魔の潜む山

 <エデンズ・ナイト>の2人とクエストに行くのは初めて会ったとき以来だ。2人分増えた地面を踏み鳴らす足音を、懐かしい気分で聞いている。

 あのときはレイもピリピリしていたけれど、今はゼクさんと一緒にいられて嬉しそうにしている。そのおかげか、私たちに対しても前ほどの警戒感はない。


「兄貴は魔人と戦ったことある?」


 ゼクさんと話しているときのレイの目は、夢見る子供のように輝いている。


「当たり前だろ。全員ぶちのめしてやったがな。……お前はそういや、ダリアと戦ったんだっけか」


「何が何だかわかんねぇうちにやられちまったよ。兄貴みたいにはいかねぇや」


「あいつら、妙な魔術使いやがるからな。お前、今回はちゃんとやれんだろうな?」


「え? あー……」


「おい、まさか適当にSランク選んだわけじゃねぇよな」


 初めの頃、適当にSランクのドラゴンを討伐しに行った人の台詞とは思えない。レイが言い淀んでいる後ろで、ロゼールさんがクスクスと笑い声をこぼしている。


「ゼク。この可愛らしい子犬ちゃんはね、自分のためにあなたが低いランクのクエストばかり受けていたのを気にしてるのよ。だから今回のは、あなたのために選んだクエストなの。そうでしょう?」


 レイは途端に動揺して、赤い顔で目を反らしている。ロゼールさんでなくても図星だとわかる。ゼクさんは後頭部をわしわしとかき回した。


「俺らのことは気にすんなっつったろ」


「だって……」


「うふふ。まあ、考えなしの無謀な挑戦ってわけじゃないってこと。そっちの偏屈おじさんは理解できた?」


 ロゼールさんにやんわりと矛先を向けられたガルフリッドさんは、沈黙だけを返す。


「だが、情報は共有しておいたほうがいいだろう」


 スレインさんが、クエストの詳細が書かれた用紙を片手に提案した。


「今回の敵の魔人は、山奥に潜んでいてほとんど姿を見せないそうだ。ふもとの村の住民が山菜採りに行ったときに偶然目撃したらしい。だから、詳しいことはまだわからないようだが……」


「情報共有もクソもねぇじゃねーか」


「この場合は問題の共有だな。敵の素性がわからない中で、どう探るか、何が目的なのか……」


「情報が少ないのに、どうしてSランクなんだろう?」


 マリオさんがもっともな疑問を呈すると、スレインさんも淀みなく答える。


「魔人が潜むという山そのものが、魔物のうごめく危険地帯だからだ。そこを突破するだけでAランク級の実力が要る。そのうえに、魔人だ」


「要するに、全部ぶちのめして魔人引きずり出しゃいいんだな」


 ゼクさんのとてもシンプルな作戦案に、スレインさんは目を細める。


「……敵は何を仕掛けてくるかわからない。まずは、目撃者への聞き込みからだ」


 ゼクさん以外はスレインさんの示した方針に賛成し、私たちは魔人が潜むという山のふもとの村へ足を速めた。



  ◇



 村に着いた私たちが聞き込みをしたい旨を話すと、さっそく魔人を見たという当事者を紹介してもらい、その人の家で話を聞くことになった。


「その日はうっかり山の中で迷っちまってよ、かなり奥のほうまで行っちゃったんだよな」


 30半ばくらいだろうか、田舎らしい素朴な風貌の男性は、記憶を手繰るように語り始める。


「魔物が出たらヤバイなと思って隠れながら道を探してたんだけどよ、そしたら森の中に男が1人いたんだ。そいつが魔人さ」


「その魔人は、そのとき何を?」


 スレインさんが質問で話を促すと、男性はうーんと視線を天井に上げる。


「俺もびっくりして動転してたから……でも、ただ木の前で突っ立ってたように見えたな」


「外見的な特徴は覚えていますか? 背格好とか、ツノの形とか……」


「身長は普通くらいかな。ツノはなかったよ。人間の姿をしてたからな」


 ……ん? 私は軽く首をかしげる。


「人間の姿だけで、どうして魔人だと?」


「だって、魔物だらけの山を普通の人間がうろつけるわけないだろ? とくれば、魔人に決まってる」


 頭痛が起きそうになったのは私だけではないはずだ。Sランク級の魔人の存在が、一気に怪しいものになってきた。


「魔物だらけの山をうろつくっつったら、お前もそうじゃねぇのか?」


 ゼクさんが眉をぴくぴくさせながら問い詰めるが、村人の男性は臆面もなく弁明する。


「だって、この辺の集落っつったらこの村しかねぇし、村の人間の顔なら俺はわかるもんよ。俺が見た男は山に住んでるってことさ。魔物だらけの山に! それに俺は、山に入るときはいつも弟と一緒だからな。ほら」


 男性が手で示した先を視線で追うと、そこには大きな岩の塊――と、見まごうばかりの筋骨隆々の青年の笑顔があった。


「弟は見ての通り屈強だから、ちょっとした魔物ならひとひねりさ。まあ、この村の連中は魔物に備えて武装してる奴が多いから。ゴブリンの群れを追い払ったこともあるし」


 危険な場所に住む人々も、その環境に適応していくものなんだなぁ……と、私は妙に感心していた。 


「……ともかく、山の中にいた謎の人物を調査する。それでいいか?」


 スレインさんの事務的な決定に、私は頷く。そこで、屈強な弟さんが立ち上がった。


「この村の人間は、長年魔族に脅かされ続けています。どうか勇者様、村を魔人の手からお救いください! 必要とあらば、僕も同行いたします!」


「い、いえそんな。私たちだけで大丈夫ですよ」


「そうですか……よろしくお願いします」


 弟さんは正義感の強い人みたい。ともかく、このお兄さんのほうが見たという人物が魔人なのかどうか。まずは、それを確かめないと。



  ◇



 話にもあった通り、山の中は魔物の巣窟で、少し進むたびに新たな敵がわんさか湧いてくるような危険地帯だった。

 今のところはゴブリンのような低級の魔物が多かったので、ゼクさんたちに交じってレイも参戦し、日頃の特訓の成果を存分に発揮していた。


 レイは以前のように無謀に突っ込むのではなく、周囲を見渡して的確に立ち回っている。数で押してくるゴブリンたちに対しても、囲まれないようにうまく場所を取り、敵が固まったところに鋭い一撃を叩きこんでいる。


「いいぞ、レイ! どんどんぶち殺せ!!」


「うっす!」


 ゼクさんは意外にも褒めて伸ばすタイプのようだ。声援を受けたレイはますます気合が入ったとみえて、剣の鋭さも増している。


 現状ではこちらの戦力にはまだまだ余裕があり、なんならロゼールさんなんてサボってお茶まで飲んでいる。まあ、私も一杯いただいちゃったんだけど。


 しかし、そんな余裕はいつまでも続かない。いつの間にかレイの足元に、蛇のような何かがにじり寄っていた。


「――レイ!!」


 ゼクさんが叫ぶと同時、蛇の魔物が牙を剥き出しにして飛び掛かる。ようやく気付いたレイにはもう、回避する隙もない。


 が、蛇の牙は硬い何かに当たって弾かれる。盾を構えたガルフリッドさんが間に入っていた。

 跳ね返された蛇は落ちて地面に触れることもなく、その首を斧で両断される。


 窮地を救ったガルフリッドさんは何も言わず、かえってそれがレイを戸惑わせたようだ。


「な……なんだよ。邪魔すんじゃねぇよ」


 何か言えば余計こじれると思っているのか、ガルフリッドさんは無言を貫き、レイも意地になってしまっている。この2人のぎこちない関係は、まだまだ解消されそうにない。


 微妙な空気感を隅に残しつつ、私たちは魔人の住処へ着実に近づいていった。

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