旧知の2人
『<クレセントムーン>、最後まで粘りを見せたが敗北!! <ゼータ>の壁は厚かったッ!!』
レミーさんが試合結果を告げると、知らぬ間に増えていた<クレセントムーン>支持の観客が健闘を称える拍手を送った。
『<クレム>もいいセンいってたけどね~。最初にマーくん落としたやつとかマジ感動したんだけど』
『後半も、ロゼールが先にやられてたらわからなかったもんなぁ』
確かに、<クレセントムーン>は強くなっていた。元Aランクと元Eランクの差に苦しんでいた頃が嘘のように、4人が一丸となって戦っていた。
激闘を終えて、私たちと<クレセントムーン>の4人が再度顔を突き合わせる。彼女たちはみんな清々しい表情を並べていた。
「あーあ、ロゼールをハチの巣にしてやるチャンスだったのに」
エルナさんが冗談めかして肩をすくめた。
「タバサも惜しかったわよねぇ」
「私、当分トラウマになりそうですよぉ……」
「あら、もっとひどいトラウマ植え付けてあげようかしら」
「この女……!!」
ロゼールさんに本当に弓を引こうとするエルナさんを、タバサちゃんが必死で止めに入る。
「リナ、おっきいお兄さんには負けてないですからぁ。ここは実質リナの勝ちですよねぇ?」
「ンだとチビコラァ!!」
こっちはこっちで不毛な争いを繰り広げている。もはや第二ラウンドが始まりそうなその傍らで、マーレさんがすっと手を差し出した。
「あたしたちの完敗だよ。おめでとう!」
「マーレさんたちも、すごかったですよ」
私がマーレさんと握手を交わすと、それまでの空気が一気に穏やかなものに塗り替わった。
「ここまでいい勝負ができたのは、きっとエステルのお陰だね。なんか、不思議とスカッとした気分。……でも、実は結構悔しい」
照れたように笑いながらぽつりと付け加えた言葉は、マーレさんの紛れもない本心なのだろう。やる気がないと自分を卑下していた彼女は、もうここにはいない。
再び顔を上げたときには、いつもの弾けるような明るい笑顔を見せてくれた。
「次、Bランクでしょ? レオニードのとこだよね。頑張ってよ!」
「頼むわよ。もし負けたら、うちらがあの酔っ払い軍団より弱いことになっちゃうんだから」
エルナさんは冗談なのか本気なのか……。そこでマリオさんが客席を指さした。
「レオニード君ならそこだよ。ヤーラ君と一緒にいる」
……試合前、唯一出場していないヤーラ君は客席にいてもらうことになって、そこにレオニードさんたちが絡んでいったのは覚えている。今は――
「さっすがゼクの兄貴ィ!! イエーイ、<ゼータ>最強~ッ!!」
「くそおおお!! 女の子たちをあんな目に……許せねぇ!!」
酔ってる。レオニードさんもゲンナジーさんも、間違いなく酔ってる。隣で煙管をくゆらせているラムラさんも、もしかしたら手に持っている瓶はお酒かもしれない。そんな元仲間たちに囲まれているヤーラ君は、虚無感を極めたような表情で座っている。
「……絶対、負けないでよ」
エルナさんの切実な一言が、背後から刺さった。
◇
酔っぱらっていたとはいえ、<BCDエクスカリバー>は油断できる相手では決してない。今回の相手は3人。私たちはまた、控室で出場メンバーを考えていた。
「俺は当然出るよな?」
「そうですね。ゲンナジーさんに腕力で対抗できるの、ゼクさんくらいしかいないですし。となると、あと2人ですけど……」
単純に戦力で考えれば、あとはスレインさん、ロゼールさん、マリオさんの中から2人選ぶことになる。だけど――
「注意すべきは、レオニードのあのスピードとラムラの魔術だな」
スレインさんが仲間たちを見回すと、すぐにマリオさんが手を挙げた。
「ぼくなら、レオニード君の動きもある程度目で追えるけど」
「そうだな、マリオはいたほうがいい。エステルもそれでいいか?」
「もちろんです」
「今度は最初に落ちんなよ」
「気をつけるねー」
ゼクさんとマリオさんは確定として、あと一人。そこでロゼールさんが優雅にあくびをする。
「私、パスしていいかしら。ちょっと疲れちゃったし」
「……確かに、君ではレオニードに捕まる可能性もあるが」
「それが一番嫌なのよ。お酒臭そうだし……私を見るときの視線が妙にいやらしいし」
……何も返す言葉がないのが、レオニードさんに申し訳なかった。
「なら、3人目は私が――」
「あのっ!」
スレインさんが言いかけたのを、上ずった声が遮った。こういう場であまり意見を主張しない彼は、私たち全員の視線を浴びながら、遠慮がちに切り出す。
「お願いが、あるんです……」
◇
3対3で向かい合っている<ゼータ>と<BCDエクスカリバー>の姿に、会場のあちらこちらで小さなざわめきが起こっている。それはもちろん、<ゼータ>のメンバーを見てのことだろう。
『おおっ? <ゼータ>、今回は珍しい人選だ』
この試合で選出したのは、ゼクさんとマリオさん、それから――ヤーラ君。
『ヤーきゅんは確かにレオ兄の元パだもんね~。激アツ~!』
話し合いのとき、ヤーラ君は珍しく自分が出たいと立候補した。何かよほどのことがあるのだろうと思って、私は理由も聞かずにOKを出した。
あまりに話がスムーズすぎたのか、当のヤーラ君が心配そうにしていたが、直後のマリオさんの「いくらでもやりようはある」という発言でひとまず安堵していたようだった。それからマリオさんとヤーラ君で簡単な作戦会議を行っていた。
そして今、ヤーラ君の姿を見つけたレオニードさんは、驚くでもなく嬉しそうに笑っている。その顔で、私はヤーラ君が立候補したわけを察した。
「よお、マジで来るとはな」
「今からでも帰っていいんですよ」
旧知の2人は、平生と変わらない会話を交わす。誘ったのはレオニードさんなのだろう。お酒に酔ったノリで言い出した、なんてことではないはずだ。絶対に。
「だが……ゼクの兄貴はわかるけどよぉ、あと1人がなんでよりによってコイツなんだよ。あの金髪エルフの姉ちゃん連れてこいって言ったよなぁ?」
「ロゼールさんは先輩がお酒臭くて視線がいやらしいから嫌なんだそうです」
「はぁ~~~!?」
まだ顔に赤みを残すレオニードさんが不満を露わにする傍らで、試合開始のゴングが鳴っ――
「このジェントルメンのどこがいやらしいってんだよ!! ヤーラお前、俺の話ないことないこと吹き込んでんじゃねぇだろうな!?」
「そんなくだらないことしません!! ロゼールさんじゃなくても、先輩が綺麗な女の人見かけるたびに鼻の下伸ばしてるの、はっきりわかりますからね!!」
「美人がいたら目で追うだろ普通!! 男として当然っつーかむしろ礼儀と言っても――」
……ゴングは鳴ったものの、2人のよくわからない言い合いは止まる気配がない。取り残された後の4人はというと、ゼクさんは呆れて目を細め、マリオさんは普段通り笑顔で、ラムラさんは煙草をくわえたままクスクス笑い、ゲンナジーさんは立ったままイビキをかいている。
『えー、試合は始まりましたが……』
『ヤーきゅんとレオ兄マジ仲良しだね~。かわちぃ~』
アンナちゃんはいいとして、レミーさんも困っている。と、そこでゼクさんの堪忍袋の緒が切れた。
「……いい加減に始めさせろクソボケェ!!!」
ヤーラ君とレオニードさんの間にあった地面を、ゼクさんの大剣が叩き割る。その轟音が、ゴングの代わりになった。
「うおっと! すいません、兄貴!」
「起きなさいゲンナジー、試合よ~」
「ふごごご……んがっ?」
ようやく<BCDエクスカリバー>の3人が戦闘態勢に切り替わり、ゼクさんも待ってましたと言わんばかりに剣を薙ぐ。
「やるぞ!! 覚悟はいいな!?」
「……はいっ!」
まだ戦いの場に慣れていない錬金術師は、精一杯声を張り上げた。
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