一進一退
流星群のように降り注ぐ火球が、何度も何度も地面を揺るがす。<クレセントムーン>の矢と炎の雨ほど密度は高くないが、1つ1つの威力は段違いだ。
前と同じように、ロゼールさんは氷の防壁を林立させて炎を防ぐ。前衛陣がその壁に隠れつつ接近する、という作戦も使っていたけれど――
「ゼクが左側、スレインが右側から来るぞ!! マリオは右奥のあたりに潜んでるから、注意しろ!!」
戦場を俯瞰して注意を促すトマスさんがいるため、奇襲は難しい。向こうの作戦指示はすべて手のサインで伝えているようで、私たちからはどんな作戦で来るのかもわからない。
まずはミアちゃんが氷壁の上からゼクさんに飛びかかり、反対側ではノエリアさんがスレインさんのほうに炎魔法を集中砲火して出迎えていた。
居場所が掴まれてしまったマリオさんは移動しようにも、シグルドさんが矢で牽制して思うように動けていないようだ。
「マリオさん、後ろ!!」
ヤーラ君の鋭い警告で、マリオさんは反射的に背後に蹴りを入れる。足が何かに当たったように跳ねて、地面に転がるロキさんが現れた。姿を消す魔術を使っていたのだろう。
ロキさんはわざとらしくモタモタしているが、マリオさんは迂闊に近づかない。顔を出せば、シグルドさんの矢に射抜かれてしまうからだ。
『両パーティが各所でぶつかり合う!! しかし、<ゼータ>が徐々に押し返しているか!?』
『それはどーかな~?』
アンナちゃんがそうほのめかした直後、飛び回っていたミアちゃんにゼクさんの強烈な裏拳が入った。小柄な身体は吹っ飛んでいき、客席からグラント将軍の野太い悲鳴が上がる。
が、手痛い一撃を食らったはずのミアちゃんはすぐに起き上がり、何事もなかったかのように駆け出した。さっきよりも、素早い動きで。
私は見逃さなかった。一瞬だけミアちゃんの傍を通った、ヘルミーナさんの姿を。
『なるほど! ヘルミーナちゃんが負傷者をすぐに治療して、ついでに補助魔法で強化してるわけだ。<ゼータ>としては厄介な相手だが……』
『ヘルミン足はっやいし、うかつに追いかけるとシグ様にズドンされちゃうからね~。このまま持久戦に持ち込まれると、マジキツだと思うよ』
簡単に相手を倒せないんじゃ、じわじわとみんなの体力が削られていくだけだ。でも、トマスさんが用意した作戦は、それだけだろうか。彼はまた無言でハンドサインを送っている。
「ゼクさん!! 後ろから来てます!!」
ロキさんの動向を見張っていたヤーラ君が、再び注意を促す。ゼクさんは身を翻し、背後に迫っていたロキさんを斬りつけようとするが――
「罠だ!! 矢で狙われている!!」
今度はスレインさんが叫ぶ。同時にシグルドさんの弓を離れた矢が、凄まじいスピードで氷壁の間を通り抜けていく。ゼクさんはなんとか壁に身を隠してやり過ごした。
だが、その矢が狙っていたのはゼクさんではなかった。
「っ……!?」
「ヤーラ君!!」
真っすぐ伸びた無慈悲な矢は、ヤーラ君の心臓のあたりを正確に射抜いている。
『シグルドが狙ったのはヤーラだった!! 完全に不意を突かれた格好!!』
『ほほ~、シグ様いい判断。ヤーきゅんは残ってたら一番めんどい相手だもんね』
またこちらが先に1人失うことになってしまった。ヤーラ君がいなければ、消えたロキさんを追うことができなくなる。
早くもその影響が出て、再びミアちゃんを相手取ったゼクさんも、背後を気にしてか注意力が散ってしまっているようだ。ロキさんがまったく姿を見せずに影を潜めているのが、いっそうみんなの警戒心を引き上げている。
カキン、と金属音が高鳴ったのに目を向ければ、スレインさんがノエリアさんの剣を弾き返し、その隙に二の腕のあたりに一太刀浴びせていた。当然、すぐさまヘルミーナさんが治療に駆けつける。
だが、スレインさんは追撃をかけることもなく、ノエリアさんに背を向けて駆け出した。
『スレイン、治療の隙にゼクのカバーに向かった!』
「そうはさせませんわ……!」
傷も治ったノエリアさんは、すかさずスレインさんを追う。
