決勝戦へ
試合を終えて、会場内は割れんばかりの喚声に震えていた。その大声は、一人の人間から発せられたものだ。
「うおおおお~~~~~ミアぁぁ~~~~!!! 負けちまって悔しいにゃあああ~~~~!!! でもいい勝負だったにゃあああぁぁ~~~!!!」
感涙にむせぶグラント将軍の横で、ラルカンさんが青い顔のまま耳をふさいでいる。
そのでかすぎる音声をバックに、私たちとトマスさんたちが対面した。
「負けたよ」
きりりとさわやかな笑顔で手を差し出したトマスさんと、私は握手を交わす。
「やっぱり、狙った通りにはいかないもんだな」
「こっちも結構ギリギリでしたよ」
ふと脇を見ると、ミアちゃんが頬を風船みたいに膨らませて不服を表明していた。
「んむむぅぅぅ~~~~」
「そんなにすねるなよ」
「ミアが、おーじさまのゆうとおりにしてれば……」
「いや、俺の見立てが甘かったんだ。お前はよくやった」
トマスさんが優しくなでても、悔しさの風船はしぼみそうにない。自分が迂闊にゼクさんを追いかけてしまったのを気にしているのだろう。でも、ミアちゃんなら悔しさをバネにもっと頑張れるはずだ。
一方で試合前と同様、ロゼールさんがノエリアさんに一声かけようと肩に手を置く。
「ノエリアちゃんも、よく頑張っ――」
「お待ちくださいまし!!」
ロゼールさんのねぎらいの言葉を、珍しくノエリアさんが遮った。
「確かにわたくしはお姉様を手にかけてしまいましたが……あんなものは勝利のうちに入りませんわ。むしろ、わたくしの負けですわね」
「そう。まあ、元はといえばこの人が悪いんだし」
あっさりと開き直ったロゼールさんが、スレインさんに責めるような視線を送る。
「……すまない。だが、もうあんな真似はよしてくれ。心臓に悪い」
その、日頃の自分の行動をまったく顧みないコメントは、ロゼールさんはもちろん私やノエリアさんまで唖然とさせた。
「どっ……の口が言ってんのよ、この大馬鹿!」
ロゼールさんも視線だけでは飽き足らず、今度は胸当てを肘で叩き始める。ノエリアさんは少し複雑そうな顔をしたが、すぐに勝気な笑顔を作った。
「まったくですわ! お姉様を心配させるなんて罪なお方ですこと!」
「そうよそうよ。もっと言ってやんなさい!」
「……なぜ私が責められる流れになっているんだ?」
こうなるのも当然ですよ、と心の中で言い添える。スレインさんは、自分のことには疎いんだから。
「やあ、ヘルミーナ。目刺しちゃってごめんねー?」
今度はマリオさんがフォローになってないフォローをする。当のヘルミーナさんは、熱に浮かされたみたいにぽーっとしていた。
「……ヘルミーナ?」
「えっ!? あ……うん」
どうにか返事をしても、意識は別のところに向いているように見える。疑似的にでもマリオさんに刺されたことが、彼女には響いたらしい。
「そーいえばさ~」
悪意に満ち満ちた切り出し方をしたのは、ロキさんだった。
「結局ボク死んじゃったよね~。シグのせいだからね~」
「……チッ」
ロキさんは自ら囮役をやったにもかかわらず難癖をつけて、シグルドさんの額に青筋を浮かべさせた。試合に負けた後でも変わらず仲が良さそうだ。
「あの……すみません。僕、役に立てなくて……」
ヤーラ君がうつむきがちにぽつりと呟く。真っ先に落とされてしまったのを気にしてるんだろうか。
「そんなことないよ。シグルドさんがすごかっただけだよ」
「まあ、一番残ってたら厄介だから最初に狙ったんだよね?」
ロキさんがフォローを兼ねての代弁をするが、シグルドさんはうんともすんとも答えない。かわりに、ゆっくりとヤーラ君の前に歩み寄り、エメラルドグリーンの瞳でじっと小さな少年を見下ろした。
「君の声が、一番よく聞こえたからだ」
その透き通った綺麗な声を、私は久しぶりに耳にした。ヤーラ君も何かを察したように、大きく見開いた目をシグルドさんに返す。それで満足したのか、シグルドさんはさっと踵を返して戻っていってしまった。
◇
『さあ、いったい誰が予想したでしょうか、この展開!』
『レミおじは予想してたっしょ』
『……オホン。ついにやってきた決勝戦! 最強勇者パーティ<スターエース>に挑戦するのは今大会のダークホース! <ゼータ>だぁ――ッ!!』
今日一番の歓声を浴びながら、私たちは最強の3人と対峙する。
つい今朝方、のんびり談笑しながら一緒にお菓子を食べていた人たち。おどけて冗談を飛ばしていたオーブリーさん。甘いものに夢中になって幸せそうに味わっていたローラさん。そんな様子をにこやかに見守っていたアルフレートさん。
――その面影は、ひとかけらもない。最強と謳われるにふさわしい、凛とした威風と威圧感。まるで、別人だ。
中心に立っているアルフレートさんが、余裕たっぷりに微笑む。
「遠慮はいらないよ」
……遠慮、してるわけじゃないんですけど。プレッシャーに圧倒されそうになっているところで、ゼクさんに背中を叩かれた。
「ビビってんじゃねぇ! 誰が相手だろうと、ブチのめすぞ」
「……はい!」
私たちだって、強い。それは間違いないんだ。
ただ……1つだけ不安があるとすれば、人選。<スターエース>は3人パーティだから、こちらも3人に絞らないといけない。向こうの戦い方もよく知らないのに。
そんな悩みを見透かすように、アルフレートさんが信じられないことを言った。
「<ゼータ>は、全員参加でいいよ」
「え?」
耳を疑った。いくら<スターエース>の3人が百人力だとしても、<ゼータ>のみんなだってそれに匹敵するだけの力がある――と、私は信じている。
「別に、甘く見ているつもりはない。ただ、今までの試合で君たちは手の内を見せてしまった。俺たちはそうじゃない。人数を3人ずつに揃えたとして、こちらが有利になってしまう。そうだろ?」
アルフレートさんの理屈はもっともらしく聞こえる。でも……。
鉄兜で目元は見えなくとも、不敵な笑みが彼の本音を雄弁に物語る。
「お互い、全力を尽くしましょう」
「ああ」
ここで勝ったパーティが、魔界への切符を手にすることになる。本当に魔王を倒せるのか、全力の勝負でなければわからない。
そういうことですよね、アルフレートさん?
『えー、<ゼータ>の選出メンバーは……え、全員? いや、だって、それじゃあ……』
『なるほどなるほど~。おもしろくなってまいりましたナ~』
6対3。前に出る戦闘員だけ数えても4対3。数字上だけなら私たちが優勢になる特例ルールがレミーさんたちに告知されて、会場はざわめきに包まれていく。
それでも、人数的に有利な私たちへの不満の声が上がることはなかった。たとえ6人相手にしても、<スターエース>が負けることはない――そう考える人が大多数のようだ。
『手に汗握る最終戦! いったいどちらが魔王討伐パーティとなるのか!?』
ワッと場内が湧き上がった。続いて巻き起こるのは、<スターエース>への応援コール。
「誰も、私たちが勝つなんて予想してないんでしょうね」
すぐ横で苛立たしげに眉根を寄せていた彼は、悪者みたいに口の端を持ち上げた。
「面白ェ」
ゼクさんはそれだけ呟いて、お芝居の悪役みたいに肩で風を切って前に出る。私は自分の定位置、指揮官席へ上った。
そうして改めて仲間たちを見渡して――私は、妙な違和感に襲われた。
やる気に満ちているゼクさんは、普通。でも他の仲間は……今までと、何か違う。
『いよいよ試合開始です!!』
よくわからない不思議な感覚が拭えないまま、ゴングが鳴らされてしまった。
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