#31 勇者の中の勇者

開会式

 大通りを埋め尽くすほどの人の波は、大きなうねりとなってある場所へ流れていく。帝都の中でもとりわけ古い歴史を持つ建造物、円形闘技場。昔は見世物として人間どうしの戦いが行われていたそうなのだけど、近年は歌劇やサーカスの舞台として利用されるのが主流だ。


 だけど、今日はその闘技場も本来の姿に戻る日だ。<勇者協会>が貸し切って、勇者たちによるトーナメントが開催されるのだから。それが一般の観客を入れてのイベントとなれば、この盛況ぶりも納得だろう。


 むっとするほどの人いきれで満ちている帝都はまさにお祭り状態で、闘技場へ至る道には見物客をターゲットにした屋台が所狭しと軒を並べている。次々に襲い来る食べ物の誘惑には、一般客のみならず大勢の勇者も犠牲になった。もちろん私も。


 試合前の今の時間、私は一人でドリンクを片手に会場の前をうろついている。もう少し家を出るのが遅ければ、あの人ごみに飲まれてここまで辿り着けなかったかもしれない。

 早く来たのは私だけではないようで、周りを見回せば、知っている顔もちらほらと目に入る。


「あ、エステルちゃんだぁ。サンドイッチ食べる?」


 私の知り合いで、二言目に食べ物を勧めてくる人は1人しかいない。


「クルトさん、おはようございます」


 挨拶を交わしてさっそく、正方形に切り分けられた小さいサンドイッチを1ついただく。具や味付けに変わったところはないけれど、絶品料理でも味わうように食べている人を前にすると、不思議とおいしく感じられた。


「そういえば、スターシャさんはいないんですね」


「うん。先に中入って……下調べ? 視察? みたいなことしてる。マジメだよね~」


 さすがは準備を怠らないスターシャさんだ。トーナメントで勝つための作戦もきっちり練っているのだろう。クルトさんがそれをきっちり理解して実行するかはともかく。


「そっちは? マリオとか何してんの?」


「私たちの試合はだいぶ後なので、他は誰も来てないんですよ」


「そっかぁ、全ランクの優勝チームと当たるんだっけ。大変だね~」


 まるっきり他人事みたいな言い方だが、私たちが<ダイヤモンド・ダスト>と戦う可能性も十分にある……というか、力量を考えればDランク帯ではクルトさんたちが一番強いのではないだろうか。


「じゃあおれ、この辺の屋台コンプしてくるから~」


 のん気なクルトさんは、そう言って雑踏の中に消えてしまった。


 それじゃあ私も何か食べようかな、と思っていた矢先、背後から強烈な視線を感じた。ゆっくりと首を動かせば、フードを目深に被った女性が建物の影に溶け込むように立っている。


「あなた、<ゼータ>の子よね?」


「は、はい」


 声でピンと来た。一応、顔の見える部分だけ確認してみる。やっぱりこの人は――


「<スターエース>のローラさん……ですか?」


「バレちゃってたか」


 フードの下から困ったような笑顔が現れた。それはすぐに深刻な表情に改まる。


「実はどうしてもお願いしたいことがあって。あたしたち、あんまり表立って動けないからさ」


「いいですよ。私にできることなら、なんでも」


「本当? じゃあ……詳しくはこれに。ごめんね」


 ローラさんは私に何かの包みを渡すと、そそくさと立ち去ってしまった。


 何かトラブルでもあったんだろうか。全勇者の頂点に立つパーティの一人が、人目をはばかりながら託すようなことって……?

 私はおそるおそる包みを開く。そこには数枚の硬貨と小さな紙片があって、こう書かれていた。


『このお金で買えるだけのお菓子を買ってきてくれませんか』


『ホントはお祭り楽しみたかったんだけど、立場的にそーゆーのできないから……こんなこと頼んでごめんね!!』


『あ、お釣りはお駄賃としてとっておいてください』


 ……。

 …………。

 ………………がくっ。


 胸の中にあったすべての懸念が霧散して、私は膝から崩れ落ちそうになった。

 まあ……いくらSランクの最強勇者とはいえ、こんな楽しそうなイベントには心惹かれてしまうのかもしれない。言いつけ通り、私は屋台を回ることにした。



 買い物を済ませた後は、闘技場の控室に来るよう手紙に書かれていた。私はクルトさん並みに紙袋を抱えたまま、指定の部屋の前に立っていた。


「ごめんください」


 両手が塞がっているのでノックの代わりにそう言うと、鍵の開く音がして、見覚えのある兜がドアの隙間から出てきた。


「……あれ? 君は――」


「あ――っ!! どうぞどうぞ上がって!!」


 アルフレートさんが兜を脱ごうとした矢先、ローラさんの甲高い声が割り込んで、私を中に引き入れた。


「いやー、手土産持って遊びに来てくれるなんて嬉しいなー。あはは……」


 あまりに不自然な棒読みに、アルフレートさんは脱いだ兜を片手にぽかんとし、ソファでだらけていたオーブリーさんはジトリと目を細める。


「ローラ、お前……お嬢ちゃんをパシリに使ったんか」


「ち、違っ……!! パシリなんて人聞きの悪い!」


「ここ来るときも屋台のほうチラチラ見てたもんねぇ」


「そ、そーゆーわけじゃ……」


 ローラさんのこっそりお菓子調達作戦は見事2人に看破されてしまったようで、私もつい笑ってしまう。


「私は別にいいですよ。よかったら皆さんでどうぞ」


「え? せっかく買ってきてくれたんだから、エステルも一緒に食べようよ」


「いいんですか?」


「もちろん! あたし、前からもっと話してみたいと思ってたんだ。<ゼータ>の話とか聞かせてよ」


 開き直ったローラさんに促されるまま、私は<スターエース>のお菓子パーティに参加することになってしまった。



  ◇



 最強勇者たちによるなごやかな談笑会(おやつ付き)を終えた頃には、ちょうど開会式が始まる時間帯になっていた。


 観客席は一般客用と私たち勇者用に分かれている。自分の指定座席に行くと、すでに<ゼータ>の他の仲間たちが座って待っていた。


「おせぇぞ、ヘボリーダー」


「すみません」


「大丈夫ですよ。開会式まであと3分42秒あります」


 ヤーラ君が時計片手に寸分違わぬ正確さでフォローしてくれる。ゼクさんはもうすでに退屈そうで、マリオさんはにこにこ行儀よく座っており、ロゼールさんは当たり前のように不在で、スレインさんだけ妙にピリピリと張りつめている。

 ロゼールさんなら、こう看破するだろう。


「スレインさん……お兄さんもいらしてるんですね」


「なぜわかった?」


「本当だ。上から4段目の席にいるね」


「どこだ!?」


 マリオさんが指で示した先には豆粒みたいな観衆しか見えないが、スレインさんがここまで取り乱しているのだから、ロゼールさんでなくてもわかる。


 そうこうしているうちに3分42秒が経過したようで、大勢の観衆に取り囲まれた中心にウェッバー会長が現れた。会長は手に持っていた四角い機器を口元に持っていく。声を拡張する魔道具のようだ。


『皆様、本日はこのような場所にお集まりいただき……』


 会長の挨拶が始まって数分も経たないうちに、隣からゼクさんのイビキが聞こえてきた。


『本大会の目的は、全勇者中最も強いパーティ――すなわち、魔界へ乗り込むにふさわしい者たちを決定することであります。EランクからSランクまで、すべての勇者にチャンスがあります』


 もちろん、私たち<ゼータ>にも――と、心の中で付け加える。


『試合はまず、EからAまで各ランクのパーティ同士で行います。それぞれのランクで勝ち上がったパーティは、特別なランクである<ゼータ>と戦います。それから……』


 私たちが優勝するには、EからAまでのトップのパーティに勝ち、最後に唯一のSランクである<スターエース>を打ち破らないといけない。どのパーティにとっても、アルフレートさんたちが最後の壁になるわけだ。


『では、勇者諸君らの健闘を祈ります』


 会長が戦いの始まりを告げると、場内が一気に興奮と歓声に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る