試合前

 私たち<ゼータ>は、各ランクの勝者が決まってからの出番になるため、しばらくは観戦タイムになる。

 時間の都合上、EランクとDランクの試合は地下の別会場で行われるらしく、目を覚ましたゼクさんはさっそくレイたちの応援のために地下へ駆けこんでいった。


 ヤーラ君は設備点検の手伝いに呼ばれてしまい、スレインさんとマリオさんは観戦に専念するようで、ロゼールさんはいまだに姿を見せない。私はどうしようかと悩んだ結果、まずは知り合いの応援として試合前に軽く声をかけに行くことにした。


 C・Bランクの勇者には広々とした合同控室が用意されている。本会場ではCランクの試合から始まるので、まずは<クレセントムーン>の人たちを訪ねた。


「あ、エステル~!」


 私に手を振ってくれたマーレさんは反対の手にクレープを携えていて、笑った口元にはクリームが点々と付着している。


 さすが女子パーティと言うべきか、屋台を巡ってかき集めたらしいお菓子がテーブルに広げられて、お祭りを全力でエンジョイしているのが伝わってくる。まあ、<スターエース>の人たちも楽しんでいたくらいだし……。


「一応、本番前に応援に来たんですけど……必要なかったですね」


「そんなことないよー。わざわざ来てくれただけで元気出たから!」


「元から無駄に元気だったでしょ。『スレイン様と戦えるかも』とかって」


「うちのリーダーはのんきさんで困るです。あ、タバサ、あのワッフル食べたいです」


「ひぇ!? あ、ひゃい、わっ……」


 試合前の緊張感は、すべてタバサちゃんに吸収されてしまったのだろうか。ワッフルとティーカップの蓋を間違えている彼女とは対照的に、他3人はマイペースに甘味を楽しんでいるようだ。


 平和な空気に当てられて、私もいい具合に肩の力が抜けたところで……背後に、不穏な気配が現れた。


「エステルゥゥ……」


 そこには、2体のゾンビがいた。


「キャアア―――ッ!!!」


「わーっ!! タバサが倒れたです!!」


 ゾンビの正体は、ひどく顔色の悪いレオニードさんとゲンナジーさんだった。その後ろには涼しい顔のラムラさんもいる。


「ど、どうしたんですか!?」


「頼む……ヤーラを連れてきてくれ……」


「うおお、死にそうだぁ……」


「……もしかして――」


「そ。前日にはしゃいで酒盛りしてこのザマってわけ」


 煙管をふかしているラムラさんもおそらく参加したのだろうけれど、こうも平然としていられるのはなぜだろう……。


「ヤーラ君は設備点検のお手伝いに行っちゃいましたよ」


「うおお~~マジかぁぁ~~!!」


「こんなんじゃ、女の子たちの前でカッコつかないぜぇ……」


「あんたらをカッコいいと思ったことなんて一度もないから大丈夫よ」


 エルナさんのストレートパンチが二日酔い2人に大ダメージを与え、バタバタと撃沈させる。<BCDエクスカリバー>もまた緊張感とは無縁で、いつも通りすぎる感じがかえって安心感をくれた。


 が、他の勇者たちにはそうは映らなかったようだ。


「なんだよ、あいつら。遊びに来てんのか?」


「へらへら浮かれちゃってさ。やる気あんのって感じ」


「Eランクの部屋と間違えてんじゃねぇの」


 小声だが、はっきりと耳に届く非難の言葉。試合前のピリピリした雰囲気の中にいる人たちにとっては、こちらの気の抜けた空気が気に障ったのかもしれない。

 せり上がってくる気まずさを堪えて、私は聞こえないふりをしていたのだけど……。


「……あんだぁ? オレたちに喧嘩売ってんのかぁ?」


 ゲンナジーさんが大きな図体を怒らせて、声のしたほうを睨みつける。が、すぐにラムラさんが細長い手で制止した。


「あちらの方々は相当気合が入ってるみたいね~。でも、前日に飲みすぎて二日酔いで死にかけてたり~、試合前にキャイキャイお菓子パーティしてたりする人たちに、もし負けることがあったら~……と~っても恥ずかしいわよね~?」


 切れ長の狐目でじっとりと挑発するラムラさんに、文句を言っていた人たちも火がついたようで、それぞれの双眸に闘志をみなぎらせている。


 そう、すべては試合本番で決まる。その点について言えば、ここにいる2パーティは何の心配もいらない。



  ◇



 席に戻ったときには試合開始直前で、お手伝いに駆り出されていたヤーラ君とちょうど鉢合わせになった。


「ヤーラ君、お疲れ様。問題なさそうだった?」


「まあ……設備には、ないですね」


 何やら歯切れの悪い言い方をしてから、ヤーラ君は続けた。


「実は、ソルヴェイさんがつい先日西方支部に帰ってしまったんですよ」


「え、そうなの!?」


 せめて最後に一言挨拶くらいしたかったのだけど、ソルヴェイさんも早く帰りたい事情があったのかもしれない。


「そっか。そうなると人手が足りなくなっちゃうもんね……」


「ええ。そのうえ、ビャルヌさんもショックで仕事が手につかないみたいで」


 ああ……あのピュアな瞳が悲しみの涙に濡れるさまがありありと目に浮かぶ。突然の離別が純真無垢なドワーフに与えたダメージは計り知れない。


「それは……大変だったね」


「ビャルヌさんたちにはお世話になりましたから、別にいいんです。そのあと二日酔いのチンピラ2人に捕まったのが余計でした」


 ヤーラ君は心底うんざりしたようなため息を長々と吐き出した。とは言いつつ、そのチンピラ2人にもきちんと薬は出してあげたのだろうけど。


 そうこうしているうちに時間が来たようで、会場中に本番開始を告げる声が響き渡った。


『レディ~~~スエ~~ンジェントルメェェ~~~~ン!! いよいよトーナメント開始の時間が迫ってまいりましたァ!! 実況はわたくしレミジウス・ダンと!』


『天才ヒーラーのアンナでぇっす☆』


『本日はこの<勇者協会>屈指のムードメーカー2人で盛り上げていきますよ~~!!』


 本会場での試合はまさかの実況付きで、人選もまさかのレミーさんとアンナちゃんだ。たぶん、喋るのが上手い人が選ばれたんだろうな。2人はアリーナが見渡せる解説席で、拡声器を前にはしゃいでいる。失礼ながら、ちゃんと解説とかできるのかなぁ……?


『さて、初っ端はCランクの試合だけど、アンナちゃんはどう見るよ?』


『んとねぇ~……Cランクってぇ、ランク的には真ん中だからぁ、下から上がった勢と上から落ちちゃった勢がいいカンジにまざってんのね? 上いた人のほーが強いっちゃ強いけどぉ、そーゆー人たちモチベ低いわけ。そん中で<クレセントムーン>の女子パは両方のタイプ混じってるうえに最近モチベ高めなんよ~。だからぁ、わりと優勝候補かも?』


『な、なるほどぉ……』


 アンナちゃんの解説が喋り方以外全部まともだったので、レミーさん含めて会場中が静かに驚いている。


『えー、第一戦目はアンナちゃん注目の<クレセントムーン>のマッチ! どんな戦いを見せてくれるのか!』


 大勢の観客に取り囲まれて、両端から2つのパーティがそれぞれ登場する。マーレさんたちは、控室で見たときとなんら変わりない様子でお喋りに興じている。タバサちゃんだけは石像みたいにガチガチになってるけど……。


 緊張感の薄い<クレセントムーン>に、対戦相手のパーティは苛立たしげだ。控室でいちゃもんをつけてきた人たちかもしれない。


『なお、この特殊なフィールドは内部で負った傷は外に出ればリセットされ、致命傷を受けると自動的に退場するシステムになっております。負傷による痛みも軽減されています。お客様は安心してご覧ください』


『万一ケガ人出ても、アンナが治しちゃえばいいし~。死んじゃったらどーしよーもないケド?』


『やめてくれ、縁起でもねぇ……。コホン、それでは試合開始ッ!!』


 カーン、とゴングが高らかに音を響かせ、戦いの火蓋が切って落とされる。

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