翌日、<勇者協会>の本部に来ると、すぐに異様な空気が立ち込めているのに気づいた。ロビーに入った瞬間、その場にいた人々の好奇の視線が私に集まった。ひそひそ話をする声まで聞こえて、何か良くない噂が立っているのは一目瞭然だった。


「エステルちゃん!」


 バタバタと飛び出してきたのは、レミーさんだった。


「何かあったんですか?」


「どうもこうも……とにかく来てくれ! 大変なんだ!」



 私が連れられたのは、執務室のような場所だった。テーブルを挟むソファにはすでにドナート課長が座っていて、奥のデスクにはいかめしい顔の男性が腕を組んでいる。前にちらっと見かけた、スターシャさんのお父さん――すなわち、人事部長だ。


「レミー、説明はしたのか?」


「いや、まだ」


「そうか」


 ドナート課長はいつにもまして真剣な表情で、私を見据えた。


「今、ゼクが魔族なのではないかという疑いが上がっている」


 どきん、と心臓が跳ねた。

 まさか、こんなところで。いったい誰が、どうして……?


「まだ確定したわけではないが、一応君にも話を聞きたい」


「ま、待ってくださいよ。ゼクさんが……魔族、だなんて。どこからそんな話が……?」


「――昨日、<オールアウト>のラックから報告があった」


 胸がざわめいて、黒い靄に支配されていく。確かにゼクさんと一緒のクエストに行ったけれど、彼が魔族だとわかるようなことは何もなかったはずだ。


「ラックによると、戦闘中にゼクが魔族の姿になり、敵を倒したそうだ。それで、このことを秘密にするよう脅されたと言っている」


「そんなの嘘です! 私だって見てましたよ! 昨日の報告だって、スレインさんが一緒にいたはずじゃ……」


「その後にもう一度報告に来たそうだ。一人でな」


 今、はっきりとわかった。ラックたちは、最初からゼクさんを罠にはめるためにクエストに誘ったのだ。反省なんて、全然していなかった。

 人事部長は、私の訴えにも表情を動かさない。かわりにレミーさんが髭を撫でながら喋り始める。


「俺ぁ正直、ラック坊ちゃんの狂言だと思うけどな。ゼクの奴は確かにおっかねぇけど、そんな卑怯なことするタマじゃねぇ。オーランド、お前もそう思うだろ?」


「そうだな。仮に魔族であったとしても、そこで明かす必要はない」


 2人の意見は本心からなのだろうけれど、私を安心させようという気遣いも含まれている気がした。

 人事部長は、そこでようやく重々しく目を開ける。


「君たちは全員、<オールアウト>側が虚偽の報告をしていると考えているのだな?」


「そういうことになります」


 ドナート課長の端的な返答を受けて、人事部長は続ける。


「先に言っておく。まず、この件に関してはウェッバー会長の耳にも入っているため、早期の解決が求められる」


 やはりというか、ラックは自分の父親も巻き込んでいるようだ。


「それから……リーダーであるエステル・マスターズはもちろん、結成に関わったオーランド・ドナートも<ゼータ>側の立場であるとみなされる。君たちの証言に中立性は担保されない」


 私たちの話だけでは、ゼクさんの無実を証明できないということらしい。仕方のないことだけど……。


「部長、俺は?」


「レミジウス・ダン。君はそもそも部外者だ」


「ちぇー。そういう部長サンは、どっちだと思ってるんです?」


「客観的証拠が出るまでは判断できん。私は身体検査をして真偽を確かめるのが最適と考える」


 ……もしそうなったら、ゼクさんが本当に魔族だというのがバレてしまう。それだけはダメだ。


「では、実際に当人たちの話も聞くとしよう。すまないが、エステル・マスターズ。もう少し付き合ってもらう」


 人事部長は仰々しく立ち上がって、私だけを別室へ案内する。

 そこはドアを開ける前から怒鳴り声が漏れ出ていて、中に入れば案の定、大声で喚きたてているゼクさんと薄笑いで受け流しているラックがいた。


 2人の監視を担当していたらしい職員は疲労感が顔に染み出ていて、人事部長の「ご苦労」の一声で救いを受けたようにそそくさと退室してしまった。


「おい、エステル聞いたか⁉ このクソッタレボンボン野郎がふざけた真似しやがった!!」


「聞いてます。まずは落ち着いて話を――」


「必要ねぇ、こいつをブン殴らせろ!!」


「静粛に」


 低く、ずっしりと響く声が、暴れ牛みたいなゼクさんをピタリと止めた。


「改めて双方の証言を確認した後、私から会長に報告し、その後の処遇を決める。いいな?」


「こいつらの話は必要ないさ、スヴェトキン。僕は間違いなく見たんだ。この男が魔族になるところをね」


「嘘つくんじゃねぇ、クソガキが!!」


 今にも殴りかかりそうなゼクさんを、私はなんとかなだめる。人事部長は構わず続けた。


「では、ラック・ウェッバー。彼が『魔族になった』という部分を具体的に説明してもらいたい」


「……いいだろう。僕たちは予定通り、ジャイアントの討伐に向かった。だが……予想外に敵が強くてね、先に相手をしていた<ゼータ>の2人は追い詰められた。そこで彼は魔族の力を発動させ、敵を倒したのさ。そのときに僕らがちょうど駆けつけて、目撃してしまったわけだよ」


 ラックは嘘のシナリオを舞台役者みたいに堂々と語る。


「君たちが見た魔族の姿とは、どんなものだったのかね」


「それはもう、見るからに魔族だよ! 黒い目に赤い瞳、青白い肌、そして2本のツノだ」


 ここで私は、ラックが本当にゼクさんが魔族であることを知っているわけではないと確信した。ゼクさんは本来なら「半」魔族であって、ツノは1本しかないはずだ。


「なるほど。さて、エステル・マスターズ。君が見た限りでは、魔族になったという事実はないそうだが」


「はい。ジャイアントは、ゼクさんとスレインさんが問題なく倒していました」


「どのように?」


「最初にスレインさんが切り込んで気を引いて、ゼクさんがジャイアントの手を刺しました。それで、上に放り出されたところで、落下しながら眉間に剣を突き立てました」


「ほら見ろ、人間にできる芸当じゃない! この男が魔族だという証明さ!」


 ラックが勝ち誇ったように口を挟む。ゼクさんは怒りが爆発する寸前のようで、眉をピクピク動かしている。


「眉間に剣を突き立てた、というのは調査部からの報告とも一致する」


「冗談じゃねぇ。ジャイアントぶっ刺しただけで魔族になるなら、他の連中だって魔族だぜ」


 確かに、人間離れした力を持つ勇者なんて、ゼクさん以外にもごろごろといる。


「スレインさんにも聞いてみてください。私と同じことを言ってくれるはずです!」


「それなら、僕の仲間だって僕と同じ証言をするだろうさ」


「パーティメンバー同士であれば、いくらでも口裏合わせはできる。決定的な証拠にはならん」


 人事部長の言うとおりだ。ラックはすでに、他の仲間2人にも偽のシナリオを共有しているのだろう。


「考えてみたまえよ、スヴェトキン。この男は、過去にも魔族の疑いがかけられてるんだぞ?」


 その事実は、私たちにとってはかなり痛かった。ゼクさんの元パーティが壊滅したときにも、宮殿が襲撃されたときも、ゼクさんへの疑惑が持ち上がった。


 でも……だからこそ、ラックはゼクさんに魔族だという疑いをかけたんじゃないだろうか。前に浮上した疑惑に乗っかったというか、利用したという形だ。


「それに、彼は経歴どころか本名すらわからないという有様なんだろう? 怪しいことこの上ない」


 ゼクさんは静かに舌打ちする。ラックは憎いほどこちらが反論しづらい事実を並べ立てる。


「話はこれまでとしよう」


 人事部長はピシャリと終止符を打った。


「双方の証言はそのままウェッバー会長に報告する。事実が明らかになるまで、ゼクの身柄はこちらで預かる」


「……もし、ゼクさんが魔族だってことになったら――」


「こちらで始末することになる」


 始末、って……つまり、そういうことなんだろう。

 絶対にゼクさんを助けなきゃならない。苦々しい表情のゼクさんを一瞥して、私は部屋を出た。

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