花吹雪

「リナ!!」


 マーレさんの必死の叫び声。

 警戒していた範囲外から攻撃されたリナちゃんは、自分の胸の辺りから飛び出ている長い刃を呆然と見下ろしていた。


『くあーっ!! スレインの神速の剣がリナちゃんを背後から襲う!! くっ、血も涙もねぇのか!!』


『女のコばっかヒイキしてるとカイチョさんから怒られちゃうよ?』


 これで人数は3対3、互角に戻った。仲間を1人失った<クレセントムーン>は、その顔に怒りを滲ませていた。


 間髪入れずに反撃に転じたマーレさんだが、その正面から別の炎の塊が迫ってきて、足を止められる。

 その向こうで、ロゼールさんが冷ややかにほくそ笑んでいた。


『あのロゼールが氷以外の魔術を使ってるのは珍しいな』


『ロゼ姉様はぁ、ジツは基本の四属性の魔法も使えるんよ~。マジ器用~』


 とはいえ、手数でいえば向こうのほうが遥かに多い。あの矢と炎の弾幕が続く限り、誰かが守りに回るしかないのだ。それはロゼールさんの役割になるのだが、必然的に遠距離攻撃を封じられる形になってしまう。


 ――それを、彼女は思わぬ方法で打ち破った。

 ゼクさんの左腕を、凍らせたのだ。


「冷てっ! 何すんだババア!!」


「あなた、今から私の盾になりなさい」


 ゼクさんの左腕に纏った氷は、ちょうど円盾のような形状になっている。護衛役をやれ、ということらしい。


「チッ、ちゃんと仕留めろよ」


 戦場に林立する氷の壁の隙間を縫って、エルナさんとタバサちゃんが攻撃を仕掛けに来る。ゼクさんは右手の剣と左手の盾でそれらを捌き、その間にロゼールさんは白い手のひらに魔力をこめていく。


