挨拶に代えて

 その巨大な刃は、レオニードさんの右腕の中を通って首の後ろから突き出している。その下で地面を背につけたヤーラ君は、右手の裂傷以外に傷はない。


 時が止まったみたいな静寂がこの場を支配する。やがてレオニードさんの姿が消えてなくなると、だんだんと時間の流れが戻ってきた。


『お……おおおお~~~っ!!』


 間を置いて状況を理解し始めたレミーさんを始め、他の観客たちも、この思わぬ結果に驚嘆の声を上げている。


『なんという波乱の決着!! ただ1人残された非戦闘員のヤーラが、<BCDエクスカリバー>のエース・レオニードを打ち破った―――ッ!!!』


『ヤーきゅんマジすっご~~~い!! どんどんど~ん! ぱふぱふ!』


 レミーさんの興奮交じりの実況とアンナちゃんの一人ファンファーレを受けて、会場の歓声はボリュームアップしていく。


 大きな賞賛を一手に受けたヤーラ君だけど、起き上がって立ちすくんだまま動かない。

 そのうちに両パーティのメンバーがぞろぞろと集まって、私も仲間たちに合流した。まずはレオニードさんが、ヤーラ君の背中を思いっきり叩いた。


「やるじゃねーか! なあ?」


 白い歯を見せて激励するレオニードさんに対して、ヤーラ君はややうつむきがちに目をそらす。


「……先輩が義手じゃなかったら、僕の負けです」


 レオニードさんは、今度はその小さな肩にそっと手を乗せる。金属製の、優しい右手を。


「バーカ。そんなこと言ったら、お前がスーパー錬金術使ってりゃあ俺たちは軽く全滅してたろ。もしもの話なんかしたって意味ねぇんだよ」


「……」


 どこか複雑な気持ちなのだろう、手放しで喜ぶ気にはなれないようだ。


「ゲンナジーさんも……すみません。あんなことしてしまって……」


「んぉ? 何のことだぁ?」


 さっきよりは酔いが醒めてきたらしいゲンナジーさんだが、試合中のことはあまり覚えていなさそうだ。


「……先輩。あの、マリオさんは別に――」


「あーあー、わーってるよ。俺はこのニヤケ面にムカついただけだっつの」


「ところでよぉ、試合ってこれからだっけ?」


 ゲンナジーさんはこんな調子だし、マリオさんもどこ吹く風でにこにこしているので、ヤーラ君も心配のしすぎだと自覚したのか、小さくため息をつく。


「っかし、やっぱ<ゼータ>強かったなぁ~! いいとこまで行ったのによー」


「ゼクさんさえ倒せば勝てると思ってたんだけどね~」


 ラムラさんの流し目に、ゼクさんは渾身の眼光を返す。彼女は愛用の煙管を片手にクスクス笑うだけだった。


「結局、ゼクが一番最初に落ちちゃったね」


「殺すぞ、クソ糸目」


「それだけ警戒されてたってことですよね? 私も焦りましたよ」


「でも、そこの殺し屋さんも手強かったけど~……最終的には、ヤーラの頑張りが決め手かしらね~」


「そうですね」


 私とラムラさんの労いを受けて、ヤーラ君は照れくさそうに頬を掻く。私はさっきのレオニードさんみたいに、ヤーラ君の頭を軽くなでた。


「ありがとう。頑張ってくれて」


「……!」


「ヒュ――ッ、モテモテじゃねーか!! そこだ、行け! 抱きしめろ!」


「ぬあああああっ!! オレも女の子にナデナデしてもらいてぇよぉーっ!!」


「キャハハハハ!」


「うるさいなぁ、もう帰ってくださいよ! 僕たちまだ次があるんで!」


 レオニードさんたちが普段通りのやかましさというか賑やかさを発揮し始めて、ヤーラ君もようやく調子を取り戻したみたいだった。



  ◇



 いよいよAランク戦、私たちにとっては準決勝だ。対面して一列に並ぶ6人は、私たちのよく知っている顔ぶれ。


『さあ、皆さんお待ちかね! Aランク代表は<AXストラテジー>!! 彼らはパーティ結成したての頃、<ゼータ>の世話になったという浅からぬ縁があります』


『<ゼータ>がなかったら解散してた可能性あったもんね~』


 レミーさんとアンナちゃんの紹介を受けて、トマスさんが苦笑いしている。最初に会ったときを考えれば本当に立派になったし、会わない間にもまた雰囲気が変わった。


「世話にはなったが、手は抜かないぞ」


「わかってますよ」


 強い意志のみなぎる眼差しに、私は笑顔で応える。他の5人もそれぞれやる気に満ちているのが伝わってくる。


「ミアああああぁぁぁ―――ッ!!!」


 客席から、信じられないほどの大音量の声援が飛んできて、鼓膜がちぎれそうになった。見れば、ミアちゃんのお父さん――グラント将軍が大きな手をぶんぶん振ってアピールしている。


