前哨戦

 あっという間のことだった。


 いつものエルナさんの矢の雨に加えて、脇からタバサちゃんの炎魔法の弾幕が襲い掛かり、相手は序盤からほとんど動きを封じられた。その矢の中をマーレさんがまっすぐに斧で切り込んでいく。運よくそこから逃れても、俊敏なリナちゃんにすぐに捕まって足技の餌食になってしまう。


 ちなみに、今回は一般客がいる都合で生々しい流血シーンなどを避けるため、血の代わりに光の粒が出る仕様になっているようだ。一瞬の反撃の隙もなく削られていく相手パーティは、次々に白い光に包まれて消えていき、もはや幻想的な光景となった。


 圧倒的な力量差を見せつけた<クレセントムーン>の前に、Cランクで太刀打ちできるパーティは皆無だった。他パーティをことごとくなぎ倒し、そして――


『Cランク部門、優勝を決めたのは<クレセントムーン>のカワイコちゃんたちだァ~~ッ!! すごいねぇ、アンナちゃんの言った通りになったぜ?』


『そもそも元Aの2人がマジ強だしぃ、メンバーみんなお洒落でカワイイからぁ、当然っしょ』


 試合前にマーレさんたちに冷たい眼差しを送っていた勇者たちは一様に閉口していて、同じCランクで彼女たちに負けたパーティはみんな悔しそうに歯噛みしていた。



 続くBランク戦では、<BCDエクスカリバー>が嵐を巻き起こしていた。


『うおおおお、なんじゃこりゃあ!? 人が勝手に吹っ飛んでいく!!』


 レオニードさんはいつも通り目にもとまらぬスピードで戦場を駆け回って刃を振るい、レミーさんを驚嘆させていた。二日酔いとは思えないほどの動きで、ヤーラ君の処置がよかったのかもしれなかった。


『レオ兄の超スピードもマジヤバだけどぉ、ゲンちゃんの超パワーとラム姉のヤバ魔法で全然スキなしってカンジ!』


『3人ともバラバラに見えて、パワー・スピード・魔法とそれぞれの得意分野を分担して、バランスのいい構成になってるわけだ』


 Bランク戦はこのまま<BCDエクスカリバー>が破竹の勢いで突破。注目の的になったレオニードさんは、浮かれすぎて大勢の観衆の前で盛大にずっこけた。どう頑張ってもカッコつかない星の下に生まれたのかもしれない。


「ヤーラ君、レオニードさんたちが勝ってよかったね」


「……お酒のせいで負けてたら、先輩たちは本当に馬鹿ですよ」


 なんて言ってるけれど、レオニードさんたちの優勝が決まったときに小さくガッツポーズをしていたのを、私は知っている。



 Aランク戦は中でもとりわけ期待の大きいマッチで、特に注目されているのが――


『優勝候補はやはり! 短期間でEからAにランクアップした、トマス皇子率いる実力も知名度も折り紙付きのパーティ! <EXストラテジー>改め、<AXアクシスストラテジー>!!』


 割れんばかりの拍手と歓声に包まれて、トマスさんたち6人が入場した。宮殿でサラたち魔族を退けてから、彼らの人気はうなぎ上りだ。


 中心にいるトマスさんはさすがの風格だが、お隣のミアちゃんは早くもうとうとしている。ノエリアさんは堂々と胸を張っていて、ヘルミーナさんはやや控えめに客席を見回している。いつも通り落ち着いているシグルドさんの後頭部から、ロキさんが指でツノを生やしているように見せて遊んでいた。


『アンナちゃん、注目ポイントは?』


『っぱ、シグ様のマジイケなお顔っしょ!』


 レミーさんは閉口したが、一部の女性たちが大いに頷いているのが見える。


『も少しマジメに言うとぉ、<ストラテ>は個々のポテンシャル鬼高いうえに、リーダーの皇子サマと参謀のロッキーがセンジュツ? 固めてくるからぁ、マジ弱点がないんよ』


『なるほど。ちなみに、トマス殿下のように戦闘には出ないで指示だけ出す指揮官役の勇者には、フィールド外に専用席を設けています』


『試合、間近で見れんじゃん。いいな~シグ様見たぁい』


『観戦席じゃないんだってば』


 <AXストラテジー>は6人パーティで他より人数が多いが、トマスさんとロキさんはほぼ戦闘には出ないので、あとの4人がおもに戦うことになるのだろう。


 ちなみに、試合に出る人数は少ないほうのパーティに合わせるというルールがあり、たとえば6人対3人のパーティで戦う場合は両方3人で揃えなければならないらしい。ただし、先ほどレミーさんが言った指揮役の専用席にいる人は参加人数としてカウントされない。


 <AXストラテジー>の初戦の相手は4人なので、トマスさんが専用席に、他4人が実際に戦う。不参加のロキさんはふらりと情報収集にでも出かけるのかもしれない。


 試合開始のゴングが鳴った瞬間、ミアちゃんがにわかに覚醒した。猫らしい身軽さで相手陣に飛びかかっていき、囲まれそうになるとすかさずノエリアさんのカバーが入る。前衛2人が傷を負っても瞬く間にヘルミーナさんが治癒魔術を施し、その間のわずかな隙にシグルドさんの矢が的確に相手を仕留める。


『うおお、なんというチームワーク!! これがトマス殿下の指揮の賜物か!?』


『いや? 皇子サマ、ほぼ指示出してないよ?』


『へ?』


『たぶんあれだね~。本命の作戦はここではバラさないで、今はみんな勝手にやらせるモードっぽい。ロッキーならそゆこと考えそ~』


『つーことは、個々のポテンシャルだけで自然にこのチーム戦術が成り立ってるわけか……やべぇな』


 本気の状態ではないらしい<AXストラテジー>は、それでも完璧な立ち回りで着実に勝利を積み重ねていった。トマスさんが誰に備えて作戦を伏せているかは、なんとなく想像がついた。



 Aランク戦の勝者が決まったとき、ちょうどゼクさんが上機嫌で帰ってきた。聞かなくてもわかる。レイたちが勝ち上がってくれたんだ。Dランクの試合は見ていないけれど、優勝はもちろんあの2人だろう。

 そのすぐ後に、ようやくロゼールさんが眠そうな目をこすりながら合流した。


 そろそろ時間だ。私たちは誰からともなく席を立った。


『さあ、ここでEからAランクまでの勝者たちが出揃いました! お次は今大会のダークホース、陰ながら一部で絶大な支持を得ているスペシャルチーム! <ゼータ>の登場です!!』


 レミーさんからの前振りを受けて、私たちは大観衆の待つアリーナに姿を晒した。歓迎の声はほとんどなく、大多数の人が抱いているのは疑問や戸惑いだろう。一般の人たちにとって、<ゼータ>などというランク制度を外れたパーティは関心の外にあるのだ。


『この<ゼータ>は特殊ルールとして、EからAランクの優勝パーティと試合をしていく形となります』


『<ストラテ>に勝ったら<スターエース>と戦えるんだよね。ガンバ~』


『さあ、まずはEランクパーティとの対戦です』


 向かい側から重々しい足取りで出てきたのは、たった2人の勇者。観客もほとんど興味を示さない中で、私たちとあの2人は運命の決戦を控えているかのように厳かに向き合っていた。


『Eランクを勝ち上がったのは、新進気鋭の<エデンズ・ナイト>! この一戦、アンナちゃんはどう見る?』


『Eだからって甘く見てたらイタイ目見るかんね。ガルおじはフツーにAくらいの強さあるし、れーちゃんも最近メキメキ強くなってるって話だし? けっこー面白くなりそなヨカン!』


『<エデンズ・ナイト>のリーダーは<ゼータ>のゼクに弟子入りしているという関係性もあるんだったな。2人が戦えば、師弟対決ってことになるわけだ』


『マジアツ~!』


 <エデンズ・ナイト>は2人パーティだから、こちらも2人選出しなければならない。1人目はもちろん――


「俺一人で十分だ」


 気合いに満ち満ちて、赤い双眸をギラギラと光らせているゼクさん。彼を外すわけにはいかないだろう。

 さてもう一人はどうしようか――考えあぐねていたところで、ロゼールさんがあくび交じりに言った。


「ゼクの言う通り、一人で十分なんじゃない? もう少し寝ておけばよかったわ」


「……そうですね。それじゃあ、こうしましょうか」


 私は運営スタッフの人に、試合の出場メンバーを伝えた。

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