生か死か
ゼクさんが魔族だと――少なくとも協会側では確定して以来、<ゼータ>は活動停止を命じられていた。今後の処分については協会内でも揉めているようで、リーダーである私だけが本部に呼び出され、審議の後に決定されることになった。
この数日、たびたびロキさんが協会内の動きを知らせてくれていたが、明るい兆しは見えなかった。スレインさんは相変わらずラルカンさんと水面下で何かしているようで、今日はどこか妙な緊張感を放っていた気がする。
本部で私が案内されたのは小さな裁判所のような部屋で、中央に警備の人に挟まれて手錠で拘束されたゼクさんがいた。一瞬だけ目が合うと、彼は気まずそうに舌打ちをして顔を背ける。
――絶対助けますからね。何があろうと、絶対に。
部屋をぐるりと囲んでいる座席には、人事部長をはじめとする上層部の人たち、関係者である<オールアウト>の3人、そして奥にはウェッバー会長が控えていた。
会長は、以前私が見た温和な雰囲気はまったくなくて、憤りを滾らせているような厳しい顔つきをしている。
「これより勇者ゼク――もとい、魔族ゼクの処分について、審議を行う」
会長が発する声も、冷たく重い。無事釈放、という結果は絶望的に思えた。
「まず、魔族でありながら経歴を偽り、この<勇者協会>に潜入した目的は何かね」
「……魔族じゃねぇっつってんだろ」
ゼクさんは小さく吐き捨てる。最後まで認める気はないという覚悟を持ったような言い方だ。
「すでに確たる証拠、証言が揃っている」
「そいつは嘘かもしれねぇだろ。つか、俺がどうこう言ったところで、最終的に俺を殺すつもりなんじゃねぇのか?」
そこで、スヴェトキン人事部長が挙手をした。
「『勇者』ゼクに関して言えば、彼はクエストにおいて同胞たる魔族を数多く排除している。明らかに魔族側に損害をもたらしているほどに。完全に魔族側の味方とは言えん。魔界から逃亡してきた脱走兵の類いだと私は見ている」
人事部長はかなり正解に近い推論を導いている。
「彼が魔族の味方でないとすれば、魔界の情報を聞き出すかわりに命を助けるという条件で、捕虜として扱うことを提案したい」
その意見はかなり公正だし、ゼクさんが死ななくて済むという点で、今の状況で出うる最善の案に思えた。が、会長は厳しい表情を変えなかった。
「却下だ。この男はそもそも魔族だと認める気もなく、<アブザード・セイバー>の仲間を殺し、ラックたちを暴力的に脅した。生かしておくのは危険すぎる」
「そうだ、父さん。こいつは魔族であることを黙っていろと、僕らを殴りつけたんだ! 何度も何度も!」
ラックが声高らかにありもしない話を告発する。会長が強硬な態度に出ているのは、そのせいだったのか。
人事部長は自分の提案には特にこだわりを見せず、会長の意向を汲んだようだ。
「……では、極刑という形に」
「うむ」
「待っ――」
私が反射的に声を発すると、今度はこちらに矛先が向けられた。
「して、<ゼータ>の他のメンバーは――ゼクが魔族であることを知っていて隠蔽していたのかね」
今日、私が呼ばれた理由がわかった。ゼクさん以外に罪に問う必要がある人間がいないかを、確かめるためだ。
「違います。そもそもゼクさんが魔族だなんて、誰も信じていません」
「嘘だね」
ラックが鼻につくような声で割り込んでくる。
「僕らを脅して口止めしようとしたのは、この男だけじゃない。スレインもだ! あいつはわざわざ僕を見張るためにクエストの報告に同席しただろう?」
……確かに、スレインさんはラックのことを「信用できない」と言って一緒に報告しに行っていた。ラックはそれを逆手に取って、スレインさんにまであらぬ罪を着せるつもりらしい。
ここまで卑劣な男だとは思わなかった。ふつふつと湧いてくる怒りの何割かは、後悔に変わった。私がラックの頼みを受けなければ、こんなことにはならなかったのに。自分の甘さが嫌になる。
「つまり、スレインもこの男とグルで――」
「関係ねぇよ」
ゼクさんが荒っぽい声でラックの言葉を遮った。
「あのスカした騎士野郎は、そこの脳ミソ足らねぇクソ坊ちゃんが信用できなかっただけだろ。つーか、俺がそこのアホ面リーダーや他の連中と仲良しゴッコなんざすると思うか? あいつらは、関係ねぇよ」
ああ、庇ってくれてるんだ。最悪の結末を迎えても、私たちだけは助かるように。
喉の奥が熱くなってくる。ゼクさんを絶対に助けなきゃならないのに、私にできることは、もう――
「待て」
力強く澄み渡った声が、淀んだ靄を切り払う。
その主は部屋にいる誰でもなく、開かれた扉の真ん中に威風堂々たる立ち姿を晒していた。
「スレインさん……!」
ここに来たということは、何か打開策を持ってきてくれたということだ。兜から覗く2つの眼は、強固な意志に煌めいている。
よく見れば、スレインさんの後ろにもう1人誰かがいる。アンナちゃんだ。けれど、様子がおかしい。両目を真っ赤にして、すん、すんと小刻みに鼻をすすっている。……泣いている?
どうしたのだろうと心配になったが、みんなが見ていない一瞬に彼女は舌をぺろりと出してみせ、嘘泣きだということをアピールした。
「今さら何しに来たんだい、魔族の共犯者め」
「それは君たちのほうじゃないか? ラック」
「……何?」
いぶかしむラックをよそに、スレインさんはここにいる全員に向かって、舞台役者のように話し始めた。
「お取り込み中に申し訳ありません。ゼクの処分を決定する前に、どうしても皆様に――特に、ウェッバー会長殿にお伝えしなければならないことがあります」
名指しされた会長は、神経を尖らせたような顔つきでスレインさんの言葉を待っている。
「結論から言えば、ゼクが魔族であるという検査結果は偽物です。ここにいる彼女が証人です」
アンナちゃんは器用にも、涙交じりの声を演出しながら証言する。
「あ、あのぉ……アンナ、実はケンサ? のとき、カミルセンセの見てないうちに血ぃ入ってるやつすり替えてぇ……」
小さなどよめきが起こる。冷静だった人事部長が、アンナちゃんを問い詰めた。
「なぜそんなことをしたのかね」
「よくわかんないけどぉ、カイチョさんのムスコ? って人がそうしろって」
「なっ⁉」
ラックはわかりやすく動揺した。本来はアンナちゃんが血液をすり替えて、その後にラックたちの仲間が検査結果をすり替えたはずだったが、どうやらラックたちがアンナちゃんを雇ったというシナリオに変えたようだ。
「でたらめ言うな! 僕はこんな女は知らない!」
「アンナに頼んできたのはぁ、違う人だったかもしんないけどぉ……」
「俺も知らないっすよ! そもそもこいつじゃなくて――」
「馬鹿、黙ってろ!」
ラックの仲間2人も弁明を始める。畳みかけるように、アンナちゃんはより激しい涙声で演じた。
「で、でもぉ! アンナのせいで人死んじゃうかもって、こんなことになると思ってなくてぇ……! だからぁ、だからぁ、ゴメンナサイ……!!」
とうとうアンナちゃんは顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。全部演技なのだとしたら空恐ろしい。
一方、息子に裏工作の疑いがかかった会長は一転、青ざめた顔に冷や汗を垂らしている。
「馬鹿な……。ラック、お前がそんなことをするはずはない。そうだろう?」
「あ、当たり前だよ、父さん」
「しかし、証言だけでは確たる証拠にはならん。ラック・ウェッバーの証言も同様に」
人事部長の威厳ある言葉は、冷静さを失いかけている会長に釘を刺す意味合いもあったのだろう。今度はスレインさんがその意見に乗った。
「ええ。ですから、私はゼクの再検査、および<オールアウト>3人の血液検査を提案いたします」
「はぁ⁉ なぜ僕たちまで――」
「聞いていなかったか? アンナは『血液をすり替えた』と言った。その血の検査結果が、『純然たる魔族』のものだった。つまり……ダミーの血液を提供した、本物の魔族がいるはずだ」
ここにいる全員に、衝撃と動揺が走る。
「私の見立てでは……<オールアウト>の中に、魔族が紛れている」
スレインさんはラックたちを厳しい眼差しで睨んでいる。
だけど――マリオさんも言っていたように、再検査をすれば今度こそゼクさんが魔族だとわかってしまう。いったい、どうするつもりなのだろう……。
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