#30 失楽園
呪われた男
真っすぐ天に伸びた剣が、空気を割りながら振り下ろされる。ナイフの短い刃の平面が剣を擦り、火花を散らせながら軌道を反らす。その間にもう1本のナイフが剣の合間をすり抜けて懐に迫るが、ひらりと翻った身の脇を通り抜けて空振り。再び距離をとって対峙する2人。
「やるじゃねぇか、お嬢ちゃん!」
「るせぇ、余裕こいてんじゃねぇ!」
今日の訓練所では、ゼクさんに代わってレオニードさんがレイの相手をしている。レオニードさんは手加減しているふうではあるが、レイも前に見たときよりぐんと動きが良くなっている気がする。
ひと勝負ついたところで、ちょうど本部に行っていたゼクさんが戻ってきた。背が高くて目立つので、レイはすぐさま師匠の姿を見つけ、満面の笑顔で駆けつけていった。その姿はさながら、帰宅した主人に飛びつくワンちゃん。
置いていかれたレオニードさんも後から合流し、わざとらしく敬礼する。
「兄貴、お勤めご苦労様です」
「おう」
協会本部から晴れて解放されたゼクさんへの労いとしては、ちょっと冗談にならない挨拶だ。傍で聞いていたレイがむっと目を細める。
「兄貴が魔族だなんてふざけたこと言ってる奴、もういないっすよね? それを言いふらした奴が本当の魔族とか、やっぱあいつらクソっすよね」
「……ああ」
ゼクさんは複雑そうな顔を浮かべている。騒動を起こした<オールアウト>はめっきり姿を見せなくなって、他の勇者たちには日常が戻ってきた。
魔族疑惑のせいかはわからないが、一時停止されていた<ゼータ>へのクエスト協力の依頼もだいぶ減ってしまって、忙しさからは解放された。
ただ、協会の中に本物の魔族が潜んでいるという確かな懸念は、私たちの中に残り続けている。ロキさんも調べてくれているらしいのだけど、それらしい情報は入ってこない。
今は表向きの平和を享受して、私は訓練所の様子を見守っている。いつの間にかレイにも知り合いが増えていて、自然と周りに人が集まっていた。
「お嬢ちゃん。次はあのでかいのと戦ってみねぇか?」
「オ、オレぁちっちゃい女の子なんて無理だぜぇ!!」
「つぎ、ミアがいい! ミアとあそんで!」
「設備壊さないようにするんだぞ」
「でも最近ほんとに強くなったよね。すごい頑張ってる」
「そのうち金髪のチンピラくらい倒せるようになるわよ」
レイはゼクさんのことで一緒に抗議したレオニードさんたちと意気投合したらしく、そこからトマスさんたちや<クレセントムーン>の人たちとも繋がったみたい。和気あいあいと温かな雰囲気に包まれて、レイも少し照れくさそうだけど、時折どこか不満そうな表情がちらつくときがある。
その真意を知ったのは、帰り際になってからだった。
「オレはもっと、でかいヤマがやりたいんすよ!」
「だ、そうだ」
やる気に満ち満ちているレイを横目に、ゼクさんが雑に話を振る。
「えーっと……ランクの高いクエストってこと?」
「そう。最近はパッとしない敵ばっかだし、なんつーか……物足りねぇんだよ。それで、これ」
レイが私に突きつけたのは、魔人討伐のクエストだった。推奨ランクは――
「Sランク? しかも魔人って……この前のドラゴンとはわけが違うよ?」
「わかってる」
無謀な挑戦をしようという様子ではなかった。レイも魔人と戦っても勝てないことは織り込み済みで、それ以外に何か目的があるように見える。
「……。ゼクさんは、どう思いますか?」
「やりてぇってんなら、やりゃあいい。俺がいりゃ、レイが死ぬこたぁねーだろうしな。……まあ、ガルフのオヤジが何て言うかは知らねぇが」
「確かに、ガルフリッドさんは反対しそうですね」
「なぁエステル、ジジイんとこ行って説得してきてくれよ。オレが話すと喧嘩んなるし」
「別にいいけど……」
他の勇者とは打ち解けてきたレイも、仲間であるガルフリッドさんとはやっぱりまだうまくいってないみたい。私はレイからクエストの紙を受け取って、訓練所を後にした。
◇
ガルフリッドさんには行きつけのお店があって、暇なときはたいていそこにいるらしい。私が店内を覗くと、奥の席に静かに座っている姿が目に入った。彼の知り合いなのだろうか、もう一人ベテラン勇者らしきおじさんがテーブルを挟んで向かい合っている。
「ガルフリッドさん」
名前を呼ぶと、顔を上げたガルフリッドさんが何か言いかけたが、その前に向かいのおじさんが大声を被せてしまった。
「お~~っ!! <ゼータ>のエステルちゃん!」
私たちの名前はベテランの人たちにも轟いていたらしい。おじさんは満面の笑みで手招きをしてくれて、誘われるままに私もテーブルについた。
「なんでぇガルフ、お前も隅に置けねぇな~? エステルちゃん、好きなもん食べな。おじさんが奢ってあげるよ~」
「俺に用事があって来たんじゃねぇのか」
ご機嫌なおじさんに翻弄されている私を、ガルフリッドさんが低い声で引き戻す。
「あ、はい。このクエストをやりたいって、レイが」
紙を差し出してすぐ、ガルフリッドさんの眉間の皺が深くなる。おじさんも興味深そうに覗いている。
「……無理に決まってんだろ」
「いいんじゃねぇ~?」
真逆の意見が、ほぼ同時に起こった。ガルフリッドさんは、のん気そうなおじさんをジロリと睨む。
「や、だって、<ゼータ>も一緒なんだろ? いい経験になるぜ。いつまでも過保護にしてちゃあいけねぇって」
「お前……」
おじさんの能天気さに、ガルフリッドさんも渋い顔をする。が、それは拒絶を示すものではなかったようだ。
「……<ゼータ>全員が同行するなら、やってもいい」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだろうが。よそのパーティにばっかカマかけて、自分のとこが疎かになってんじゃねえのか」
心配が文句の形で出てくるのが、ガルフリッドさんらしいというか。私は笑顔で返す。
「大丈夫ですよ。パーティの実績とか評価とか、あんまり興味ないですし……それに、最終的にトーナメントで優勝すれば一緒ですから」
「ほぉー! すげぇ自信だ」
ベテラン風のおじさんが感心したように両の眉を上げる。
「疎かってぇとガルフ、おめぇんとこはどうなのよ? また若ぇ嬢ちゃんとパーティ組んだって聞いたがよ、件のそのコといるの、見たことねぇんだけど」
「……」
「ひょっとして、年頃の女の子が気にするようなこと言って、嫌われちまったか!」
茶化したような図星の指摘が、沈黙をさらに深くする。へらへらしていたおじさんも、その雰囲気を察して徐々に大人しくなった。
「あー……で、でもほら、前のとこはそこそこうまくやってたろ? あの性格キツそうな女の子がリーダーの」
きっと、スターシャさんのことだ。ガルフリッドさんは以前、<ダイヤモンドダスト>にいたと聞いた。
「あいつは感情で動くタイプじゃねぇからな。今度のは、聞き分けのねぇ犬っころみてぇなガキだ。やってられん」
嘘だ、と私にはすぐわかった。ガルフリッドさんがレイのことを嫌ってるわけがない。どう接していいかわからないだけなんだと思う。
「そんなヤンチャな娘なら、なおさら守ってやんねぇと」
「迂闊に近づいたら、俺の呪いで死んじまうかもしれねぇぞ」
「の、呪い?」
ガルフリッドさんは自嘲気味にふっと息を漏らし、お茶を啜る。
「俺の入ったパーティでは、必ず誰かが死ぬって呪いだ。一時仲間がバタバタ死んでよ、噂になった」
「あんときゃ、協会のランク審査がガバガバだったからだろ? たまたまだよ、たまたま!」
「いや……呪いはいまだ健在らしい」
どういうことだろう、とガルフリッドさんに質す前に、店中に響く甲高い声が飛び込んできた。
「いたぁ~~~っ!!」
店内の全員が入口のほうに目を向ける。勇者らしい装いの若い女性が、今まさに私と話していたおじさんにビシッと指を突き刺した。
「またこんなとこでサボって!! 誰かに見られたらどうするの!!」
「いいじゃねぇかよ、たまには~」
「よくないわよ! まだアルフも捕まってないんだから、一緒に探して!」
……え?
はっと気づいた私は慌てて立ち上がり、店を出ようとしている2人の勇者を引き止めた。
「あの、もしかしてあなたは――」
「……あれ、覚えてなかった? そういえば名前も教えてなかったな。俺は<スターエース>のオーブリー。こっちはローラ。君らが勝ち上がってくるのを、楽しみにしてるよ~」
おじさんは――最強パーティの一角である勇者は、飄々と私に手を振ってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます