流星群

 戦いが始まると同時に、疾風。

 合同作戦で見たときと同じ、信じられないほどの速度でアルフレートさんたちはこちらに迫ってきた。ゼクさんが険しい形相で大剣を抜く。


『いきなりの激突!! ゼクとアルフレートが剣を交える!!』


 大剣の野太い刃の表面を、鋭いロングソードが滑っていく。軌道を逸らされた大剣の刃先が地面に落ち、アルフレートさんの二撃目が側面からなめらかに入り込む。ギリギリのところで首を引いたゼクさんは、頬を少し切られるだけで済んだ。


 当然これだけで終わるわけがない。すぐ後ろに来ていたローラさんがいくつもの火球を打ち上げて、アーチを描くように降らせてくる。その爆撃に入らないルートから、オーブリーさんが大きな槍斧を構えて突っ込んできていた。


 が、降り注ぐ火球は氷の壁にぶつかり、斧の刃も割り込んできた直刀に弾かれる。


「さすがにこの程度じゃ通用しないか」


 ニッと笑ったアルフレートさんは、スレインさんとロゼールさんを見据えているのだろう。


『<スターエース>の見事な連携を、<ゼータ>が跳ね返した! しかし、これは小手調べといったところか!?』


『<スタA>も<ゼータ>も個々人のポテンシャルはメチャ高だけど、<スタA>はそのうえで3人息ぴったりの攻撃してくるからマジヤバなんよ』


 連携の精度では向こうに分がある。でも、人数差では私たちのほうが有利だ。


「ローラ、オーブリー。そっち任せていいかい」


「アル一人で大丈夫?」


「もちろん。他のところを頼むよ」


『了解』


 ローラさんとオーブリーさんはリーダーのもとを離れ、アルフレートさん一人がゼクさんと向かい合う。


「俺とサシでやろうってか。上等じゃねぇか」


「ああ、俺だけで十分だ。Sランクとして、君たちに足りないものを教えてあげるよ」


「ンだと……!?」


 ゼクさんは完全に頭に血が上ってしまったようで、さっきよりも荒々しく剣を振るった。その単調な攻撃では、アルフレートさんには防御もしてもらえず、ひょいひょいとかわされていくだけだ。


 片や、オーブリーさんのほうはスレインさんが相手をし、ローラさんとロゼールさんの魔術師2人がそれぞれの援護に回っている。


『<スターエース>がここで戦力を分散させたけど……得意の3人連携を捨てて大丈夫なのか?』


『なんてゆーか、これが<ゼータ>攻略法のキホンなんよ』


『というと?』


『ぜっくんが一番強くて落としにくいのは確定じゃん? だったら、誰かがぜっくん押さえてその間に他の人数減らして、人数有利作って勝つ! ってのが有効なわけ』


 確かに……アンナちゃんの解説で腑に落ちた。<クレセントムーン>ではリナちゃんが、<AXストラテジー>ではミアちゃんがゼクさんの足止め役を買っていた。2人とも、身軽で素早いからゼクさんは苦戦させられていた。

 <BCDエクスカリバー>には、ゼクさんは最初に倒されてしまったけれど……。


『まー、今までは人数差作っても他の人たちに粘られてケッキョク成功しなかったけど~……』


『天下の<スターエース>がそれをやれば――』


 冷や汗が、頬を伝う。私たちの負けるシナリオ。

 ……いや。逆に言えば、ゼクさんが足止めを食らわなければいいんだ。どうにか、アルフレートさんを突破できれば。……アルフレートさんを? どうやって?


 その答えを示すように、パリンとガラスの砕け散る音が鳴る。次いでわき上がる紫色の煙。これは――


『ここでヤーラが煙幕を張る! ゼクとアルフレートが煙に飲まれた!』


「クソガキ! 何も見えねぇじゃねーか!!」


 いいえ、ゼクさんは見えなくても大丈夫です。煙の中で、彼が動ければ。


 姿をくらましていたマリオさんは、ちょうどいいタイミングで煙幕の中に潜り、アルフレートさんの背後を取った。

 その、はずだった。


 横一文字に走る閃光が、立ち込める煙を綺麗に両断した。

 吹き飛んだ煙の割れ目から、マリオさんの姿が露わになる。アルフレートさんの剣は流れるようにもう一太刀、マリオさんの長身を通り抜けた。


「マリオさん!!」


 身体の裂け目に沿って光の粒子が舞い上がる。奇襲は失敗。


『アルフレートのカウンターが決まった!! マリオ、脱落!!』


『今の煙幕割りはチートっしょ~』


 一人、欠けた。<スターエース>相手にはそれがどんなに痛手か、私にだってよくわかる。


 追い打ちをかけるように、爆発音。見れば、ローラさんの炎魔術の勢いが、さっきとは比べ物にならないくらい苛烈になっていた。

 その爆撃は、とうとうロゼールさんの堅い氷の壁を突き破った。


『うおお、あのロゼールの氷が破壊された!?』


『およ……?』


 無防備なロゼールさんに、炎は容赦なく降り注いでいく。そこでスレインさんが踵を返し、ロゼールさんを抱き上げて爆風の嵐から脱出した。


『ぐぬ……スレインがロゼールを炎の雨から助けるが……』


『イケメンのお姫様抱っこじゃ~ん!! ファンガール増えちゃうよ~!』


 いったんは助かった、けど……危機は終わらない。当然、逃げたスレインさんをオーブリーさんは追いかける。かなり重そうな鎧をまとっているにもかかわらず、その足は軽快だった。


 追いつかれそうになったスレインさんはロゼールさんを下ろすと、すかさず抜刀してオーブリーさんの攻撃に備えた。


「よお、騎士の兄ちゃん。カッコいいじゃねぇか」


 長柄の槍斧が、ギロチンみたいに落ちる。先端の重い斧刃はスレインさんの片刃の剣を真っ二つに割りながら振り抜けて、兜も胸当ても、なりふり構わず破砕した。


『オーブリー、なんという膂力!! スレインの防御を貫通し、撃破ーッ!!』


 息をつく間もない。オーブリーさんの後ろでは、ローラさんが巨大な火炎の塊を生み出していた。ロゼールさんがタバサちゃんに放ったものより、さらに大きな。


『続いてローラの特大の炎魔法! <スターエース>、容赦がねぇ!!』


 その炎は、あまりにも眩しくて直視できなかった。会場中をまばゆく照らす光が、ロゼールさんを飲み込もうとしている。彼女はもはや、抵抗する意思をなくしていたようだった。


 光が弱まると、フィールドの半分を埋め尽くす黒い焦げ跡以外は何も残っていなかった。


『おいおい、ロゼールも脱落か? <ゼータ>はあとゼクとヤーラ、戦えるのが1人しかいねぇぞ!』


『ん~~、まあ、そうだよね~』


 信じられない。状況が呑み込めない。<ゼータ>は強い。<スターエース>にも引けを取らないほど。……そう、信じていた。


 こんなにもあっさりやられてしまうものなの? 私の認識が甘かったの? アルフレートさんたちが強すぎるの?


 ヤーラ君はもうただ立ちすくんでいるだけで、ゼクさん一人、猛る感情に身を任せるかのように剣を振り回している。アルフレートさんはもはや剣すら構えず、軽々とかわしている。


「ほら、こうなっただろう」


「うるせぇ!! まだ勝負は終わってねぇ!!」


「じきに終わる」


「黙れ!!」


 大剣の大振りを身をそらして回避したアルフレートさんの後ろから、オーブリーさんが合流してくる。


「オーブリー、交代!」


「ほいよっ」


 ガギン! と、2つの巨大な武器が唸りを上げた。そこから激しい斬り合いに発展し、唸り声は大きくなる。あのゼクさんに、オーブリーさんは互角の力で渡り合っている。


 そこで、無数の赤い筋が空中に上った。それは細かい炎の箒星で、四方からゼクさんに向かって収束していく。


「こ、の……!!」


 オーブリーさんの隕石みたいな一撃と、ローラさんの炎魔法。ゼクさんは必死に捌こうとしていたが、その足元に何かが直進してくる。


 アルフレートさんが、流星のように白刃の閃光を走らせた。


「ッ……!!」


 脇腹の、わずかな隙間。アルフレートさんの剣は、それを正確に捉えていた。漏れ出す光に、ゼクさんは言葉を失う。


『き……決まったか――ッ!!』


『ありゃ~』


 膝をついたゼクさんは、歯が砕けそうなくらい悔しさを噛みしめて、身体が消滅するその瞬間まで赤い瞳をアルフレートさんから離さなかった。


 取り残されたヤーラ君は、静かに佇んでいる。レオニードさんと対峙したときとは、明らかに違う。


「俺たちは、子供を斬りたくない。降参してくれないか」


 アルフレートさんの提言に、ヤーラ君はゆっくりと振り返る。私の一存に託す、ということだろう。彼の眼に、継戦の意志はない。


 あとは、私が……受け入れるだけ。


「……私たちの、負けです」


 大会の勝者が――魔界へ行くパーティが、決定した瞬間だった。

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