暗雲を裂く
「クルトさんとスターシャさんはぁ、どういう仲なんですかぁ~?」
「リ、リナちゃん、失礼なこと聞いちゃダメだよっ」
狼狽するタバサを尻目に、リナは勘繰るような目つきを<ダイヤモンド・ダスト>につきつける。当の2人はさして動じることもなく答えた。
「同じパーティのメンバーね」
「飼い主と飼い犬、かな~」
「そーゆーんじゃないです! うら若き男女がたった2人でパーティ組むなんて、絶対何かあるはずです!」
「あはは、スターシャはそういうタイプじゃないからさ~」
「えー、ホントですかぁ?」
この緩みきった光景に、タバサはいつも<クレセントムーン>のメンバーでお茶会をするときのことを思い出した。平時ならば問題はないが、今は違う。
暗黒に覆われた闘技場の中で、魔物の死骸を積み上げながら、敵の本拠地へ向かう道中なのである。
臨時リーダーのスターシャは厳しそうな外見だが、このゆるゆるのやり取りに物申す気配もない。むしろタバサのほうが気になって、一言確認を入れる。
「だ……大丈夫ですかね? こんな調子で」
「任務に支障がなければ、問題ありません」
スターシャは眉ひとつ動かさずに言い切る。実際にクルトの実力は「低く見積もってもBランク上位」と評されていた通り圧倒的で、並の魔物はあっという間に蹴散らされてしまった。
だが、今から向かうのは敵の大将が控える場所だ。トマスの話では、捕らえた勇者たちから力を吸い上げているという。完全にパワーアップする前に、なんとしても食い止めなければならない。
やがて4人は、分厚い漆黒の幕で覆われた扉の前に辿り着いた。この先に、勇者たちを苦しめる元凶が控えている。
「んじゃ、いっくよ~」
クルトは気の抜けた掛け声を発し、右手の剣に稲妻を纏わせた。
◇
ミカルという魔人は、言動が軽々しくてあまり賢いとはいえないものの、人の感覚を狂わせる厄介な魔術を使う難敵だ。前は酔っ払ったゲンナジーさんにめちゃめちゃに殴られて、しかも相方のカインという魔人を失い、人間に対して恨みを募らせていることは想像に難くなかった。
そのミカルが、レオニードさんたちの命を狙っているという。トマスさんから指示を受けて、私たちは彼らを探しに走り回った。
心中穏やかではないはずのヤーラ君は息を弾ませつつ、蒼白な顔に必死の形相を浮かべている。
「いたぞ!」
立見席を回っていたところで、先を走っていたレイが叫んだ。追いついてからレイの指さしたほうを辿ると、黒い影に絡めとられたレオニードさんたち3人の姿が映った。やはりぐったりしているが、怪我はなさそうだ。
「レオ先輩!」
たまらずにヤーラ君がレオニードさんのもとへ駆けつける。周囲に敵がいなければ、すぐに3人を解放して避難させるという手筈通り、ヤーラ君はまず影の拘束を解き始める。
「だ、大丈夫ですか?」
「全然、大丈夫じゃねぇぜ……。こんなダセェところ、女子2人に見られちまったからな」
「……お元気そうで何よりです」
レオニードさんは冗談を飛ばせる元気くらいは残っていたようで、ヤーラ君の焦燥感をほどよく緩和させてくれた。
いくらか平常心を取り戻したヤーラ君は、ゲンナジーさんやラムラさんにも手早く処置を施す。
さあ、あとは3人を運び出すだけだ、というところで――辺りの空気が一変した。
悪意、憎悪、殺気。そんなどす黒い感情がないまぜになったかのような気配が、ゆらりと立ち込める。
私は恐怖に抗いながら、振り返る。すでに臨戦態勢に入っているレイとガルフリッドさんの、その目線の先。黒い気配の源、1人の魔人が立っている。
「ミカル」
その名前が、口をついて出てくる。しかし、その風貌は私の記憶にあるものとまるで違っていた。
残酷ながら快活な少女のようであったその魔人は、今は憎しみを具現化した存在とでも言うべき禍々しい形相でこちらを睨み据えている。
