百花繚乱
開始のゴングとほぼ同時に動き出したのは、エルナさんだった。素早く真横に展開しながら、いつの間につがえたのかわからない数本の矢をまとめてうち放つ、というのを短時間で何度も繰り返す。
『出た、エルナちゃんの矢の嵐!! 一人で撃ってるとは思えない量とスピード!!』
『<クレム>のこれ、前々からマジスゴだったけど~、今はもっとパワーアップしてるんよね』
興奮するレミーさんにアンナちゃんがぽつりと補足する。
そう、この矢の雨にタバサちゃんの炎魔法による無差別爆撃が加わるのだ。
ゼクさんたちはすぐに散開しようと向きをバラバラに変えたが、一人だけその場を動かない人がいた。
矢と炎を避けようともせず、ふわりと片手を舞い上げたのは、ロゼールさんだ。
瞬間、地面のあちこちからせり上がった氷の壁が、矢と炎の猛攻を完全に無力化してしまった。
『きたぁ~! ロゼ姉様のガチガチ氷魔法~!! マジデカ魔力ないとできない芸当だよね』
『<クレセントムーン>の強烈な攻めに対し、<ゼータ>は鉄壁の防御で対応! 初っ端からすさまじい攻防だ!』
『ちな、この壁もいっこ別の狙いあんのわかった?』
『え?』
私にはわかった。点在する壁の間を縫って前進していくゼクさん、スレインさん、マリオさん。その3人は、向こうのマーレさんたちから見えにくい位置にいる。
『なるほど! 前衛陣が隠れながら進めるようになってるのか!』
最初に敵陣に到達したゼクさんが飛び出すと、マーレさんは不意を突かれたように目を見開いた。振りかざされた大剣が無防備なマーレさんに襲いかかるが、その太刀筋に横合いから斧でひと叩き、軌道をずらして事なきを得る。
元Aランクのマーレさんでも、体格差のあるゼクさんに1対1では勝ち目は薄い。次々と振り抜かれる鉄塊から、どうにか逃げるので精一杯といった有様だ。
だけど、これは4対4の戦い。ゼクさんの背後から、流星のように小さい何かが落ちていく。そこから鞭のように突き出た脚が、ゼクさんのこめかみにクリーンヒットした。
「でぇッ!?」
一回転して着地を決めたのは、リナちゃんだった。ゼクさんは一発もらってカッとなったようで、怒りに任せて剣を振り回す。が、小柄なリナちゃんがひょいひょい飛び回れば、大雑把な攻撃を当てるのは難しくなる。
「リナ、ありがと!」
その隙にマーレさんは戦線を離脱。ゼクさんはイラつきながらもリナちゃんを捉えることができず、翻弄されてしまっている。
『リナちはちーちゃくてすばしっこいからぁ、ぜっくんは相性悪いかもね~』
『<クレセントムーン>、ゼクのパワープレイを巧みに封印! <ゼータ>はどう出る?』
ゼクさんが動けなくても、仲間はまだあと3人いる。次に飛び出したスレインさんが、マーレさんに正面から斬りかかった。
ガキン、と金属どうしがぶつかる音。マーレさんは冷静にスレインさんの剣を受け止めている。
その両脇に、弓を構えたエルナさんと杖をかざしたタバサちゃんが現れた。
『おっと、スレインが囲まれる格好になった!!』
左右から飛んでくる矢と炎。しかし、それらは再び透明な壁によって弾かれた。
笑みをこぼすスレインさんの後ろには、涼しい顔のロゼールさんがたたずんでいる。
『ジャストタイミングで氷の防壁! 連携の巧みさは互角か!?』
そのままスレインさんとマーレさんが刃を交え、ロゼールさんとエルナさん、タバサちゃんがそれぞれの援護に回る形での攻防が始まった。離れたところにいるゼクさんはリナちゃんのせいで参加させてもらえないが、2対3の状態でもスレインさんとロゼールさんは一向に引けを取らない。
1対1と、2対3。残る1人は――
「っ!?」
声にならない悲鳴を上げ、タバサちゃんが後ろにのけぞる。その細い首筋には線のような糸が巻きついていた。
それまで完璧に気配を消していた暗殺者が、彼女の背後で糸を繰っていた。
『いつの間にそこにいたんだ、マリオ! うわー、やめろ!! 可愛い女の子になんてことを!!』
『レミおじ、ちょお落ち着きな~』
マリオさんがあと少し腕を引けば、タバサちゃんの命は終わってしまう――はずだった。
一本の矢が、肉を抉ってその腕を止めた。
気がつけば、マーレさんとエルナさんが示し合わせたように一斉にタバサちゃんのいるほうへ駆け出していた。エルナさんが走りながら矢を連射して牽制し、その中をマーレさんが一直線に疾走する。
「マリオ!!」
「馬鹿、チビがそっち行ったぞ!!」
マリオさんのほうに気を取られていたスレインさんに、素早く駆けつけたリナちゃんの足刀が迫っている。スレインさんはしゃがんで回避するが、行く手をリナちゃんに阻まれる格好になる。
タバサちゃんは炎で糸を焼き切っていて、獲物を逃がしたマリオさんは矢から退避するために氷の壁に隠れた。が、降り注ぐ矢の雨の中から出てきたマーレさんが、その防壁を斧で破壊する。
マリオさんは糸で応戦しようとするが、回り込んでいたエルナさんが容赦なく弓を撃てば、彼の両腕が針のむしろみたいに射抜かれる。
「マリオさん!!」
私の叫び声もむなしく、マーレさんの斧がマリオさんを袈裟懸けに切り裂いた。
『うおおおおお、マジか!! 最初に落ちたのは<ゼータ>のマリオだあーッ!!』
驚愕したのはレミーさんだけではない。私もそうだし、彼の強さを知る人はみんな驚いただろう。
『<クレム>、最初から狙ってたっぽいね~。マーくんは絶対どっかで仕留めにくるだろうから、フツーに戦ってるふりしといて、いざマーくんが来たら全員で一斉にかかってく、みたいな作戦? いくら激ツヨな人でもマレちとエルちの2対1に持ち込まれたら、マジ勝ち目ないから』
『一切隙のない矢の連射と、その中から突っ込んでくる斧使い……悪夢でしかねぇもんな』
『リナちは足止め、タバちはオトリで2人ともきっちり役目こなしてたから、リーダー2人がスムーズに仕事できたんよね』
<クレセントムーン>の用意していた手が完璧に刺さってしまった、ということらしい。1人欠けて、3対4。人数的にはこちらが不利だ。でも――
「嫌な奴が消えてせいせいしたわ」
「言ってる場合か。来るぞ」
「上等だ、借りはきっちり返してやるぜ!!」
戦う意志を削がれた人は、誰もいない。むしろ火がついたみたいに目をギラつかせている。
やる気に燃えているのは向こうも同じだ。すでにエルナさんとタバサちゃんの中距離組が攻撃態勢に入っている。
再度降り注ぐ、矢と炎の嵐。動き出そうとしたゼクさんに、電光石火で飛びかかるリナちゃん。戻ってきたマーレさんをスレインさんが食い止め、ロゼールさんは防壁の設置に追われている。さっきと同じような状況だ。こんなときに自由に動けるマリオさんを失ったのが、かなり痛い。
『<ゼータ>はじわじわと押されている状態! 反撃の目はあるのか?』
『<クレム>は力勝負じゃゼッタイ勝てないのわかってて、手数で削ってく作戦ぽいよね。リナちとか、ぜっくん倒す気1ミリもなさそーだし』
アンナちゃんの言う通り、リナちゃんはゼクさんの周りにまとわりついて襲い来る剣を軽々かわし、離れようとすればその隙に一撃を入れる、ということを繰り返している。ゼクさんの苛立ちがこちらにまで伝わってくるようだ。
そこで、戦場に降りこめる炎の中の、とりわけ巨大な塊が軌道を変えてぐわんと曲がった。炎の塊が狙う先には、リナちゃんにすっかり気を取られているゼクさんがいる。
「!」
すんでのところで気づいたゼクさんは、身をのけぞらせて黒焦げになるのを回避した。そこで嫌がらせのように、リナちゃんの下段蹴りが脛の辺りをばちんと叩く。
「……ンの、クソチビがぁ!!」
「乙女に対してヒドイ言い草です! お兄さんさてはモテないですね?」
「ああ!?」
挑発にも乗せられて、完全にリナちゃんのペースだ。まずいことに、二発目の大きな火炎が襲いかかろうとしていた。ゼクさんは舌打ちをして、その火を見据える。
タバサちゃんの悲鳴のような叫び声が響いたのは、そのときだ。
「それ、私の魔法じゃないです!!」
「……え?」
炎が目指していたのは、リナちゃんのほうだった。持前の機敏さでそれを回避すると、地面にぶち当たった火が恐ろしいくらいに地面を抉り焦がしていた。
その威力に少しだけ気を取られていたリナちゃんは、すぐにゼクさんの振り上げていた剣に意識を戻す。
――直後、別の方向から駆けてきた銀色の刃が、その小さな身体を貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます