新しい写真

 診療所からの帰り、珍しくガルフリッドさんが「見せたいものがある」と言って私とレイを誘ってくれた。背中を丸めて杖を支えに歩く彼の後ろ姿に従って、裏通りの古い民家に辿り着く。


「ボロい家だな」


「うるせぇ」


 お邪魔しますの挨拶がわりに文句をつけたレイは、遠慮もなしにずかずかと中に入っていく。古い床板がギシギシうめき声を上げている。


 椅子なのか台なのかわからない場所に座らされた私とレイは、奥の部屋に行ったガルフリッドさんを待っていた。「お茶くらい出ねぇのかよ」とぶつくさ言っていたレイは、なんだかんだ緊張気味にがらんとした内装を見まわしていた。


 奥から出てきたガルフリッドさんは、機械みたいなものを小脇に抱え、手に小さな紙を何枚か持って戻ってきた。


「それ、何ですか?」


「お嬢ちゃんなら、よく知ってるんじゃねぇか?」


 テーブルに差し出された紙切れを前に、薄暗い照明を頼りにじっと目を凝らす。それは、写真だった。写っているのは――


「お兄ちゃん?」


 中央にピースサインを作っている笑顔のお兄ちゃんがいて、その後ろには仲間らしき人たち――うち1人は、アルフレートさんのお兄さん。いつの写真だろう。最後に見たお兄ちゃんの姿より、少し若いような気がする。


「やるよ。俺が持っててもしょうがねぇ」


「あ、ありがとうございます!」


 写真機なんてうちの村にはなかったから、お兄ちゃんの姿が目で見られるのは、この写真1枚だけだ。記憶の中にもお兄ちゃんの顔は残っていたけれど、これでより鮮明になったというか、お兄ちゃんが近くにいるような気さえしてきた。


「お前には、これ」


「誰?」


 レイが渡された写真には、山賊みたいに荒々しい男たちの飲み会の光景が写っている。


「そいつは、ゼクの古巣のメンツだ」


「兄貴の!?」


「ああ。手前にいるのがリーダーのマンフレッド。その右隣が……」


 ゼクさんの名前が出た途端に食いついたレイに、ガルフリッドさんは写っている人たちの紹介を始める。<アブザード・セイバー>の人たち、話には聞いていたけどこんな顔だったんだ。


「兄貴のはないの?」


「あいつは写真嫌いだからな」


「じゃあ、今からでも撮ろうぜ! それ、写真機だろ?」


 レイが指さした古めかしい機械は、大きなレンズが特徴的な写真機だった。年季は入っているが、かなり高価そうだ。


「こいつはだめだ」


「なんで」


 ガルフリッドさんは、残りの写真をテーブルに並べた。どれもこれも、勇者らしき人たちが楽しそうな表情で写っている。


「こいつは呪われてるんだ。写した人間を殺しちまうのさ」


「はぁ?」


「エリックも、マニーたちも、ここにいる俺のツレも、みんな死んじまった」


 はっとして、私の知らないガルフリッドさんの旧友たちを見渡した。誰もかれも、夢と希望に満ちあふれたような眩しい笑顔を向けている。その全員――お兄ちゃんを含めた全員が、ガルフリッドさんの失ってしまったもの。


「これはツレだった奴が調子に乗って買ってきたもんでよ。遊びで何枚かバシバシ撮って……すぐ、遺品として引き取ることになっちまった。大枚はたいて、あいつも馬鹿だよな」


 彼は愛おしそうに、くすんだ機械を撫でる。が、レイが唐突にそれを乱雑に奪い取り、レンズを自分に向けてパシャリとシャッターを切った。一連の動作があまりにもなめらかで、ガルフリッドさんも目で追っただけで固まっていた。


「お、もう写真出てきた。すげー」


「なっ……何やってんだ、馬鹿!!」


「馬鹿はおめーだよ、ジジイ。何が呪いだ。たとえばこれで100人の写真撮ったとして、100人全員が死ぬのか? んなわけねーだろ、バァーカ」


 ずいぶんな物言いだったが、ガルフリッドさんは一言も言い返せなかった。


「よし、今からこれで写真撮りまくってきてやるよ。全員フツーに生きてたら、オレの勝ち。呪いなんて存在しねぇってことで」


 レイはニカッと白い歯を見せ、宣戦布告をする。その弾けるような笑みは、古い写真の中の勇者たちとよく似ていた。


「となると、まずは兄貴たちから撮りてぇけど……兄貴、写真嫌いなんだっけ」


「私からもお願いしてみるよ」


「マジで? じゃ、最初は<ゼータ>からな!」


 レイは子供のような無邪気さではしゃいでいて、見ている私も自然と頬がゆるんでくる。ふっ、と息をついたガルフリッドさんも、子供を見守る親みたいな表情になっていた。



  ◇



「写真だぁ? んなもん撮るわけねぇだろうが」


 いつものように訓練所で他の勇者たちを蹂躙していたゼクさんが、レイのお願いまで跳ねのける。


「頼むよ兄貴! ジジイにやるって言った手前、後に引けねぇんだ!」


「私からもお願いします、ゼクさん」


「ぬ……」


 ゼクさんが渋っていると、後ろからロゼールさんが顔を出して、レイの持っている写真機をまじまじと眺める。


「懐かしいわねぇ、これ。へぇ……あの偏屈がこんなもの持ち出すなんて」


「ロゼールさんも一緒に撮りましょうね」


「ええ。ここにいる全員写真に収めるつもりなんでしょう?」


 彼女はこの写真機のことも、私たちの目的も、すべて理解しているようだった。


「この図体のでかいお子ちゃまは、自分の写真写りが悪いのを気にしてるのよ。気にせずシャッター切っちゃいなさい」


「そんな、ゼクさんは絶対かっこよく撮れますよ!」


「兄貴は十分男前っすよ!」


「うるせぇ――んだよ、テメェら!! 撮りゃあいいんだろ、撮りゃあ!!」


 すさまじい早さで前言撤回したゼクさんに口元がほころびつつ、私はスレインさんやマリオさん、ヤーラ君も呼び寄せて撮影の準備にとりかかった。


「二列に並んだほうがよさそうだな。エステルとヤーラは前に出てもらおう」


「俺とこのチビが同じ画面に入れるかぁ?」


「ぼくがヤーラ君を持ち上げようか」


「やめてくださいよ! ゼクさんが屈めばいいじゃないですか!」


 なんやかんや揉めたりしながらも、撮影が終わってみれば、出来上がった写真は実に<ゼータ>らしい仕上がりになっていた。それぞれがバラバラな個性を出しつつも、全体を見れば不思議とまとまりがあるような、そんな雰囲気だった。


「なんだ、面白そうなことやってんな」


 こんなところで写真撮影なんてやっている私たちが珍しかったのだろう、他の勇者たちも興味津々の様子で集まってくる。こうなればしめたもので、レイは片っ端から声をかけに行った。


「写真? いいねぇ、イケメンに撮ってくれよ」


「これ、何すりゃいいんだぁ?」


「もう3歩下がって、こっち向いて。はい、どうぞ~」


 パシャリ。


「あたしらも撮ってくれるの? やった! みんな、来て来て!」


「リナはちっちゃいから、前列センターいただきです!」


「ああ、ほら、押さないの! タバサ、まだ?」


「え、え、あの、ちょっと、眼鏡拭いてから……」


 パシャリ。


「わあ、なんか古そうな機械だね~。ドーナツ食べる?」


「撮影は構わないけれど、早く済ませてちょうだい」


 パシャリ。


「俺たちも撮るのか? 別にいいが、人数多いぞ?」


「ミアは小さいから、大丈夫だと思います……」


「ヘルミーナも十分小柄ですわ。さあ、前にいらっしゃい!」


「ロキがいないよー。シグ、つれてきてよー」


「……」


「わかったわかった! 出ればいいんでしょ、出れば!」


 パシャリ。


「うわ、これなっつ!! マジかよ、あいつ……。君らすげぇな」


「撮るのはいいんだけどさ、他の人には見せないでよ?」


「え、俺エリックさんと同じポーズで撮りたい」


 パシャリ。



 こうして出来上がった写真は数十枚。よく知っている人も、あまり話したことのない人も、まんべんなく小さな紙片に収められている。


 写真機を返しに行ったついでにそれらの成果を見せると、ガルフリッドさんも感心したように顎ひげをなでていた。


「よくもまあ、こんなに集めたもんだ」


「オレの人脈ナメんなよ。……ほとんどエステルのおかげだけど」


「そ、そんなことないよ」


 実際、レイの素直な性格がいろいろな人たちに受け入れられたのが、この結果に繋がったのだと思う。


「……もう気は済んだろ。早く返せ――」


 パシャリ。と、シャッターがガルフリッドさんの隙を突く。写真機を下ろすと、レイのいたずらっ子みたいな笑みが現れる。


「これで揃ったな」


 写真に写した人たちのうち、一人も死ななければレイの勝ち。そういうルールだった。ということは、つまり――


 もう誰も死なせたくない。そんなレイの決意が、1枚1枚の写真に込められているような気がした。

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