「ジャマなんだけど」
地の底から這うような、鳥肌が立つほどの冷たい声音。レイもガルフリッドさんも身体をこわばらせてはいるが、当然道を譲る気はない。
「……セトからユーシャ殺すなって言われてるけど……ジャマすんなら、あんたらも殺すよ」
ミカルの鋭い爪がぎらりと光る。レイも負けじと気迫の一歩を踏み出し、剣の一振りでその殺意を跳ね返そうとした。
だけど、その一撃が当たることはなかった。かわされたのでも、弾かれたわけでもない。ミカルは斬りかかるレイの横を、素通りしたのだ。
「!?」
レイが剣を振り下ろしたのは、まったく見当違いの何もない空間。空振ったレイは茫然と地面を見つめ、はっと左右を見回す。
トマスさんから魔人の情報を聞いていたガルフリッドさんが、いち早く状況を悟った。
「こいつが、感覚を狂わせる魔術か!」
その声も、レイにはどこから聞こえているのかわからない様子だった。
小柄な戦士を一瞬で無力化したミカルは、鋭利な爪でガルフリッドさんを狙う。咄嗟に構えられた盾が、その一撃を弾いた。
その攻防の隙に、ヤーラ君がふらついているレイに近づく。
「今、魔術を無効化します」
「くっ、悪い……」
そこでミカルの赤い眼がギョロリと動く。そのおぞましい眼差しは、確実にヤーラ君に狙いを定めていた。
「そこのチビくんさぁ、あんときこいつらと一緒にいたよねぇ」
ヤーラ君は天敵に見つかった小動物のように、身をすくませた。
「カイくん殺したの、あんた?」
まだ足元の覚束ないレイが、ヤーラ君を背に隠して剣を握りしめる。ミカルは容赦なく距離を詰めるが、その後ろにはガルフリッドさんが斧を構えたまま隙をうかがっている。前後で挟み撃ちの態勢となり、2人は同時に襲いかかる。
ガキン、と音を響かせたのは、剣と斧。ミカルは涼しい顔で挟撃をすり抜け、味方どうしで武器を打ち合わせたレイとガルフリッドさんを置き去りに、ヤーラ君のすぐ目の前に立っていた。
「何やってんだ、敵は後ろに――」
「野郎……!」
レイにかけられた幻惑はむしろ深刻になっていて、ガルフリッドさんの声も届いていない。
そうこうしているうちに、ミカルは冷酷な瞳でヤーラ君に手を振り上げている。
「ヤーラ君!!」
「死ね」
私の叫び声もむなしく、鋭利な爪が少年の命を刈り取ろうと降下する。
その先端が皮膚を抉る直前、疾風が巻き起こってヤーラ君の小柄が吹っ飛ばされる。
私もミカルも、同時に風の吹いたほうへ視線を飛ばした。転がったヤーラ君の上に、何かが覆いかぶさっている。
「レオニードさん!?」
彼は確かに、力を奪われて動けなくなっていたはずだ。それでも最後の力を振り絞って、ヤーラ君を助けてくれたのだ。
――だけど、床に点々と飛び散った赤い雫を見て、私とヤーラ君は青ざめた。
「ぐ……う……」
こんなときに軽口を言って安心させてくれるレオニードさんも、その余裕を失ってか、短いうめき声を漏らすだけだ。その背中に深い裂け目を認めたとき、ヤーラ君の顔から完全に血の気が失せた。
「あ、ああ、そんな……」
「ま、手間省けたかぁ」
ミカルは指にべったりと付着した返り血をぺろりと舐めとって、改めて自分が殺すべき少年を見据える。ヤーラ君はほとんど錯乱状態でぐったりと横たわるレオニードさんに意識を縛られ、頼りの<エデンズ・ナイト>は幻惑の術から抜け出せていない。
私は必死に頭を巡らせるが、もう、打つ手がない。どうしようもない絶望が、私の視界を曇らせていく。
その暗雲を、一条の雷光が切り裂いた。
電撃が魔人の指先を焼いて、よろよろと後退させる。自然に発生した雷なんかじゃない。
顔を上げて遠くに目をやれば、双剣を携えて不敵に笑う、魔法剣士の姿がある。
「ワルモノ、発見!」
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