なのか先手は譲ってくれるようで、クルトはそれならばと全力の一撃で応えることにする。
双剣を十字に交差させ、魔力を充填し、堰を切ったように、一歩。
風が駆け抜けるかのごとく一閃。同時に側面から雷の波が矢のように走る。斬撃と雷撃の十字砲火。
「うおおっ!?」
必殺の一撃は、確実にダリアを捕らえた――はずだった。
クルトが振り返ると、黒い煙を立ち昇らせて仰向けになっているダリアがいる。やや焦げついた顔に、白い歯がニカッと浮かぶ。
「すっっっげぇ~~~~!!! いい一撃だったぜぇ~~~~!!」
いやになるほど元気な声で賞賛し、何事もなかったかのようにひょいっと起き上がる。その身体を裂いたはずのクルトの剣には、血の一滴もついていない。
「今度はこっちの番だ!」
ただ片足を踏み出しただけで地面がへこみ、一気にクルトの目の前まで距離が縮む。
思い切り後ろに引っ張られた右拳が矢のように発射、その直前にクルトは横っ飛びに右ストレートの大砲をかわした。
魔人の右手は何にも当たらないまま、周囲の空気を丸ごと吹き飛ばした。その衝撃波で、距離をとっていたはずのクルトの頬に浅い切り傷が走る。
完全に回避した攻撃でこの威力。まともに当たったら即死に至っても不思議ではない。常軌を逸した身体能力を持つ魔人に勝ち目はほとんどない。だが、クルトも退くわけにはいかない。
「まだまだ行くぜぇ!」
今度はその両手の破壊兵器をめちゃくちゃに振り回してくる。動きは単純だが、とてつもない攻撃力に地面も壁も抉り抜かれ、触れただけで危険なのは明白だった。クルトはとにかくそれに当たらないよう、必死でかわし続ける。
ある程度動きを読めるようになったところで、ダリアのすぐ目の前で雷光を炸裂させた。
「うおっ!?」
その眩しさに両目を塞いだ隙に、クルトは相手の首筋目掛けて渾身の刺突を放った。
細身の刃が首の肉を貫き通す――かに見えたが、切っ先が浅く沈んだだけで、その勢いを止められてしまう。
自分の首に当てられた剣をがしっと掴み、ダリアはニィィと口の端を吊り上げた。
そのまま指先に軽く力を込めただけで、鋼鉄の刃がバキンと粉々に砕け落ちた。
「!!」
「ひと~つ」
ダリアは空いているほうの拳を至近距離から突き上げ、かわす余裕もないクルトは残った剣で受けてしまった。弾け飛んだ剣の真っすぐ伸びていた刃は直角にひしゃげ曲がり、凄まじい力にクルトの手首もダメージを受ける。
「いっ……!」
「ふた~つ」
死のカウントが迫る。もはや次の攻撃を防ぐ方法はなく、敗北は免れない状況だった。しかし、クルトの瞳は死んでいない。ただひとつの決意を灯し、退くどころか前へ踏み出す。
「み~っ……お?」
ダリアもクルトも、交差するように拳を突き出していた。ただしクルトは殴ろうとしたわけではなく、その手でダリアの右目を覆ったのだ。
激しい稲光が放射するのと、骨肉が潰れるような音が響くのは、ほぼ同時だった。
びしゃびしゃと血の塊が地面を汚す。ダリアの殺人的な拳を腹部に突き刺されて、クルトは口の両端から血反吐を溢れさせた。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。
そうして完全に力尽きたように膝から崩れ落ち、硬い地面に倒れ伏した。
「いっ……てぇぇ~~~っ!!」
ダリアはそう叫んで、焦げた右目を押さえる。ぱちぱちと何度か瞬いてみるが、視界がぼやけたまま元に戻る気配がない。
「うわ、マジかぁ~。片目もってかれた~~……でも、めっちゃ楽しかったぜ!! お前すげ~な!!」
親しみをこめて話しかけた相手は、ぴくりとも動かない。
「あれぇ、死んだか? ……まあいっか! 早くゼカリヤ兄と戦いてぇ~~!!」
無邪気なダリアは次の目的に向けて、意気揚々とその場を走り去ってしまう。
――入れ違いに、一人の男がどこからともなく現れた。顔を仮面で覆い隠し、マントに身を包んだ、魔族。彼はダリアの消え去った方向をじっと見据えている。
「……しょうがねぇお転婆娘だな。どれ」
男は身を翻し、倒れているクルトの傍に膝をついた。
「息はあるな。言いつけは守ってくれたか。ヘルミーナあたりに任せれば助かるだろ」
ひとつ息をついて立ち上がった男が右手をかざすと、空中に黒い楕円形の穴が出現する。男はその中に消えていき、黒い穴も煙のようにふっと消滅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます