全力対決

『<ゼータ>の初戦は<エデンズ・ナイト>! 2人パーティということで、<ゼータ>はメンバーを絞らなければなりませんが……今、決まったようです。……おっと、これは!?』


 実況席からレミーさんの驚嘆の声が飛ぶ。目の前にいるレイとガルフリッドさんも一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、すぐに私たちの意図を了解してくれたようで、それは小さな微笑に変わった。


『試合に出場するのは、ゼクと――リーダーであるエステル・マスターズ!! 彼女は本来、戦闘には参加しないリーダーのはずですが……』


 観客席からかすかなざわめきが上がる。きっと、明らかにこの場にふさわしくない私に対する困惑。間を置かずアンナちゃんがぱんと手を叩いた。


『オモシロ~! これ、全然ナメプとかじゃないかんね』


『そうだな、エステルちゃんらしいといえばらしいよな』


 和やかに笑う解説席の2人も、私の考えていることをわかってくれたらしい。私はゼクさんと<エデンズ・ナイト>の戦いを間近で見たかったのだ。戦闘には一切参加できないけれど、この目で見届けたかったのだ。


 ゼクさんは余裕の笑顔で構えているが、剣を握るレイの手はかすかに震えている。


「……よ、よろしくお願いします」


 レイが師匠への敬意を示すと、ゼクさんはそれを荒っぽく跳ねのけた。


「それが敵に対する態度かぁ? 来るなら本気で来い!!」


 はっとレイが顔を上げて、そろりと動いた黒目が私と合った。私は黙って頷いた。それだけで十分だった。


「……行くぞ!!」


 呼応するように、ゴングが鳴った。

 音の鳴りやまぬうちに、レイは勢いそのままに勇ましく一歩を踏み出し、真っすぐに駆けてくる。ゼクさんはまるで避ける気もなく、堂々と待ち構えた。


 細く小振りな剣と、分厚く巨大な鉄塊が、真正面からぶつかり合った。


『いきなり真っ向勝負! 単純な力比べなら、ゼクが圧倒的に有利だが……』


 銀色の刃が交差し、何度も甲高い刃音が弾ける。だけど、まだどちらも本気ではないような気がした。

 武器の大小はそのまま力の差となり、小柄なレイは軽々と吹っ飛ばされて地面に転がる。ゼクさんは容赦なく追撃にかかるが、途中で大きな壁に阻まれた。


 ガルフリッドさんが、盾を構えてゼクさんの前に立ちはだかっている。


「来ると思ったぜ!」


 レイを狙っていた大剣は止まることなくガルフリッドさんの盾に襲いかかる。シンバルを思いっきり叩いたみたいな音がびりびりと空気を震わせた。ゼクさんの本気の一撃を受けたガルフリッドさんは――


『すげぇ、耐えた!! あの重い一撃を!!』


 レミーさんが興奮気味に叫ぶ。ガルフリッドさんは数歩ぶん後退しただけで、盾を構えた姿勢を崩していない。負傷しているはずの足も、器具が頑丈になったお陰か壊れる気配もない。


 大振りの後は隙が生まれる。ガルフリッドさんはすかさず斧を水平に滑らせて反撃。ゼクさんは振り下ろした剣をすぐに引き戻して、それを受け止める。分厚い刃どうしが密着したまま押し合いになり、膠着状態に陥った。


 ――と、思ったのはわずかの間。吹っ飛んで転がされていたレイが、いつの間にかゼクさんの背後に回っている。


『ここで不意打ちか!?』


 剣が地面につくほど身を屈めていたレイは、上背のあるゼクさんには視認しづらかったのだろう、完全に反応が遅れていた。ゼクさんは斧を押さえていた剣を斜めにずらし、身体を捻る。細い剣の白い軌跡が、被せるように直線を描いた。


「ゼクさん!!」


 倒れたように見えたゼクさんは、踏み出した片足で身体を支えて持ち直した。脇のほうから光の粒子が漏れ出ているが、そう深い傷ではなさそうだった。


『決まりはしなかったが、<エデンズ・ナイト>の見事なコンビネーション!』


『実質2対1だけど、フツーの人間じゃ10人がかりでもぜっくんには勝てないから。れーちゃんの小柄を生かした不意打ち、ガッチリ作戦練ってきてる感あるよね~』


『個人的に驚きというか、<エデンズ・ナイト>は今のメンバーになってからかなり日も浅いはずなんだよな。それでこの連携とは……』


 レミーさんの言うことはもっともだ。つい最近まであんなに仲が悪かったのに。

 レイとガルフリッドさんはほとんど息ぴったりに、体勢を立て直したばかりのゼクさんに攻撃を仕掛けた。


 今度はゼクさんも備えができていたようで、2つの斬撃を飛びのいて回避した。

 バラバラの軌道で走った2つの刃は標的を見失って空振りし、一方の――レイの剣が、真横にいるガルフリッドさんに迫っていた。


「あっ」


 私の間の抜けた声を挟んで、カキンと金属が弾ける音。ガルフリッドさんはレイの剣を盾で軽く受け止め、即座に視線をゼクさんへと戻す。味方を攻撃しそうになったレイも、そんなことはつゆも気にせず、ただ目の前の相手に集中していた。


 なるほど、と腑に落ちた。


『いや、これは……』


『連携がうまいってゆーか、ぶっちゃけヘタなんだけど、ガルおじがうまく捌いてくれるから気にせず2人で戦ってるってカンジ?』


 アンナちゃんが説明した通り、戦術としては拙いのかもしれない。それでも、私には驚きだ。

 この戦い方は、レイがガルフリッドさんをよほど信頼していなければ成り立たないのだから。


「おもしれーことするじゃねぇか」


 それからもレイは何度かガルフリッドさんを斬りそうになっていたが、彼を傷つけることはなかった。2人の変則的な連携攻撃に、ゼクさんは対応に追われつつも、どこか楽しそうだった。


 転機が訪れたのは、ガルフリッドさんが鋭い一撃を叩き込んだときだ。ゼクさんはそれを剣で防いだものの、片手で握っていたためか、衝撃でわずかにバランスを崩してしまった。そこにレイの突きが完璧な角度とタイミングで放たれたのだ。


 剣での防御は間に合わず、ゼクさんは無謀にも空いているほうの手でその白刃を受け止めた。大きな手のひらに切っ先が深々と突き刺さり、貫通する。血しぶきの代わりに、白い光が溢れ出た。


 傷を受けたゼクさんは、ひるむどころか愉快そうに笑った。不敵な笑みのまま、自分の手を貫いた刀身を鷲掴みにする。痛覚が軽減されている仕様とはいえ、あまりにめちゃくちゃな行動だ。


「!?」


 武器を掴まれたレイは驚きに身を硬くする。ゼクさんは握った刀身ごとレイを持ち上げて、ぶん、と乱雑に放り投げてしまった。


 武器から手を離して地面に転がったレイに、ガルフリッドさんは意識を割かれたらしい。反射的に守りに入ろうとしたその隙を、ゼクさんは見逃さなかった。


 手に刺さった剣もそのままに、天にかざした鉄塊のような大剣を、空気を抉り割るようにして振り下ろす。荒々しい刃はガルフリッドさんの盾を真っ二つに砕き、その下の鎧も突き破って、肉体を縦にかき裂いた。


 おびただしい光を噴き上げて、ガルフリッドさんが膝をつく。その全身がみるみる白んでいき、煙のように消え去った。


『なんという膂力!! ここでガルフリッドが落ちたぁ――ッ!!』


『パワプの極みっしょ。ぜっくんの本領発揮的な?』


 頼れる相方を失ったレイは、しかし微塵も戦意を失っていない。ゼクさんは手に刺さっていた剣を無造作に引き抜き、小さな戦士の前に放り投げた。


 かかってこい、と言わんばかりに、彼は笑った。

 剣を取り戻したレイも、応じるように力強い眼差しを返す。柄を握りしめる手に魂を乗せて、勢いそのままに一歩踏み出す。


「おおおおおおおおッ!!!」


 腹の底から叫び声を上げて、レイは一本の矢のように突き進んだ。さきほどの陽動とは違って、今持てるすべてをその剣先に注ぎ込んだような、全身全霊をかけた刺突を打ち放った。


 レイの全力に、ゼクさんも本気で応えた。大剣でガードするなどという生易しいことはせず、飛び込んでくるレイを打ち返すかのように、身体を思いきり捻ってその鉄塊をぶん回した。


 全力と全力が激突し、爆発的な破壊音が会場中にこだまする。


 砕け散ったのは、レイの剣のほうだった。長剣が切っ先から粉々に砕け散り、すさまじい衝撃が少女の小柄を後ろの壁際まで吹き飛ばした。


『決まったぁ――ッ!! <ゼータ>の勝利だ――ッ!!』


 レミーさんが高らかに勝敗を宣告する中、光に包まれていくレイはどこか満足げに笑っていた。

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