勝ちの目

「まず優先すべきは<ゼータ>の解放だ。戦力的にも申し分ないし、魔族との戦いの経験も豊富だからな。可能なら、そのあとはランクの高いパーティから順に救助を頼む」


 トマスさんからそう指示を受けて、私とヤーラ君、そしてレイとガルフリッドさん4人の『救助班』はゼクさんたちが捕まっている黒い空間へ戻った。


「兄貴!」


 姿が見えるやいなや、レイが真っ先に駆けつける。先ほどと同じように、仲間たちは黒い影のようなものに縫いつけられてしまったみたいに身動きを封じられている。敵が来た気配はなさそうだが、さっき見たときよりも衰弱しているように見える。


「レイ、騒ぐんじゃねぇ。敵に見つかるかもしれねぇ」


「……チッ」


 ガルフリッドさんにたしなめられて、レイは押し黙る。2人が辺りを警戒してくれている間に、ヤーラ君がゼクさんたちに絡みつく黒い何かに手を触れ、解析を始める。


「ヤーラ君、どう?」


「……この黒いの自体は魔術によるものなので、すぐに解除できます。でも……人を捕縛する以外に、別の効果もありそうです」


 トマスさんたちの言った通り、やっぱり何か仕掛けがあるらしい。ひとまず先に解除してしまおうと、ヤーラ君は手の先に魔力を集中させる。そこから魔法陣が広がって、漆黒の空間に光を散らし、徐々に浄化させていく。


 ようやく石造りの壁面が露わになり、拘束を解かれた仲間たちはどさどさと地面に転がった。


「だ、大丈夫ですか?」


 見たところ誰にも目立った傷はなく、意識もはっきりしている。なのに、仲間たちはぐったりしたまま立ち上がろうともしてくれない。

 嫌な予感がする。それを裏付けるかのように、ゼクさんがぶるぶる拳を震わせながら言葉を吐き出した。


「力が、入らねぇ……!」


「え……」


 私たち4人は凍りついた。あの黒い影を取り払っても、すでに手遅れなのだろうか。


「……ラムラさんの、力を奪う魔術みたいな効果があるんでしょうか」


「魔力もダメそうよ、これ」


 ヤーラ君の推測に、ロゼールさんがいつも以上に気だるげに補足する。これでは、戦闘不能も同然だ。


「捕まった連中が軒並みこれなら、残った俺たちで敵を倒すしかねぇな」


 主力勇者がほとんどいない状態で、ダリアたちと戦わなければならない。ガルフリッドさんは眉間の皺を深めながら、そんな厳しい現実を突きつけた。


「ビビってんじゃねぇよ」


 ゼクさんが強気の笑顔で私たちを叱咤する。


「お前たちは弱くねぇ。ダリアのクソ馬鹿なんざ、屁でもねぇ。だろ?」


 レイの瞳の消えかけていた炎が、再び燃え上がる。


「ぜってぇ勝ちます」


「おう、その意気だ」


 いつもは私がみんなを励ます役をしているつもりだけど、今は私たちがゼクさんに励まされてしまった。不思議な感動を覚えつつも、やるべきことをするために頭を切り替える。まずは、今の状況をトマスさんたちに報告しなくては。



  ◆



 協会に内通者がいるのなら、奴らは一部の人間にしか入れないような場所に隠れているにちがいない。一帯の勇者全員を魔術で捕まえるのならば、それほど辺ぴなところではないだろう。


 ロキはそう推測して、闘技場地下の使われていない控室のような場所に行きついた。他の場所と同じく周囲が黒い影で埋め尽くされていたが、そのエネルギーはどこよりも強く見える。ここが影の発生源なのは明白だった。


 ヘルミーナは連絡係として少し離れたところに待機させている。ロキは得意の壁をすり抜ける魔術で部屋に忍び込もうとしたが、黒い魔術の網を突破することはできず、影の隙間から内部をうかがうことにした。中にいたのは2人だけだった。


「……ひまぁ~~~ッ!!」


「ウルサイ」


 ダリアはボロい丸椅子の上で足をバタバタさせ、全身で不満を表明している。隣に控えている神経質そうな男がセトだろう。


「こんなに面白そうな連中が集まってるってのに、こんなとこで留守番かよ~っ。何人か残ってんだろ~? 遊んできちゃダメ~?」


「絶対ダメ。忘れるな、ここは敵陣のド真ん中。機が熟すまで待機」


「ミカルはいいのに?」


「アイツの標的は少数。だが、オマエが出たら皆殺しになる。計画は破綻! だからダメ」


「ちぇ~、とびきりの御馳走待たされてる気分。……ま、食いもんは煮込めば煮込むだけ美味くなるって、レメク兄も言ってたしな」


 ダリアたちは、ここに隠れて何かを準備しているらしい。やはり勇者たちを殺さず、何かに利用するつもりなのだろう。何より気になるのは、ここにいないミカルだ。ダリアとセトの口ぶりからして、誰かを狙っているのは間違いない。


 暇を持て余したダリアが、曇りガラスにそうするように部屋中を埋める影に指で絵を描き始めた隙に、ロキは今の話をリーダーに伝えるべく、ヘルミーナのところに戻った。


「……あ。ちょうど今、ロキさんが来ました」


 彼女はすでにトマスから連絡を受けていたようで、小さな水晶をロキに手渡す。


「やあ、皇太子殿下。ボクの声が聞きたくなっちゃった?」


『アホ言え。それより、さっきエステルたちから連絡があった。捕まった勇者は皆、力を奪われたかのように動けなくなっていたそうだ』


 茶化していたロキも、その報告にいったん閉口する。集まった情報の断片を、素早く頭の中で結び付けていく。


「……なるほどね」


『何かわかったか』


「以前、ゼクにダリアのことを聞いたんだけどさ。いわく、めちゃくちゃバカなんだって。あのゼクが言うんだよ?」


『そりゃよっぽどだな。てことは、この黒いやつはセトの魔術か』


「だろうね。ダリア本人は今すぐ出撃したくてうずうずしてたから。セトもいたけど、なんかもう子育てに疲れた母親みたいな顔してたよ」


『人間界の頭痛薬が効くなら、分けてやりたいところだ』


「あはは。それでね」


 世間話のような調子で喋っていたロキは、ふっと笑顔を消した。


「敵の狙いは、捕まえた勇者たちの力を吸収することだと思う」


 水晶は何も答えない。が、おそらくトマスはさして動揺していないだろうことはうかがえた。


「この黒いので勇者たちを捕まえたのはセトだ。それを経由して、力を吸い取るのがダリアの魔術。だから、完全に吸収しきるまで動けない。そう考えればつじつまが合う」


『……魔族側からすれば、敵をいっぺんに無力化できるうえに、ダリアも強化できる』


「そう。何人か残ってるのは、得られる力が少ないと吸い取るのに消費する魔力のほうが上回って、結果的に損になるからかな? ボクの力吸い取っても大して強くないし」


『悪戯だけ上手くなるかもしれないぞ』


「それはそれで困るねぇ。まあ、あちらさんからすれば<大侵攻>の計画が漏れたのは大誤算だったろうけど――お陰でこんなチャンスを得たわけだ」


『なら、今のうちに食い止めないとな……。戦闘班を向かわせよう』


「実はもう1つ懸念があってさ。ミカルがいないんだ。<BCDエクスカリバー>を狙ってるんだと思う」


 トマスもロキも、ダリアたちに関するクエストの報告には目を通している。ミカルは以前、レオニードたちに相方を殺されている。


『……向こうは勇者を殺さないつもりじゃないのか』


「たった3人くらいなら目をつむってもおかしくない」


 しばらくの沈黙。トマスはレオニードたちともよく話していたし、なんなら彼らの飲み会に誘われたこともある仲だ。しかし、この非常時に私情を挟むべきではないことは、彼もよくわかっている。


『戦闘班は、やはりダリアたちのほうに向かわせる』


 冷静な声音だったが、彼の決断はそれだけでは終わらなかった。


『<BCDエクスカリバー>の救助には、エステルたちを向かわせる』


 へえ、とロキは声には出さずに感心する。


『最良のシナリオは、ミカルに出くわす前にレオニードたちを解放してどこかに隠すことだな』


「出くわしちゃったら? <エデンズ・ナイト>だけでミカルに勝てる算段があるのかい」


『その2人しかいないわけじゃないだろ』


 改めて、ロキは救助班に選ばれたメンバーを思い起こした。確かに、盤面をひっくり返せるほどの力を秘めた少年がいる。だが、その力を上手く発揮してくれるかはわからない。


『あの少年はそのままでも十分に戦える。もしものときは――運も絡むが、切り札になる』


「その賭け、勝算はあるの?」


『ああ。だから俺は、あの3人にエステルを同行させたんだ』

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