「頑張れえええぇぇ――ッ!! 負けるにゃあああぁぁぁ――ッ!!」


「おとーさーん!」


 ミアちゃんもぴょんぴょんジャンプしてお父さんに手を振り返した。……今気づいたけど将軍の隣にはラルカンさんがいて、爆音の激励に辟易としている様子だ。そんなお兄さんを見て、スレインさんもはらはらしている。


 将軍だけでなくミアちゃんの兄弟らしき人たちも騒ぎ始めて、会場はやや騒々しくなってきたが、ロゼールさんとノエリアさんは別世界にいるかのようにお互い手を取って見つめあっている。


「ああ、お姉様……今日はお姉様の胸を借りるつもりで、精一杯やらせていただきますわ」


「ええ、遠慮なんていらないわ。私に勝てたら褒めてあげる」


「まあ……! お姉様、わたくしをその気にさせるのがお上手ですこと」


 ノエリアさんの強気の瞳から、とてつもない勢いで炎が燃え上がっているような錯覚さえ覚える。

 片やヘルミーナさんとマリオさんはなぜか握手を交わしている。ご丁寧に、マリオさんは手袋を脱いで。


「あの、よ、よろしくね……?」


「うん。よろしくー」


 ヘルミーナさんは何やら期待を込めた瞳でマリオさんを見上げている。恥ずかしそうにしているわりに、ぎゅっと握った手をなかなか離そうとしなかった。


「そうそう、今回はボクも出るからね」


 いつの間にか隣にいたロキさんが、例のいたずら小僧の笑みを作っている。


「え、ロキさんが?」


「こう見えても、昔は剣術習ってたんだよ? ほぼサボってたけど。シグ、ボクの援護よろしくね~。ボクが死んだらシグのせいにするからね」


「……」


 後ろにいたシグルドさんは大げさにため息をつくが、ロキさんはどこ吹く風でニヤニヤしながらちょっかいをかけている。相変わらず、仲がいいみたい。


 でも……ロキさんが出るということは、こちらも戦闘には5人出さないといけない。ということは――


「大丈夫です」


 私の心を読んだかのように、ヤーラ君が落ち着いた声で微笑みかけてくれる。


「さっきので、だいぶ慣れましたから」


 あの勝利が確かな自信に繋がったのだろうか、緊張している様子はほとんどない。

 6対6、この大会で初めてのフルメンバーだ。<ゼータ>の全力が出せるということになる。けど、それは相手も同じ。


『一人一人がずば抜けたポテンシャルを持つ個性派軍団<ゼータ>か! トマス皇子の指揮のもと、変幻自在の戦術を体現する<AXストラテジー>か! 注目の試合が今、始まります!』


 開戦を告げるゴングが高らかに鳴り響く中、先駆けたミアちゃんが一直線に迫りくる。ゼクさんたちは一斉にその小さな鉄砲玉を迎え撃つ態勢に入った。


 が、ミアちゃんはその途中で急停止し、ぴょんと後ろに飛びのいてしまう。遅れてついてきていたノエリアさんが入れ替わりで前に出て、煌めく剣を高くかざした。


「さあ、わたくしの全霊の愛を、受け取ってくださいましっ!!」


 切っ先から噴出した炎は一気に広がって、津波のごとくこちら側へ殺到する。逃げ場のない火炎の波に、かたまって待ち構えていたゼクさんたち5人があっという間に飲み込まれるのが見えた。


『い、いきなりの特大炎魔法――ッ!! 並みの人間ならあっという間に消し飛んでしまいそうな威力だが……!?』


 炎が去ると、一面を埋め尽くす黒煙の海が残る。その煙が晴れていくと、美しく透き通った大きなドームがその全貌を現した。


『ロゼールの氷が、<ゼータ>全員を火炎地獄から救っていた!!』


『そー簡単にはやられないよね~』


 渾身の魔術を打ち放ったノエリアさんは、さして動揺もせず、むしろ期待していたかのように笑った。


「今のはほんのご挨拶ですわよ」


「だと思った」


 ロゼールさんもそう言って微笑み返し、それが本格的な戦闘開始の合図となった。

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