――その後方から、パキン、と何かが凍る音が響いた。
「!」
はっと振り返ったノエリアさんの視線の先には、足元を氷漬けにされたヘルミーナさんがいる。
状況を理解した頃にはすでに遅く、ノエリアさんの周りを透明なドームが覆った。
「私の氷は100年は解けないわよ」
2人の不意を突いたロゼールさんが不敵に笑うと、氷のドームの脇をスレインさんが駆け抜けて、足を封じられたヘルミーナさんに斬りかかる。直刀に打たれたその細腕だが、鎧にでも弾かれたように刃を通さない。
『スレインとロゼール、巧みな連携でヘルミーナを追い詰めるが――』
『ヘルミン自分にも防御魔法使えるから、簡単には落とせないね~』
でも、ヘルミーナさんは身動きが取れないままだ。このまま魔術の効果が切れれば――そんな甘い見通しを、一本の矢が引き裂く。幸いにして矢はスレインさんに見切られて当たることはなかったが、余計にヘルミーナさんを落としづらくなった。
追い打ちをかけるように、爆発音。氷に封じられていたノエリアさんが、炎魔法でドームを打ち破っていた。
「わたくしの愛の炎は、1000年は消えませんわよ!!」
よくわからないことを叫びつつ、ノエリアさんが剣を突撃槍みたいに構えて突っ込んでくる。スレインさんは剣で受け止める態勢に入るが、ここぞというタイミングでシグルドさんが矢を放った。
矢は一瞬のうちにスレインさんの首元まで迫り、咄嗟に直刀が矢を払い落したものの、その脇からは姿勢を低くしたノエリアさんがまさに剣を突き出そうとしていた。
もう、防御は間に合わない。絶体絶命のスレインさんの前に、何かが割り込む。
鋭い刃が、深々と肉を抉る。
スレインさんも、攻め手であるノエリアさんまで、驚愕に目を見張った。
「ロゼール……?」
「少しは……庇われる身にも、なってみなさい」
ノエリアさんの剣は、間違いなくロゼールさんの腹部を貫いていた。
『ロゼール、スレインを庇う格好で倒れた――ッ!!』
『わお、いつもと逆~!』
立ち上る光が掻き消えて、茫然と向かい合う2人の剣士が残る。見つめ合う2人の瞳にギラギラとまばゆい闘志が宿り、それはそのままお互いの剣に乗って、激しく閃光を散らした。
それは実質1対1ではなかった。足を奪われつつも、ヘルミーナさんがノエリアさんを援護すべくそちらに手をかざしていたのだ。
そのすぐ真横を、1本の矢が掠めた。スレインさんを狙ったものではない。
矢を完全に見切ってかわした彼は、背後からヘルミーナさんの細い首を腕でがっしり捕まえて、振り返る暇も与えずナイフを突き立てる。
「ヘルミーナ!!」
ノエリアさんが名前を呼んだ頃には、ヘルミーナさんの大きな瞳を短い刃が抉り抜いた後だった。片目を失った彼女は、自分を捕らえた暗殺者に残ったほうの目で愛おしそうな眼差しを送る。
「モーリス……」
「やあ、ヘルミーナ」
模擬戦とはいえ、とても命のやり取りをしているとは思えない雰囲気だった。
『うわぁ――っ!! あんちきしょう、女の子の目に!! なんてひでぇ!!』
『レミおじ、どおどお。……これで<ストラテ>は持久戦の目がなくなっちったね~』
『ふー……。まあ、ゼクはミアちゃんが押さえてて、スレインとノエリアちゃんも激しくカチ合ってる。マリオはシグルドとトマス皇子が見張ってるだろうし、ロキは姿をくらましたまま。まだ若干<AXストラテジー>が有利な気がするけどな』
『でもぶっちゃけ、このままだと<ストラテ>は打点ないんよね。ミアにゃんもノエ嬢も1人で相手倒し切るにはしんどいし、マーくんはシグ様の矢当たらないし』
『んじゃ、隠れて戦況に手を出せるロキが鍵になるのか』
『……ロッキーだけじゃないっぽいよ』
アンナちゃんの解説を受けて再び戦場に目を凝らすと、さっきまでいたはずの人が消えているのに気がついた。
ありとあらゆる場所に正確無比の弓で介入していたシグルドさんが、短剣片手にゼクさんの真後ろに迫っていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます