司令塔
主力級の勇者たちが全員動けなくなってしまった。その事実は、かろうじてここに避難してきた勇者たちに少なからぬ動揺を広げていく。Dランク以下の駆け出しらしき人たちは特に顕著だった。
そんな中でも動じないトマスさんはさすがAランクの貫禄とも言うべきか、ともに逃げ延びたロキさんと状況の整理を始める。
「今、俺たちがすべきことは3つ。敵の狙いを探ること。敵を退けること。捕まった勇者たちを助けること。まずは敵の情報が欲しいところだな」
「敵の大将はダリア、作戦参謀はセトで間違いないね。ミカルもいるだろうけど、いまだに奴らの姿が見えないってことは、敵の狙いは勇者たちの殲滅じゃないのかもしれない」
「そうだな。もしその気なら、勇者を捕まえた時点で片っ端から殺していけばいい。なのにそうしないってことは、別の目的がある」
「それに、敵の魔人がその3人だけとは限らないよね。ほぼ確実に、協会内部に内通者がいる」
ロキさんの指摘に、他の勇者たちがざわめく。内部に敵が紛れているなんて、想像もしなかったのだろう。
「……ロキ。内通者がいるって根拠はあるのか?」
「ここにいる面子を見てみなよ。<クレセントムーン>の2人なんてわかりやすい」
そう言われて、腕を組んで憤慨を抑えている様子のリナちゃんと、真っ青になって不安に怯えているタバサちゃんの両極端な2人を見た。マーレさんとエルナさんの姿は、ない。
「そこの2人はCランクパーティだけど、元々はEランクだったよね。だから敵に見過ごされてここにいるんだ。でも、そんな経歴は外にいる魔族になんてわかるわけないだろ?」
リナちゃんの表情に険しさが増し、タバサちゃんは伏し目がちに肩を縮めている。敵に見過ごされたということは、言ってしまえば取るに足らないとみなされたとも受け取れる。
それは、ここにいる他の勇者にも言えること。さっきから、やり場のない怒りを煮えたぎらせている人が、一人いる。
「そもそも、誰がどのランクで、戦闘員か非戦闘員かなんて区別も外部からじゃほぼ不可能だろうな。区別がついたとして、主力だけを狙って捕まえるなんて芸当もかなり厳しい」
「でも内通者がいれば簡単さ。たとえば、会場の座席。誰がどこに座るかを指定して、座った人間にマーキングする魔術でもかけておけば、ターゲットだけを綺麗にすくい上げられる。まさに、今みたいにね」
確かに私たちが座る席はすべて指定されていた。ロキさんの推測はほとんど正解なのだろう。
「さて……内通者を含めて、魔物以外の敵は少なくとも4人。いまだ動きを見せないということは、何かを準備していると考えられる。さっきも言ったが、俺たちのやることは3つ。ここにいる勇者を3つのグループに分けて、それぞれ役割を分担していこうと思う」
「敵の偵察はどーせボクでしょ?」
「ああ。それにヘルミーナもつける」
「へ?」
ロキさんは一人でやるつもりだったのだろうか、虚を突かれたようにヘルミーナさんのほうを向く。
「ヘルミーナ、この馬鹿が無茶やらかしそうになったら、殴ってでも連れて帰ってくれ」
「わかりました。棒か何かを用意しておきます」
「あれぇ~? ヒーラーってそういう役だっけ?」
まさかヘルミーナさんが本気で殴るとは思えないけれど、前に一度死にかけたロキさんのことだから、この采配は妥当だろう。
「次に、戦闘班。この中から数人ピックアップして、臨時パーティを作る。まずは周辺の魔物退治、場合によっては魔人との戦闘もありうる」
ほとんどDランク以下の勇者たちで、魔人を相手にするのは相当難しい。彼らにもそれはわかっているはずだ。そんな不安感を打ち破るように、堂々と真っすぐ手を挙げた人がいた。
「皇太子殿下。臨時パーティの指揮と人選を、私に任せていただけませんか」
スターシャさんの芯の通った声が冴え渡る。トマスさんも真摯な顔つきでその提案を受け止めた。
「君は、<ダイヤモンド・ダスト>のリーダーだったな。トーナメントでは見ていないが……自信はあるんだな?」
「トーナメントには参加せず、観戦とデータ収集に徹しておりました。ここにいる勇者全員の特性、能力はすべて把握しています。そのうえで、彼らを生かせる戦術指示を出すことができます」
