個の力

 前方からミアちゃんの鋭い爪が、後方からシグルドさんの矢のような短剣がゼクさんを挟んで押し寄せてくる。よける暇もなかったゼクさんは、ミアちゃんに体当たりする格好でシグルドさんの短剣から距離を取ったが、切っ先だけがその背まで届き、浅い創傷を与えていた。


 ゼクさんが振り返る合間にも一太刀、短剣の身軽さを活用して、シグルドさんは絶え間なく斬撃を繰り出す。ゼクさんは大剣を盾に防ぐも、細かい攻撃でじわじわと傷を増やしている。


『シグルド、弓だけでなく近接戦闘も行けるのか!! 天は二物を与えるのか!!』


『顔もいいから三物与えられてるよね』


 シグルドさんの短剣捌きは見事なもので、防御の手の届かないところを素早く的確に狙っている。

 この熟達の戦士すら、トマスさんは陽動として使ったらしい。いつの間にか、小ぶりな剣を構えたロキさんが忍び寄っていた。


「クソ……!」


 手の足りないゼクさんは、横目でなんとかロキさんを確認するだけだ。

 それでもただ1人、この奇襲を察知していた人がいた。


 ロキさんの身体が、突然がっちりと空中に固定されたみたいに動かなくなった。


「うわ!?」


『これは……糸か!!』


 ずっとロキさんを追跡していたのだろうか、マリオさんが右手に巻きつけた糸を引く。


「……なぁんてね」


 ニヤリと悪童の笑みを浮かべたロキさんは、魔術か何かでするりと糸から脱出し、マリオさんのほうに飛び込んでいく。


 剣術の心得はあると言っていたロキさんだけど、さすがにピッタリの距離ではマリオさんのほうに分があったと見えて、スーツの袖に仕込まれていた刃物がロキさんの首元で閃いた。


 舞い上がる光の噴水に、マリオさんが細い目をさらに細める。その中にあっても、ロキさんはにやついた口元を崩さなかった。


 はっと何かに気づいたマリオさんが、腕を交差して身を守る態勢に入る。

 ロキさんを包む白い光の塊から、ミアちゃんが飛び出してきたのだ。


 小さいながらも獣人の腕力を乗せた爪の一撃は、両腕の守りを容易く貫通し、胸のあたりを大きく抉り抜いた。


『おおお、何かいろいろあったが……ロキとマリオが落ちたぁ――ッ!!』


『シグ様でぜっくんの気を引いてぇ、フリーになったミアにゃんをロッキーが隠し持ってたんだねぇ。てか、「致命傷を受けると光に包まれて退場する」ってシステムを目眩ましに使うロッキーの発想力、マジヤバじゃない?』


『ンン~~、奇襲に奇策に……。<AXストラテジー>は人数が多いことの利点を最大限に生かしてる感じだな』


 確かに、こちら側は「誰かに気を取られている隙に」やられるパターンが多い気がする。トマスさんがそういう作戦を立てていたのだろう。だけど、向こうも人数が減れば――


 キン、と甲高い音を立てて、剣が宙を舞った。

 その持ち主であるノエリアさんは、身体中を切り刻まれて息も絶え絶え、もはや風前の灯火だった。単純な剣の腕比べでは、スレインさんには敵わなかったようだ。


 それでもノエリアさんの闘志は死んではいない。武器を失った右腕をまっすぐ突き出し、炎の塊をまとわせる。


 爆炎の射出と、スレインさんの直刀の一閃は同時だった。炎は軌道から逸れた鉄兜の端を焦がすだけに終わり、閃く白刃はノエリアさんを容赦なく斬り裂いた。


「お見事ですわ……!」


『ここでノエリアちゃんが刃に倒れた!! <AXストラテジー>の人数有利がなくなってしまったぞ!!』


 スレインさんは勢いそのままに、ミアちゃんとシグルドさんに囲まれたゼクさんのもとへ駆けていく。シグルドさんが飛びのきざまに一矢放つが、スレインさんはすぐさま剣で弾き落とし、そのままミアちゃんに斬りかかる。


 その凄まじい剣速もミアちゃんの眼に追えないスピードではなかったようで、猫の獣人らしい身軽さでスレインさんを飛び越えるようにひらりとかわされてしまった。


 そこからほぼ同時のタイミングで、ミアちゃんの爪とシグルドさんの矢がゼクさんとスレインさんに襲いかかる。その攻撃は四方八方から続き、反撃の隙を与えてもらえない。


『<AXストラテジー>、巧みな連携で<ゼータ>を追い詰めている!』


『そこが<ゼータ>と<ストラテ>の差だよね~。ミアにゃんもシグ様も、ちゃんと練習してきた動きしてるし。ほら、ぜっくんとスレ様を内側に追いこんで常に囲んでるカタチにしてるっしょ』


『確かに。同じ2対2でも、連携だけでいえば<AXストラテジー>が有利か?』


 チームワークに不安があるのは以前からそうだったが、ここにきて致命的な弱点になってしまうなんて。……いや、きっとトマスさんはそのことをわかっていて作戦を立ててきたのだろう。


「おい、もっとそっち行けよ!」


「これ以上は無理だ!」


 包囲されたゼクさんとスレインさんは背中合わせになりながらも、動きがちぐはぐでお互いの邪魔をしてしまっている。このままじゃ……。


 激しい攻防の合間、スレインさんがゼクさんに何かを呟いている。ここからでは聞こえないが、ゼクさんの反応ははっきりと伺えた。


「はぁ? 馬鹿かテメー!」


「それしかない。ここで負けてもいいのか」


「……」


 ゼクさんは渋りつつも、私の顔をちらっと確認して、大きく舌打ちをする。


「しょうがねぇ、クソ……」


 不満を吐き出した直後、にわかにその三白眼がぐわっと見開き、短い雄叫びとともに大剣を思い切りぶん回した。


 その荒々しい一撃は最初こそミアちゃんを驚かせたものの、なんてことはなく軽快な身のこなしであっさりと避けられてしまう。大きな鉄塊は空を裂くが、ゼクさんの赤い瞳はギロリと小さな戦士を睨む。ミアちゃんは第二撃に備えて身を固めるが――


 ゼクさんは攻撃を続けることもなく、くるりと身を翻して、その場から脱走した。


『なぁっ!?』


 彼のことを知っている誰もが目を疑ったはずだ。あのゼクさんが、戦いの途中で逃げるなんて。

 虚を突かれたミアちゃんも、本能的にゼクさんを追いかけた。


「戻れ、ミア!! 奴らの狙いは――」


 トマスさんが引き止めようとしたときにはすでに遅く、ミアちゃんの背後にはスレインさんがピタリとついていた。腕に、脚に、矢を受けたまま。


 それでも一直線に走り抜ける白刃は鋭く、咄嗟に飛びのいた獣人の脚力にすんでのところで追いついて、右足を深々と斬り裂いた。

 横転するミアちゃんに剣を振り上げたスレインさんだが、シグルドさんはそれを許さず、柄を握る手を正確に射抜いて食い止める。


 シグルドさんがトドメを刺さなかったのは、すでに逃走をやめたゼクさんが鬼の形相で戻ってきていたからだった。


『<ゼータ>、ヒットアンドアウェイで相手を分断し、ミアちゃんに大ダメージを与えた!! しかし、スレインは実質戦闘不能!!』


『ん~~、<ゼータ>的には1対1.5って感じだけどぉ……』


 ゼクさんはまず、シグルドさんめがけてまっすぐに突進していく。当然、矢による迎撃が待っているが、急所を守るだけで他は刺さっても気にも留めない様子だった。ある程度の距離になり、シグルドさんが短剣を抜く。


「ぬらああああ!!」


 これまでの鬱憤を晴らすみたいに、ゼクさんは巨大な鉄塊みたいな剣を力任せに振り回す。身体の小さいミアちゃんなら器用にかわしていただろうけれど、長身のシグルドさんにはこの猛攻は厳しかったようだ。


 たった一度の受け太刀で、短剣が砕け散った。


「!!」


 体勢を崩したシグルドさんは、あえなく大剣の餌食となる。


『胴体真っ二つ!! ついにシグルドが落ちた!!』


『この状況なら、ぜっくんは百人力だもんね~』


 客席からおもに女性の悲鳴が上がる。でも、勝負はまだ終わっていない。


「ミアが来ているぞ!!」


 もう身動きもとれないスレインさんが、決死の大声を振り絞る。ゼクさんはぐるりと踵を返し、片足一本で飛び込んでいたミアちゃんを、全力の突撃でもって出迎える。


 鉄の刃と鋭い爪が、直線上で交差する。


 2人の身体には、それぞれ大地の裂け目みたいな傷が広がっていた。ほとばしる光の中で、ゼクさんがニィと口の端を上げる。


 その背後で、小さな獣人の戦士が力尽きたように地面に崩れ落ちた。

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