嵐来る

 ダリアはまず、部屋の壁もろとも扉周辺を吹き飛ばすところから始めた。


「くぁ~~~~っ!! や―――っと外に出れるぜ――っ!!」


 主力勇者たちの力を手にしたダリアはもはや檻から放たれた猛獣で、注視していなければ他の勇者を皆殺しにしかねないことを、後ろを歩くセトは重々承知している。


「お預けタイムは終了だ! 御馳走片っ端からたらふく食いまくってやるぜ~!!」


「ダメ。目的の達成が最優先」


「え~~。早くゼカリヤ兄と全力バトルしてぇよ~」


「だから、まだダメ! あとその名前も出すな!」


「細けーことうっせーなぁ……。結局、また"待ち"かよ~」


 有り余る体力を発散させたいダリアは、セトの忠告にぶーぶーと口を尖らせるほかなかったが、ぱっとあることに思い至る。


「そーいや、ミカルは? あいつ抜け駆けして勇者と戦ってんだろ? ずりーずりー!」


 戦うというより無抵抗な仇敵を殺しに行ったと表現するほうが正確だが、セトも少し考え直す。


「……復讐を果たしたなら、帰ってきていいはず。誰かにやられた? まさか、ミカルを倒せるようなヤツがまだ――」


 その独り言に、ダリアの動物的勘がビビッと反応した。


「じゃあさ!! 今からミカル探しに行こうぜ!! もしあいつが死んでたら、まだ強ぇ勇者が残ってるってことだろ? 放置できねぇじゃんか、なぁ?」


 子供のように顔を輝かせてねだるダリアに、セトはその光を忌み嫌うように溜息を吐き出す。その提案が現状では妥当なのが厄介だった。


「……万一、残っていたらな。オマエに任せる」


「いやったぁ~~~~~!!」


 ダリアは両手を上げて全身で喜びを表現するが、セトの顔は渋いままだ。が、その顔が瞬時に警戒へ塗り替わる。ダリアも表情は変えないが、異変には感づいていた。


「お、敵かぁ?」


「ああ。――近くに、ネズミがいる」


 セトが右足ですぐ傍の柱を乱暴に蹴り飛ばす。ガラガラと砕け落ちた柱の裏に隠れていたダークエルフと黒髪の少女の姿が、魔人の赤眼に晒される。


「やっべ」


 ダークエルフは口端を上げたまま、すぐに隣の少女の手を引いて踵を返す。その際に水晶玉のようなものが落ちたのを、セトは見逃さなかった。


「待て。これは……」


「逃げられちったか~。まあ、弱っちそうだったしいっか~。じゃあ先にミカル探しに行ってるから!」


「いや、待てって――」


 止める暇もなく、ダリアは全速力でこの場を飛び出してしまい、後には砂煙が舞うだけとなった。見逃すまいという誓いをあっさり破られたセトは、仕方なく床に転がった水晶玉を拾った。



 突然途絶えたロキからの連絡が戻ったと安心していたトマスは、水晶から発せられた覚えのない声に戦慄した。


「……誰だ、お前」


『オマエたちはすでに知っているはず』


 相手が魔族ならば、この男はセトにちがいないとトマスは断定した。勇者たちを捕らえる作戦を考案したのが彼なら、敵の中ではかなりの曲者だ。


『それより、オマエたちに忠告。オレたちのジャマをするな。そうすれば、他の勇者は無事』


「お前たちの目的はなんだ。何をするつもりだ?」


『教えるワケがない。が、何もしなければ、誰も死ぬことはない。単純な話』


 誰も死なないとして、主力勇者たちが動けないままでいいはずがない。いったん要求に従うふりをして、外から援軍を呼べば――


『くだらんことは考えるなよ。すでにこの建物は封鎖した。オマエたちが外に出ることは不可能』


「なっ!?」


 トマスは己の浅薄を悔いた。闘技場全体を覆いこめる魔術なら、外へ出る道を塞ぐのも容易いことだ。


『そっちに残ってる人員で、ダリアに勝てるワケがない。バカなことはするなよ。面倒が増える……』


 水晶からうんざりしたような溜息が漏れる。無駄な衝突を避けたいというのは本心のようだ。


『――ところで、女の魔人を見たか? オレたちの仲間だが、帰ってこない』


 トマスはぐっと息を呑んだ。正直に「倒した」と言ってしまえば、魔人を倒せる勇者がまだ残っていることが知られてしまう。そんな危険因子をこの男が放置するはずはない。しかし、あの死体はいずれ見つかるだろう。


 いや――と、考えを改める。これは逆に、好機だ。


「……人間でも魔物でもない化物が、この中をうろついている」


『は?』


 唐突な話に、セトは頓狂な声を上げる。


「俺たちの仲間が生み出した化物だが、制御不能で誰の手にも負えない。しかも、敵味方問わず襲いかかる。さっき別の仲間から、半身を失った魔人の死体を見つけたと聞いた。そいつは化物の犠牲になったらしい」


『…………』


 新たな厄介ごとを告げられて、セトが眉間の皺を深めているさまが目に浮かぶようだった。


『ジャマになるようなら処理する』


「そうしてくれるとありがたい」


『……チッ』


 通信が切れて、トマスは一息つく。これでホムンクルスを敵にぶつけやすくなった。削り合ってくれればラッキーだ。


 ロキとヘルミーナは無事に逃げられていればここに戻ってくるはずだ。スターシャたちもこちらに向かっているし、エステルとヤーラにもいったん帰ってくるように指示を出した。いったん合流して態勢を立て直す。話はそれからだ。


 そう思っていた矢先、スターシャから連絡があった。その報告は、最悪の事態を告げるものだった。



  ◆



 スターシャたちが本陣へ向かっている最中、それに遭遇してしまったのが運の尽きだった。

 漆黒に覆われたやや広い通路の先から、やたら陽気にやって来る不気味な影。


「うお~~~、強そうな奴ら見っけ!! なあなあ、あたしとバトろうぜ!!」


 満面の笑みと底抜けに明るい声で接近してくるのは、どこからどう見ても魔族の女だ。それが誰なのか、考えるまでもなかった。


 リナは表情を硬くして身構え、タバサは怖気立って冷や汗を流している。クルトは気楽な顔をしているが、右手は剣の柄に乗せていつでも抜けるようにしている。


「あ、そーだ。その前に……お前ら、ミカル知らねー? めっちゃアホそうで……最近はでも超ピリピリしてたな。そーゆー女」


 先ほどクルトたちが倒した魔人にちがいないが、それを正直に言うのは悪手だろうとスターシャは判断した。


「知らないわ。私たちはただ見回りに駆り出されただけ。あなたと戦う意志はありません」


「へぇー? まあいいや。お前ら強そうだし、景気づけに一戦やろうぜ!!」


 話が通じないらしい。交渉ができないというのは、スターシャにとっては非常に厄介だった。


「……お断りします、と言ったら?」


「えー、フツーにぶん殴って終わりだよ。超つまんねぇ~~」


 無事に逃がしてくれるつもりはないようだ。ここにいるのは、主力勇者たちの力を得て強化された魔人。スターシャの見立てでは、今いるメンバーでも勝ち目は薄い。


 瞬間、雷鳴。


 鞭のような雷撃が無防備なダリアに襲いかかり、雷光が弾けた。


「今のうちに逃げて!!」


 クルトが叫び、スターシャが頷く。


「わかりました」


 ただそれだけ返して、素早く踵を返し、リナとタバサにも逃げるよう促す。


「え? ちょっと、待つですよ!」


「急いで!」


 リナの異論をスターシャがピシャリと跳ねのけ、タバサがリナを無理やり抱えて逃走を始める。走り去る3人の後ろに、横目で見送るクルトの背があった。


「戻るですよ!! このままじゃクルトさんが……!!」


 タバサの腕の中でリナが抗議するも、スターシャは何も言わずに走り続ける。リナの顔に熱が上っていくが、そこでタバサが声を絞り出す。


「スターシャさんは……そんなこと、わかって言ってるんだよ。私たちのために……」


 リナは大きな目をはっと見開いて、スターシャの横顔に目を留める。彼女にとっても苦渋の決断のはずだった。それでも、一人でも多く助けるために最速で行動に移したのだ。


「……だったら、急いで応援を呼ぶです」


 ひょいっとタバサの腕から飛び出したリナは、自慢の駆け足で2人の遥か先を突っ走っていった。

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