「ほう」
トマスさんの関心が傾いたところで、ロキさんがそっと耳打ちする。
「彼女、人事部長の娘さん。言ってることは本当だし、めちゃめちゃ優秀だよ」
「なるほど、なら一任しよう。で、誰を連れていく?」
「<クレセントムーン>の2人を」
ほぼ即答に近い形で指名されたリナちゃんとタバサちゃんが、ぴくりと両眉を上げた。
「……その2人だけか?」
「いえ。あともう1人――そろそろ到着します」
スターシャさんが振り返った直後、ジャストタイミングでその人はやって来た。この場にふさわしくない、いつも通りののんびりした調子で。
「やっほ~。こんなとこに集まって何してんの~?」
「……遅いわよ、クルト」
クルトさんは散歩中に偶然会ったみたいな調子で私たちと合流したが、その両手には返り血で塗れた剣がしっかり握られている。彼は大会をサボっていたので、敵には捕まらなかったようだ。
「外であのにゃあにゃあおじさんがめっちゃ大声で叫んでてさ。中に戻ったら魔物だらけで、しかも急に真っ暗になっちゃって。とりあえず敵何体かぶっ飛ばして来たんだけど……何があったの?」
「敵襲よ。魔人が3人、多ければ4人を相手にしなくてはならないわ。<クレセントムーン>の2人と共同で対処に当たります。いいかしら?」
「わあ、こんな可愛い女の子たちと一緒に戦うの? よろしくね~」
テンションの落差の激しいやりとりに、リナちゃんはじとりと眉を寄せる。
「……こんなぽやぽやしたおにーさんで大丈夫ですかぁ?」
「彼は純粋な戦闘力なら、低く見積もってもBランク上位レベルはあるはずよ。それに、<クレセントムーン>の得意戦術は前衛をフォローする立ち回り。あなたたちとクルトなら、効果的な連携が期待できるわ」
スターシャさんの理路整然とした説明の後ろで、クルトさんがぐっと力こぶを作ってアピールする。リナちゃんは複雑な表情をしつつも、それ以上抗議しなかった。
「最後に、捕まった勇者たちを助ける役だが……これは敵の魔術に干渉できる錬金術師が適役だと考える。よって、<ゼータ>の2人に任せたい」
「!」
トマスさんからの指名を受けて、ヤーラ君の細い肩がびくっと揺れる。
「もちろん、2人だけでとは言わない。護衛として<エデンズ・ナイト>についてもらう」
さっきから両の拳を固く握りしめていたレイが、ゆっくりと顔を上げる。どっしりと腰を据えていたガルフリッドさんも自分の斧を支えに立ち上がった。
「絶対にゼクさんたちを助けようね」
私が励ますつもりでそう声をかけると、レイの燃えるような瞳がさらに熱を増す。
「当たり前だ」
その気合の一言だけで、空気が震えるようだった。トマスさんは満足げに笑って、再び全員の顔をぐるりと見回す。
「俺はここに残って、今分けた3チームに<伝水晶>を介して指示を出す。その3チーム以外の勇者はここの防衛を頼む」
トマスさんの仕切りで、私たちのやることは決まった。あとは動き出すだけというところで、彼はもう1つ付け加える。
「――さっき言った『内通者』だが……少なくとも、トーナメントの試合は見ていなかったはずだ」
「どうしてですか?」
私が純粋に疑問をぶつけると、トマスさんはニッと口の端を持ち上げる。
「お前たちの戦いぶりを見ていたら、こんなところに放っておくわけがない。そうだろ?」
仲間とはぐれた勇者。駆け出しで右も左もわからない勇者。無力さに歯噛みしていた勇者。そんな彼らが、トマスさんの自信満々な発言に打たれて瞳の輝きを取り戻す。
「お前たちをフリーにしたことを、後悔させてやれ」
『おお!!』
鼓舞された勇者たちが力強く声を上げる。不安や恐怖を消し飛ばして、勇気を奮い立たせるように。
「……さすが皇太子殿下、人をやる気にさせるのがお上手だこと」
ロキさんが言い方だけは嫌味ったらしく賞賛の言葉を漏らす。
トマスさんの後押しは完璧で、勇者たちはやるべきことを果たしに勇ましく歩み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます