本番に向けて
『ん~~、やはりSランクの壁は厚かった!! 優勝を決めたのは、<スターエース>だ~~ッ!!』
レミーさんの声が、遠い。客席から湧き上がる喝采も、目の前にいるアルフレートさんたちも、すべてが遠くの世界のようだ。
私たちは、負けた。魔界に行くパーティに、選ばれなかった。
これが……現実。
地面ばかりを映す視界に、すっと手のひらが差し込まれる。
「いい勝負だったよ。ありがとう」
「いえ……こちらこそ」
どうにか笑顔を作って、アルフレートさんの手を握り返した。私が落ち込んでいるのは隠しきれていないだろう。
けれど次にかけられた言葉は、私に対する慰めではなかった。
「次は、本気で頼むよ」
「――え?」
その真意を確かめる前に閉会式の時間が来てしまって、私たちもアルフレートさんたちも自分の席に引き返さなければならなかった。
◇
閉会式の間、なぜか私たちは会場の外にひっそり集まっていた。連れ出した当人のスレインさんは少しやりづらそうにしていて、その横には明らかに不機嫌なロゼールさんがいる。
「あのう……?」
とりあえず、スレインさんに話を促してみる。どう切り出そうか考えあぐねている様子だったが、先にロゼールさんがぶちまけてしまった。
「さっさとエステルちゃんたちに教えてあげたら? どうして最後、わざと負けたのか」
「え!?」
驚いたけれど――どこか納得がいった。試合前の違和感。こんなにあっさり負けるはずがないと、そう思っていた。
「どういうことだ、テメェ……」
ゼクさんが低い声で凄んでいる。抑えきれていない怒りが漏れ出ているみたいに。
スレインさんは臆することもなく、説明を始めた。
「正式に魔界へ行くパーティとして選ばれるべきなのは、<スターエース>だと考えたんだ」
「なんだと!?」
「……勇者たちがどうやって魔界へ行くか、知っているだろう?」
「魔界からの『大侵攻』でゲートが開いたときに、魔族たちを突破して開いたゲートに乗り込みます」
教科書を暗唱するみたいに、ヤーラ君が答える。
「その通り。だが、それは正攻法の場合だ。……そもそも、魔族たちはどうやってゲートを開ける?」
「ゲートを開けられるのは、魔王の血を引く魔族だけだから……!」
ヤーラ君も、話を聞いていた私も、一斉にゼクさんを見た。
「そうだ。我々はすでに、魔界に行く手段を有している。ゼク、君はこちらに来るとき、自分でゲートを開けただろう?」
「あ、ああ」
「ならば、正攻法で行くのは<スターエース>。我々は、ゼクの力を使って魔界に乗り込み、合流する。そうすれば――」
「私たちとアルフレートさんたちの、2つのパーティが魔界で一緒に戦える」
「そういうことだ」
考えてもみなかった。<ゼータ>と<スターエース>が力を合わせれば、魔王討伐は遥かに達成しやすくなる。
「そこで、この大会は準優勝で終わらせて、<スターエース>に次ぐ実力があると示しておくだけにとどめようと考えた。おそらく決戦ではトマス殿下が指揮を執るだろうから、そこで私たちを<スターエース>の後ろに配置してもらう」
なるほど、それで<スターエース>が魔界に乗り込んだ後に、私たちもすぐ追いつけるようにしておくんだ。
「だから、決勝ではわざと負けようと――観戦中、マリオと相談していた」
「うん。ぼくとスレインがうまく抜ければ、ちょうどいい感じに負けるくらいの戦力差だと思ったんだ。まあ、ロゼールもヤーラ君も、途中から気づいてたみたいだけどねー」
どうりで、いつもよりロゼールさんがやる気がなさそうだと思った。ヤーラ君も試合中はちょっと困ってるみたいだったし……。
「――ンだよ」
ただ一人だけ本気で戦っていたゼクさんが、また低い声で吐き捨てる。
「要はテメェ、勝負に水差しやがったってことだろ? 余計なことしやがって、クソが」
「……<スターエース>に勝ちたかったのはわかる。だが、我々の本分は魔王を討伐することだ」
「だったら初めからそう言っとけよ!」
「言ったところで、君が賛成するとは思えない」
「なんだと!?」
だんだんヒートアップしてきたゼクさんを、私はそっと手で制した。
「私も、このメンバーで<スターエース>に勝利するところ、見たかったですよ」
「……」
「このメンバーならきっといい勝負ができたと思うし、優勝だって夢じゃなかった。私たちが優勝するところ、レイや応援してくれる人たちに見せてあげたかったですもんね」