 ロゼールさんほど器用でないゼクさんは何発か攻撃を受けてしまっているが、そこまでの深手は負っておらず、元来のタフさで持ちこたえている。

 猛攻を耐え忍んでようやく、ロゼールさんの準備が整った。


『な、なんだありゃあ!?』


 この闘技場上空に太陽が現れたのかと見まごうほどの、大きな火球。波打つように燃え盛るそれは、華奢な魔法使いに向かって隕石のように降りかかった。


「ひっ……!?」


「タバサ!!」


 警告を発したマーレさんは、しかしスレインさんの包囲を突破することができない。息を呑んで怯えていたタバサちゃんは、そこでぎゅっと唇を噛みしめた。


 華奢な魔法使いから放たれたのは、小さな太陽を吹き飛ばさん勢いの巨大な炎の渦だった。2つの炎が衝突し、激しい波しぶきみたいな火花をまき散らす。


『お互い全力の魔術のぶつかり合い!! どちらも信じられないほどの威力だ!!』


 凄まじい熱波が会場中に広がり、真っ赤な光が戦場に明滅する。ごうごうと唸りをあげて押し合っていた炎はついに限界を迎え、弾けるように飛び散った。


 散り散りになったのはタバサちゃんの渦のほうだった。ロゼールさんの生み出した火球は、渦の中を割くようにして突き進んでいき――小さな少女を飲み込んだ。


『ぬあーっ!! 文字通り熱い戦いだったが、やはりロゼールの魔力が勝ったーッ!!』


『タバち惜しかったね~。でも、最後にいい仕事したね』


 何のことだろうと上のほうへ視線を移せば、火球に破られたタバサちゃんの炎がまだ消えておらず、細い炎の筋がいくつも地上に降りかかろうとしていた。


 勢いそのままの炎の雨を、ゼクさんはロゼールさんを庇いながら弾き返す。

 その死角から、気づかぬうちに移動していたエルナさんが弓を引いていた。矢じりの先には、はっと目を見開くロゼールさんがいる。


『タバサちゃんの置き土産をフル活用し、エルナちゃんが接近していた!!』


『ロゼ姉様、魔力メチャ消耗したばっかだからぁ、防御間に合わないかも?』


 ゼクさんは降りかかる炎を捌くのに気を取られていて、駆けつけられそうにない。何本もの矢が無防備なロゼールさんに飛び込んでいく。


 その間に、目にもとまらぬ速さで黒い影が割り込んできた。

 ドドド、と立て続けに矢が突き刺さる音。その餌食になったのはロゼールさんではなく――スレインさんだった。


『ぬおおお、間一髪!! スレインがロゼールを庇う格好に!! しかし……』


「……すまない」


 無数の矢に身体を貫かれて、無事ではないのは明らかだった。謝罪の一言を残して、スレインさんは光に包まれて消えてしまった。


『<クレセントムーン>、土壇場で1人持っていった!! 人数は再び互角!!』


『あ~ん、スレ様が死んだ~!』


 タバサちゃんの残した炎も燃え尽きて、ゼクさんとロゼールさん、マーレさんとエルナさんの2対2になった。まだ一切油断はできない。あの2人の連携が決まれば、たとえゼクさんでも落とされてしまう可能性がある。


 マーレさんとエルナさんは横目でお互いを一瞥し、同時に動き出した。


 ゼクさんもロゼールさんも、エルナさんの矢を警戒して守りの態勢に入る。弓弦が跳ねて、細い矢が横一列になって飛んでいく。そのすべてが、ゼクさん一人を狙っていた。


『ここにきてゼクに集中攻撃!?』


 多方面から迫りくる矢はゼクさんの両手のみでは防ぎきれず、ロゼールさんのフォローが必要になる。そうなると、矢の弾幕の中から突入してくるマーレさんは脅威になる。


『ロゼ姉様を封じつつ、ぜっくんにお得意の2対1しかける的な?』


『いやあ、これでゼクを倒し切るのはかなりキツイ気がするけどな……』


 ゼクさんとマーレさんが刃を交える。彼の持ち前の力強い攻めは、矢と斧の前では発揮する機会もなく、防ぐのに手いっぱいのようだ。フリーのロゼールさんも動き回る2人を狙うのは難しいようで、矢避けの氷を出すことしかできていない。


 このまま膠着状態が続くのかに見えたとき、エルナさんがくるりと身を翻した。


 ずっとゼクさんを狙っていた矢は、ここにきてロゼールさん目がけて放たれている。


『まさか、標的をロゼールに急転換!? なんて速さだ!!』


 ゼクさんが自分を狙う矢が飛んでこないことに気づいたのは、矢の群れがロゼールさんに達するほんの手前だった。カバーしてくれるスレインさんはもういない。


 ダメだ――


 諦めかけたその瞬間、信じられないことが起こった。矢はロゼールさんの身体に刺さることなく、硬いものに弾かれるようにして地面に落ちたのだ。


「!?」


 一番驚いたのは、攻撃を仕掛けた張本人であるエルナさんだろう。そんな彼女に、ロゼールさんは透明な薄い膜を纏った自らの肌をちらと見せながら、不敵な笑みを浮かべた。


「絶対に狙ってくると思ったわ」


「……相変わらず、性格悪すぎ」


 エルナさんはすかさず弓を弾いたが、地面から巨大な氷の波があっさりと矢を飲み込んで――ついには彼女も巻き込んで、巨大な氷塊へと成り果てた。


「私の氷は100年は解けないわよ」


 大樹のようにそびえる氷塊から、小さな光が瞬く。


『うおあ――っ、ついにエルナちゃんまで魔術の餌食になってしまったッ!!』


『ロゼ姉様、うっす~い氷を自分にパックして備えてたんね~。マジスゴ~』


『<クレセントムーン>はあと1人になってしまった! これはもう勝負決したか!』


 マーレさん1人でゼクさんとロゼールさんを相手にするのは難しいだろう。

 だけど――彼女は、決して諦めていなかった。斧を振るう手を休めなかった。


 力強い斧の一振りを受けて、ゼクさんは笑った。


「いいじゃねぇか」


 マーレさんも同じように、笑顔で返す。2人が武器を交えるたびに、金属の壊れそうな音がガンガンと響いた。斬り合いというよりも、武器による殴り合いに近い。


 ロゼールさんはその戦いには手を出さなかったが、2人から目を離すこともなかった。会場からも、最後に残ったマーレさんを鼓舞する声が大きくなっていった。


 その声援を乗せたかのような、マーレさんの全力の一撃が振り下ろされる。

 ゼクさんは剣を力いっぱい振り上げて、落ちてくる鉄の刃を砕き飛ばした。柄の部分までが粉々になって、空中に散る。


 武器を失ったマーレさんは咄嗟にガントレットのついた両手を交差して二撃目を防ごうとしたが――その鉄の防具ごと、野太い刃が彼女を切り裂いた。

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