ゼクさんの熱は徐々に引いていったようで、眉間のしわはそのままに、長いため息を吐いた。
「……魔王をぶち殺すのは俺たちだ。あいつらにゃやらねぇ」
「ですね」
私たちが会場に戻るとウェッバー会長が閉会の挨拶をしている最中だった。さっきの怒りはどこへやら、隣からゼクさんのイビキが再び聞こえ始めて、それは挨拶が終わるまで続くことになった。
◇
閉会式も終えて、トーナメントは無事終了。会場の人数も多いので、一般のお客さんから帰ることになっていて、私たち参加者はしばらく座席で待つことになっている。いまだに起きないゼクさんのイビキを聞きつつ、私はなんとなく人の流れを見送っていた。
と、イビキにまぎれて慌ただしい足音が近づいてくる。
「エステルさん!!」
「……メレディスさん?」
スタッフ用の出入り口に彼の姿が見えて、私はすぐに階段を下りた。急いで駆けつけてくれたのだろうか、肩を弾ませている。
「今さっき仕事が終わって走ってきたのですが……全然間に合いませんでしたね。試合、どうなりました?」
「勝ったのは<スターエース>で、私たちは残念ながら準優勝でした」
「ああ、そうですか……」
メレディスさんは自分のことのように落ち込んでいる。<ゼータ>の優勝を期待してくれていたんだと思うと、少し申し訳なくなる。
「しかし、Aランクには勝利したのですね。お見事です。いやはや、私も応援したかったのですが……レミーさんが実況に呼ばれたぶん、私が埋め合わせを任されてしまって」
「そうなんですね、お疲れ様です。気持ちだけありがたく受け取っておきますよ。本番は、これからですからね」
私の前向きな言葉が意外だったのだろうか、メレディスさんはわずかに沈黙した後、少し表情を硬くした。
「死なないでくださいよ。敵は……何をしてくるか、わかりませんから」
その真剣な言い方は、私たちに警告を発しているように聞こえた。
「……では、私は仕事のことをレミーさんに報告しに行きます。どうかお気をつけて」
「はい」
メレディスさんを見送ってみんなのところに戻ると――私の席に、別の人が座っていた。
「すまないが、お邪魔しているよ」
「ラルカンさん!」
突然の来訪に一番慌てているのはもちろんスレインさんで、気持ちよさそうに寝ているゼクさんを必死に起こそうとしている。
「試合、見ていたよ。見事なものだった」
「ありがとうございます」
言いながら、ラルカンさんは立ち上がって座席を私に返してくれた。
「ただ――」
ラルカンさんはスレインさんの肩を叩いて振り返らせると、その額にデコピンを食らわせた。
「いっ!?」
「お前、死にすぎ」
おでこを押さえるスレインさんに、ラルカンさんは畳みかけるように言葉を浴びせる。
「まったく、お前は仲間に何かあるとすぐ考えなしに飛び出して。確かにシステム上は本当に死ぬことはないにしても、無茶がすぎる。そんなんじゃあ、お前はさっさと落とされるだけの……」
情け容赦ない兄からの説教に、スレインさんは縮こまって謝り倒すばかりで、後ろでロゼールさんがクスクス笑っていた。
「特に、最後のあれが一等ひどい。わざと負けようとしているのかと思ったぞ」
あ、そこはちゃんとバレてるんですね。
「……いたく反省いたします、が……兄上。わざわざこのために来られたのですか?」
「半分はそうだな。あとは……スレイン。この状況をどう思う?」
「どう、というのは?」
「鈍い奴だ。<勇者協会>の勇者のほとんどがこの会場に集まっている。一般参加客もいる。この状況――お前が魔族だとしたら、どう考える」
スレインさんも、頭の鈍い私にだって、ラルカンさんの言わんとしていることを察した。
「勇者を一網打尽にする、好機です」
「そうだ。僕も大会中はそれなりに警戒していたんだが……ついに魔族の気配はなかったな。だが油断はするな。もしかしたら、今からでも――」
タイミングを合わせたかのように、爆発音が鳴り響く。
音のするほうに目を向けると、帰ったはずの一般客たちがパニックになりながら会場に押し寄せていた。
そのお客さんたちを誘導していたらしいグラント将軍が、ひときわ大きな声で私たち勇者に告げる。
「戦闘準備ーッ!! 外から魔物の群れが、こっちに集まってきてやがるにゃあ!!」
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